わたくしは命を繋ぎますわ

 以前こんなことがありましたのよ。

 大きな台風がこの国を縦断して南北の幹線道路が一週間完全に遮断された時のことです。


 スーパーマーケットから、野菜が消えましたのよ。


「お母さま。如何いたしましょう。野菜が無いとお惣菜が作れませんわ」

「ソナタ。乾物を使おうか」


 母の提案で備蓄のあったひじきや切り干し大根や干し椎茸などを使って何種類かのお惣菜を作って食卓を彩りましたわ。


 ところがそれから更に一週間。


「お母さま。乾物も無くなってしまいましたわ」

「ソナタ。お師匠のところに行って来てくれるかな」


 徒歩ですと少し遠いですけれどもわたくしはお師匠のおうちに行って、ご機嫌如何ですか?とご挨拶しましたの。そうしたらそれだけで何もお訊きにならずにこうおっしゃいましたわ。


「ソナタさん。これを持ってお行きなされ」


 かぼちゃ。

 じゃがいも。

 人参。


「わたしが手慰みに裏の畑で作ったものです。もけもけした野菜ばかりですがこれからおそらく米も不足するでしょう。お腹の足しになる野菜ですから」

「ですけれども、お師匠のご家族や身内の方の分は」

「ソナタさんがどうしても気になるというのならば確認しましょうか。これ、ちょっと」

「はい」


 次女さんが奥の台所からお師匠とわたくしが正座する座敷においでになられましたの。


「ソナタさんに野菜をお譲りするが、よいかの?」

「はい。どうぞどうぞ」

「ですけれども・・・」

「ソナタさん。あなたが今日母のもとにおいでになられたのもそういう約束だったのでしょう。わたしや母とて明日はどうなるかも分からない身です。ソナタさんに差し上げるのも選択のひとつです」

「ほ・ほ・ほ。伊達にわたしのそばで成長したわけではなかったの」

「かあさん。かあさんが居ようと居まいとわたしはソナタさんにお譲りしたわよ」

「ほ・ほ・ほ。そうじゃの。まあ、血がそうなのかも知れぬの」


 わたくしは畳に指をついてお礼を申し上げましたの。


「ありがとうございます」


 そうして図々しくも母に持たされていた風呂敷にそれを包んで、両手で持ってまた歩いて帰りましたわ。


「あら・・・白鷺が・・・」


 お師匠のおうちを辞して藻がゆらぐ用水を歩いていると田植えが終わって少し背が伸びた苗の畔のあたりに、真白な白鷺が一羽、ふわあ、と降り立って水面を眺めていますの。


「あ」


 すっ、と自然に嘴を水に差し入れてまた抜くと、何か小さな獲物を咥えていましたわ。


 途端に、ずしり、とお師匠のお野菜が、重量を増しましたのよ。

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