愚かなわたくしが筆を染めますわ

 わたくしにはお手本とする文章がございますの。

 たとえて言えば、キーボードのホーム・ポジションのような。

 書いてみますわね。


 ・・・・・・・


 愚かなわたしが筆を染め

 造りし歌であるけれど

 ほんにまことと知られたら

 後世が大事と早く知れ

 未来が大事と知れたなら

 急ぎて後世を願うべし


 ・・・・・・・


 いかがでございますか?

 カッコよろしくはありませんか?


 もちろん、お師匠のお造りになった、詩のような美しい文章です。本当に知恵溢れる創作者だと思います。

 けれども・・・


「ほ・ほ・ほ。事実わたしは愚かですからねえ」

「お師匠はとても聡明でいらっしゃいますわ」

「いいえ。ソナタさん。わたしがもし聡明だとしたら、既に世の全員を救い尽くせているでしょう」

「・・・・・・はい」

「それに、わたしのこの歌は創作ではありませんよ。事実です」


 ああ・・・やっぱりお師匠は素晴らしい方ですわ。


 お師匠は、春になってもまだ火鉢を抱いて日中をお過ごしになられますの。

 わたくしも時折その火鉢にあたらせていただいて暖をとっておりますのよ。

 そんな時にお師匠は小説の手ほどきを、紙もタブレットも使わずに、口伝でわたくしの精神に流し込んでくださいますわ。


「ソナタさん」

「はい」

「愚かだからこそ、書けるのですよ」

「はい」


「ソナタん」

「あら。ミツグさん、こんにちは」


 わたくしのことを『ソナタん』という愛称で呼んでくださるのは、茶道部のミツグさん。あ、そもそもがソナタというのがお師匠のつけてくださった愛称でございますけれどもね。

 ミツグさんは冗談めかしてこうおっしゃるのが常ですのよ。


「ソナタんのお師匠の火鉢、茶道部に譲って貰えないかなぁ」


 お師匠が火鉢の脇でにっこり笑っておわす画像をクラスの方たちにお見せしたことがあったのですけれども、どうやらお師匠ご愛用の火鉢が、茶の湯を沸かすのに最適の火力、わびさびを備えているらしいのです。


「ふふふ。ダメですわ」

「ダメかぁ」


 わたしはいつもミツグさんに間髪置かずお断りしますの。


 だってそうでございましょう?


 そんなに素晴らしい火鉢なのならば、お師匠の隣こそ相応しい。


 お師匠に属することこそ、火鉢の本望。


 あら。

 わたくしとしたことが、ついつい熱がこもり過ぎてしまいましたわ。


 やっぱりわたくしは愚かですわね。


 それにそもそも火鉢は灰も含めると100kgはあるのです。

 わたくしにはとても持てませんわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る