第31話 漫画家としての技術勝負

 プライドを持っている、という事は悪いことではないだろう。だが、僕が男だから漫画家としての能力がないと思われているのは、釈然としなかった。


「二階堂さんは僕が男だから、漫画家としての実力があるのかと疑問を持っている。だから、アシスタントの仕事も断るという事ですか」

「……そうです」


 再確認する僕の言葉に、二階堂さんは表情を暗くして申し訳なさそうにしながら、ハッキリと答えた。ならば、話は簡単だ。彼女に、僕の漫画家としての実力を見せて納得させようと考えた。家族に見せたときと同じ。机の上に置いてあった原稿用紙とペンを手にとって、彼女に突きつける。


「それなら僕と二階堂さん、どっちがより魅力的な絵を描けるのか、今この場で絵を描いて勝負をしましょう!」

「えっ!? しょ、しょうぶ……?」

「はい、勝負です! 勝敗の判定は、そこに居る2人にお願いして客観的にどちらの画力が上なのか、ハッキリさせましょう!」

「え、いや、で、でも……」

「さぁ!」

「は、はぃ……」


 僕は二階堂さんに圧をかけて、無理やり勝負を受けさせる。僕の絵を二階堂さんに見せて納得してもらうだけでなく、連載を持っていたこともあるプロとしての実力がある彼女に勝負を挑んだ。


 ここは漫画家の作業場だから当然、漫画を描くための道具が揃っている。なので、今すぐに描いて比べる事が出来るだろう。絵を描くための道具が無いとイチャモンをつけることも出来ない。実力で勝負できる環境が揃っている。


 審査員は、咲織さんと甲斐さんの2人にお願いする。公正な判断を下してもらい、真剣勝負をしたい。


「もし、僕が勝ったらアシスタントのお話を引き受けてもらいます」


 そもそも、アシスタントの面接を行うと来てもらった2人だけど、実力に関しては既に信用していた。仲里さんが選んで紹介してくれた時点で安心できる人材だろう。過去の実績も聞いて、アシスタントをお願いしても大丈夫だろうと判断していた。


 今回の面接では、顔を合わせてみて相性や性格的な問題が無いかを見極めることが目的だった。これから、一緒に漫画を描いていけるかどうかを判断するためのもの。僕は、二階堂さんにアシスタントを任せたいと思ったから勝負を挑んだ。嫌だと思うことをハッキリと断ろうとする彼女の考えは嫌いじゃない。だから、僕が勝った時の条件としてアシスタントをしてくれるようにお願いする事を決めた。


「わかった。じゃあ、私が勝ったら一度私と、で、デートして下さい!」

「なるほど、交換条件か。……うん。いいですよ、その条件を呑もう。それじゃあ、勝負!」


 僕の挑戦を受ける二階堂さん。その代わり、彼女が勝った時の条件を出してきた。なるほど、勝負をするにあたって僕だけが勝った場合の要求を出すのも不公平かな。


 彼女から、負けたらデートをしてくれという要求には少しビックリした。けれど、僕は負けるつもりはないし、負けたとしても一回デートをするぐらいなら別に問題は無いだろう。


 そう思って、僕はすぐに彼女の要求を受けて立った。負けなければ良いのだから。すると彼女も、ものすごく気合を入れて挑戦的な目になった。絶対に負けないという気持ちをひしひしと感じる。



 2人で話し合って、勝負のルールを決めた。制限時間は1時間。テーマは自由で、1枚の原稿用紙に好きなように絵を描く。自分の技術を披露するための作品を創って最後に比較する。


 本当はこんな短時間で、1枚のイラストを描いて比べるだけじゃあ漫画家の実力を比較することは出来ないだろう。コマ割り、ストーリー、キャラクターのデザイン、継続的に絵を描く体力があるかどうか、他にも様々な総合力が漫画家としての実力を決める。


 だけど今回の勝負は、描いた絵を見比べた時に、どちらが魅力的なのかを比較して勝敗を決める。


 何を題材にして、一枚の絵を描こうかな。僕はしばらく悩んだ。このテーマを何にするのかは非常に大事な選択だろう。


 今回は、同人誌のキャラクターを描くことに決めた。最近ずっと描き続けてきて、描き慣れてきた男と女を1人ずつ。1枚の絵の中に収めるために、絡み合った姿で。ちょっと過激だが、目を惹きつけるような仕掛けを散りばめる。


 本当はもっと健全で、子供から大人まで全ての人を楽しませるような絵を描いて、勝負したいと思っている。だけど残念ながら、今の僕にはその技術はない。最近は、同人誌でエロい作品ばかりを描いていたから、そっちの技術が磨かれていった。今回の勝負、絶対に負けないように全力で行く。今の僕の全力は、エロい絵を描くこと。僕も本気で勝ちにいく。


 細かい部分を特に拘って、1時間いっぱい集中して、ギリギリまで時間を使い切り絵を完成させる。


「2人とも、時間です。手を止めて」

「ふぅ」


 タイムキーパーをしてくれていた仲里さんの合図で、俺は手を止めた。まだ少し、描き足りない部分もあるけれど時間が来てしまった。とはいえ、今の状態でも出して恥ずかしくはない。完成したと言っても問題はない。


「北島先生、描けましたか?」

「はい。完成です」


 仲里さんに問いかけられたので、僕は頷いて答えた。制限時間内には、持てる力の全てを発揮した。技術と精神を注ぎ込んで、1枚の絵を完成させることが出来た。


 これで負けてしまっても、悔いは無いだろうな。


「二階堂さんは、描けましたか?」

「ッ! ……はい」


 僕の次に、二階堂さんに確認をする仲里さん。あまり、納得していないような表情だった。制限時間に邪魔されてしまったのかな。だけど、真剣勝負だ。最初に決めたルールに従わなければならない。


 裏返しにした2枚の原稿用紙をテーブルの上に置く。まだ3人に見せていない僕の絵と、僕はまだ見ていない二階堂さんの描いた絵。同時にひっくり返して、お互いの作品を初めて見るとこになる。


「それじゃあ、いきます」


 緊張の一瞬。甲斐さんが、裏返しされた原稿用紙を表側にめくって、見えるように置き直す。二階堂さんは、一体どんな作品を描いたのかな。僕は期待しながら、その絵を見た。

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