第30話 エロ漫画家のプライド

 アシスタントの面接に来てくれた、二階堂さんと甲斐さん。2人は、作業場の中に入った後は大人しくしていた。僕が男性の漫画家だと分かっていなかったから、目の前に僕が現れて驚いたらしい。仲里さんは事前に説明していたそうだが、彼女たちは聞かされた話を信じられなかったそうだ。


「申し訳ありませんでした、北島先生。ちゃんと先生の性別について、彼女たちには理解してもらえるように話して、確認しておくべきでした」

「いえ、信じられなかったというのも無理ないと思います。今回は、仲里さんのせいでもないと思いますよ。気に病む必要はありません。僕に謝る必要も無いですよ」


 仲里さんは、とても申し訳なさそうにしながら普段よりもずっと丁寧な言葉遣いで頭を下げて謝ってきた。正式に謝罪されてしまった。しかし、彼女が説明不足だったからだとは思わない。心苦しく思う必要も無いと、返事をする。そんなに不快だとは思っていないから大丈夫。


 今までの同人活動では性別を隠してやってきていたし、僕という男性漫画家が存在している事を世間には公表していない。事実を知っているのは家族や仲里さんたち、それから雑誌掲載に関わる出版社の人たちぐらいで、ごく一部のみだけが知っている僕のプライベートな情報。


 今まで男のエロ漫画家が存在しているという話を、自分以外に聞いたことが無い。だから、話を聞いただけでは信じられないというのも無理のない事だろうと思った。


「改めまして、漫画家の北島タケルです。近々、雑誌で僕の作品を掲載してもらう、という予定があります。2人にはアシスタントの仕事をお願いしたくて今日の面接に来てもらいました」


 場の雰囲気を仕切り直すように僕は、アシスタント候補である2人に向かって頭を下げて自己紹介の挨拶をした。今まで黙っていた彼女たちが、アワアワと反応しつつ返事をしてくれた。


「は、初めまして、甲斐萌水かいもえみと申します。そこに居る咲織から話は聞いていると思うけれど、私は、十数年ほど色々な漫画家さんのもとでアシスタントをしてきた経験があります。技術には少々の自信があるので、どうぞよろしくお願いいたします」


 かなり慌てつつ、きっちりとした自己紹介をしてくれた甲斐さん。経験も長くて、技術にも自信を持っている。それをしっかりとアピールしてくれているので、評価がとても高い。すごく頼りになりそうな人だった。


「……」


 一方、二階堂さんは黙ったまま僕をジーッと見つめてくる。どうしたのだろう、と思って見つめ返してみると、急に視線を外された。それから、仲里さんの方へ視線を向ける。


 玄関からずっと黙っていた彼女が、ようやく口を開いて話し始める。だが、面接を受けるための自己紹介をするわけではなかった。


「咲織さん。申し訳ないけれど今回、アシスタントの仕事は受けられないです」

「え!? どうして?」


 二階堂さんは、アシスタントの面接を始める前に、今回は辞退すると言い始めた。彼女の言葉に驚く仲里さん。何故そんな事を言ったのか、すぐに理由を問いかける。


 こんなに早く、向こうから断られるとは考えていなかったので、何が悪かったのか理由が分からずビックリしていた。だから僕は、本人に理由を聞いてみる。


「なぜ断るのか、理由を教えて下さい。もしかしたら改善できるかもしれない問題、なのかもしれませんから。話し合いましょう」

「えっと、それは……」


 アシスタントの仕事を断ろうとする理由について問いかけてみた。だけど、彼女は口をもごもごとさせて、理由を説明したくなさそうだった。僕には直接話せないような、重大な問題なのだろうか。




「まさか、男の人だとは思っていなかったから」

「それは私の説明不足でした。本当にごめんなさい。でも男の漫画家だからと言って何か問題が有る?」

「男の下で漫画を書くのが嫌なんです」


 二階堂さんの視線は僕ではなくて、仲里さんの方に向けつつ理由を説明していた。アシスタントするのが男の漫画家だと判明したから、断ったように思える。おそらく僕の性別に関係が有る事なのだろうと考えていた。そして彼女の語った理由は、その通りだった。


 しかし、全てを話していないという様子。まだ何か、別の理由がありそうだった。それに気付いていたのだろう仲里さんが、さらに理由を追求する。


「それは、だって! 男なんかに女の描く漫画というものをちゃんと理解できるとは思えないですから。彼に、エロ漫画を描けるとは思えないよ」

「でも、彼の描く作品は素晴らしいわ。私が保証する」


 二階堂さんの本音が聞こえた。どうやら僕の実力に疑問を持っている、という事が判明した。仲里さんは、僕の実力については確かだと太鼓判を押してくれる。だが、二階堂さんは続けて口を開いた。


「お話を持ってきてくれた咲織さんには申し訳ないけれども、仕事とはいえ男の下でアシスタントの仕事をするなんて納得出来ない。だから私は、今回の仕事については引き受けられません」

「……」


 二階堂さんなりに漫画家としてのプライドを持っているのだろう。男のもとで漫画を描くことが嫌、というのは僕にはあまり理解できないような理由だけど。彼女に、アシスタントの件を断られてしまった。

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