第24話 月下の閃光

「で、また山の中っていうね」

「本当にこの道が神都への近道なのか? ケルノス」

「ドーゴから神都となるとこのルートが一番近いはずですよ。山道が長く続きますが」

「俺と鳳仙で二人を抱えて走れば速いと思うんだけどな」

「ゼッタイにイヤです」

「クレアから話を聞いていますからね、私も遠慮しておきます」

「なんだよ~、ケルノス。ウチが抱えて走ってやっても良いんだよ?」

「おっと、すみませんが、それ以上近づかないでください」


 そそくさと距離を取るケルノス。


「なんだよ。そんなに嫌うことないだろ」

「嫌ってはいませんよ」


 一定の距離を保ちながら鳳仙はケルノスを追い掛けている。


「…………あの二人って、仲イイよね」

「う~ん。あれを仲が良いって言うのかは微妙な気もするな。とりあえず、鳳仙もケルノスの遊び方を覚えたことは間違いないが」

「ケルノスさんって女の人が苦手なのかな? 私じゃ全然倒れないけど。……あ! 私のことがスキだからかな?」


 少し悲し気、哀れみを感じさせるような絶妙な表情を浮かべたカミナが、クレアの肩を持ち、目線を合わせて首を横に振る。


「……なに? なんでそんな顔してるの? 言いたいことがあるなら言えばいいじゃん」

「まぁ、クレアも数年したらケルノスを倒せるようになるさ。……多分な」

「む~、多分ってなにさ」

「はっはっは。まぁ、気にすんな。ほら、早く行かないと置いてかれるぜ」


 どうあれ、楽しく会話をし、コミュニケーションを取りながら山道を進んで行く。しかし、やはりその道中は長く、山の中で日暮れを迎えてしまう。


「日没までに山を越えたかったのですが、仕方ありませんね」

「なんだ? 今日はここで野宿か?」

「まぁ、最悪はそうなりますが、あまり気が乗りません。この辺りは夜になると『吸血植物』が動き始めるんですよ」

「えぇーナニソレ、コワイ」

「なんですか、その全く気にしないけど一応驚いてみたってリアクションは」

「だって所詮ただの植物だろ? クレアとシンを守りながら寝れば良いだけじゃねーか」

「確かにそうですが、可能な限りリスクは低くしたいので」

「お前は本当に真面目だな。まぁ、そこが良いところでもあるけど」


 そうこう話していると、少し先、と言っても数キロメートル先に行っていた鳳仙が戻って来た。


「そうだよ、鳳仙に全部燃やしてもらえば」

「駄目に決まってるでしょう」

「なんの話? まぁ、良いや。ちょっと距離あるけど、町があったよ。ぱっと見た感じ結構寂れてたけど、人も居るみたい」

「そうですか。ではそこまで行ってみましょうか」


 とっぷりと日が落ち、辺りが夜に包まれると時を同じくして、町へとたどり着いた一行。


「本当に寂れた町だな」

「恐らくは逃げて来た人々が住んでいるんでしょう。こんな町は結構多いですから。神都に近づけば近づくほど特にね」

「なんだ、アンタら」


 数人の男達が武器、と言うよりは農具である鍬や鎌、包丁などを持って立ちふさがる。手は震えているが、ここを守る、通さないという気迫は十分に伝わって来た。


「あぁ、すみません突然。私たちは旅の者なのですが、山を下りる前に日が暮れてしまって。困っていた所に灯りが見えたもので」

「嘘つけ! オレたちを殺しに来たんだろ!」

「やれやれ、困りましたね。何を言っても信じて貰えなさそうだ」


 カミナはその場を後にし、来た道を戻って行く。


「どこに行くんですか?」

「どうせ何を言っても無駄だろ。なにも町の中じゃなきゃ駄目って話じゃねーし。この近くなら吸血植物も少なそうだしな、野宿だ野宿」

「ウチもそうしよ」

「私も。ここの人たちに迷惑かけられないしね」

「まぁ、皆がそう言うなら。お騒がせしました。町の中からは出ていきますので」


 何の抵抗もなく、あっさりと引き返していくカミナ達を見て、拍子抜けする男達。


「な、なぁ。あの人たち俺らを殺しに来たわけじゃないんじゃ?」

「お、おれも、そう思う」

「……確かにな。殺したり襲うのが目的なら、有無を言わさずってのが普通だもんな」

「そうだよ。少なくとも今までは使徒や神人にそうされて来た」

「でも、そうやって油断させる作戦なんじゃ」


 男達は喧々諤々、ひとしきり会話した後、目を合わせて頷いた。その中の一人がカミナ達を追いかけ来る。


「お兄さんたち、ちょっと待った」

「なんでしょうか?」

「いや、みんなと話し合ったんだけど、アンタたちは悪い奴じゃないんじゃないかって。だから、町の中に入って泊まってくれて良いよ」

「おや、それは有り難い。どうします?」

「泊めてくれるってんなら、お言葉に甘えさせてもらおうぜ」


 鳳仙とクレアも頷く。


「では、お世話になります」


 男に連れられ、一行は一軒の家に通される。小さな町の中で一番大きいその家の中には、さっきの男達と初老の男性が待っていた。


「いや~、みなさん。よくお越しくださいました。町長をしているジョージです」


 ジョージは一行の手をそれぞれ握手して回る。


「さきほどは失礼しました。私たちは皆、故郷を追われ逃げて来た身。そのため、どうしても臆病になってしまって」

「いえいえ、お気になさらず。こんな世の中ですから、それも当然のこと。むしろこちらが感謝しなければならない立場です」

「そう言ってもらえると気が楽になります。さぁ、ほんの少しですが食べる物を用意していますので、どうぞ」


 カミナ達は用意された食事と、少しばかりのお酒をご馳走になる。


「失礼ですが、よくこれだけの食材とお酒が有りますね。それにこんな見ず知らずの私たちに振舞えるほどとは」

「えぇ、普通はそうです。私たちだけの力では、到底こんな風に誰かに振舞うなんて出来ません」

「では、なぜ?」

「ご存知ありませんか。義賊『雷光の紳士』のこと」

「あ! ウチそれ知ってるよ。何年か前からたまに新聞で取り上げられてる」

「なんだ鳳仙。お前、新聞読むのか?」

「なに、カミナ。ウチは新聞も読まないおバカさんって思ってたの?」

「まぁ、どっちかと言えばな」


 カミナと鳳仙の小突き合いが始まった。


「もー、やめなよ二人とも。子供じゃないんだからー」

「やれやれ、クレアに諭されるとはね。私も何度か記事を見た記憶があります。その義賊と何か関りが?」

「えぇ、この町も始めはなかなか上手く行きませんでした。こんな土地ですから、食物も育ちにくいですし、逃げたは良いがどうしたものか、と言った状況でした」

「そういう所は多いみたいですね。そもそも肥沃な土地や、環境の良い所は神人や使徒が率先して奪いますから」

「そうなんです。それで困り果てていた時、雷光の紳士が私たちの町に大量のお金を置いて行ってくれたんです」

「なるほど。そのお陰で何とか町を維持出来ていると」

「私たちにしてみれば、まさに救いの神でした」


 小突き合いを止めた鳳仙とカミナが話に入ってくる。


「でも、ウチの記憶ではその雷光の紳士って、大悪党の泥棒って書いてあったと思うけど」

「私もそうですね。身分を問わずに裕福な所にばかり盗みに入ると」

「見方によるだろ。盗まれた金持ちからすれば泥棒、配られた貧しい人たちからすれば救いの手だからな」

「あぁ、確かに」

「新聞を書いてるのはほとんど金持ち側だろ? メディアなんてのはそんなもんさ。まぁ、そいつが泥棒ってことは変わらねーけど」

「事情は分かりました。しかし、だからと言って私たちにここまで親切にする義理はないのでは?」

「彼の残していったお金には、こんなカードが同封されていました」


 ジョージから手渡されたカードを見つめる一行。


「なになに」


 親愛なる皆様へ。このお金は私からのささやかな贈り物、どの様に使っていただいても構いません。

 代わりにお願いが一つだけ。どうか少しだけ。ほんの少しで良いので人に優しくしてください。優しさがあれば、世界は大きく変わるはず。


 愛と義の紳士より 愛をこめて


「なんでしょう。悪い人ではないんでしょうが、そこはかとなく嫌いなタイプの匂いがします」

「お前もこんな感じだろ」

「失敬な。私はこんな気持ち悪い言い回しはしませんよ」

「ウチは面白そうな奴だと思うなー」


「で、この内容を守って人に優しくしてると?」

「えぇ、可能な限りですが」

「なるほどね。まぁ、どうあれコレのお陰で俺たちは今日ここに泊まれるわけだ。感謝しようぜ、気持ち悪いけど」

「そうですね。嫌いですけど」

「そうだね。変な奴だけど」

「…………みんな、会ったこともない人なのに、ちょっとヒドイんじゃ。まぁいいか」


 食事を終え、町長の家の二階を借りて眠りにつく一行。

 風の音がささやかに聞こえるだけの、静かな夜が更けていった。


「…………カミナ」

「あぁ、気付いてる」

「どうしますか」

「大した相手じゃねーけど、一応行くか」

「そうですね」


 音を立てない様にベッドから起きる二人。


「見ろよ、鳳仙なんてこの程度じゃ起きもしねーぞ。まぁ、ちょっと鈍感なだけの気もするが」

「さぁ、早く行きましょう」

「…………お前さ、こんだけ暗いんだから見て大丈夫だろ。確かに結構はだけてるけど。いい加減慣れろよ」

「努力はしますよ。さぁ、早く」


 気配があった町の入り口へと急ぐ二人。到着した瞬間、バチッという音と共に、視線の先の暗闇に光が走った。


「なんだ?」


 月明りで一瞬だけ見えた人影。二人に気付いたのかあっという間に夜の闇に消えて行った。影のあった場所に行くと、そこには数人の男が倒れている。


「…………死んではいませんね」

「コイツらがさっきの気配の正体だな。三下臭がプンプンする」

「とりあえず、捕獲しておきましょうか」

「そうだな。意識が戻ったら何があったか話してもらおうぜ」


 ケルノスの糸によりゴロツキ共を捕縛し、町長の家へと戻るのだった。

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