第5話


「そういえば……今朝、二本木が持っていた『はらないカイロ』って、先輩が渡したモノっスか?」

「あっ、ああ」


 ここ数日の間で『昼休みを上木と過ごす』という事に慣れている気がする。いや、上木本人がそれでもいいと言うのであれば……とは思う。


 だが、果たして上木は自分のクラスで上手くやっているのだろうか……とか、一人ではないだろうか……とか。


 やはり心配にもなる……のだが、俺が言う事でもない様に思えてしまう。


「今日も寒そうにしていたからな。まぁ、ないよりはいいだろうと思っただけだ。それに、あんまり寒そうにしていると、見ていられなくてな……」


 ――誰がというワケでもなく『俺自身』が見ていられないのだが。


「…………」

「なんだ」


「いえ、なんでもないッスよ? それにしても、二本木もサッサと買い直すと思っていたんスけどねぇ」

「……なかなか気に入るモノがなかったんだろ。そう簡単に自分の納得出来るモノがあるとは限らない」


「そんなモノなんスか?」

「俺が勝手に思っているだけの話だ。恋自身がどう思っているかは知らない」


 適当に俺は答えたつもりだったが、なぜか上木はニヤニヤしている。


「なっ、なんだ」

「いやぁ、そんなに気にしているのなら、いっその事。先輩が手袋をプレゼントすればいいんじゃないスか?」


「……はっ?」


 突然何を言い出すのだろうか。


「いやだって、寒がっている二本木を見ていられないんスよね? だったら、そうした方がいいんじゃないスか?」

「…………」


「まぁ、こんな事を言うのも……とは思ったんスけどね? せっかくマフラーももらったんスから『渡す理由』としてはちゃんとしたのがあるんだから、それをつかってもいいじゃないんスか?」

「……」


 それは確かにそうである……が。


「ちょっと待て、上木。お前は俺が使っているマフラーがなぜ『恋からもらった物』だと思っているんだ?」

「え……」


 ここで上木は「しまった」という表情を見せた。まさか、俺が隠しているとは思っていなかったのだろう。


 いや、俺でも『隠したい事』はある。それに、恋だって……イヤだろう。


「えと。なっ、なんとなくそうなのかな……と、出来る限りお店で売っているようにしたかったのは分かったんスけど」

「…………」


「全体的に少しあらさがあったので、手作りなのではないかな……と思いまして」

「……ほぉ?」


 俺はただ素直に感心していた。見ただけで『手あみ』のモノだと気がつくとは……。そして、上木が言うには「恋が俺に渡した」というところは、ただの上木の願望らしい……。


「というか、そういう事にしておいて下さいッス」


 そう言って上木は頭を下げた。


「そっ、そうか」


 よく分からないが、そういう事にした方が良さそうだ。


「しかし、わざわざ俺が買わなくても今日、恋が買いに行く可能性もあるだろう」


「分かってないッスねぇ。今回先輩が渡せば、二本木の事だから『また何か渡さなきゃ!』って考えるはずッス。そうすれば、たとえ明日のバレンタインデーでもらえなくても、別の日に何か渡してくる可能性はあるんスよ?」

「……俺としては、そこまで引っ張らなくてもいいんだが」


 そもそも恋がマフラーを渡してきたのも『全校集会でのおわびとして』だ。


 ただ、俺としては自分の仕事をしただけであって、そこまで気にしなくても……と思ったくらいだ。


 しかし、上木は「あまいッスねぇ」とため息をついて首を横にふった。


「先輩と二本木は今でこそ『生徒会』という『つながり』がありますけど、三月になればまた『先輩と後輩の関係』になるんスよ? 一応『幼なじみ』というのもあるッスけど、どんな形であれ『つながり』は必要ッス!」

「…………」


 それは、確かに上木の言うとおりかも知れない。


 俺と恋は『幼なじみ』という関係を昔は持っていたが、それが今でも通るとは言えない……のだが、なんと言うか……。


「やけに……熱いな」

「うぇ!?」


「前はここまで熱心じゃなかっただろ」

「そっ、そうだった……ッスかねぇ?」


 上木はそう言いつつも、目線を俺からそらした。


「とっ、とにかく! そんなに二本木が心配なら買ってあげてもいいんじゃないスか……って話ッスよ? あっ、なかなか決められないのなら俺も一緒に行くッスよ?」

「……いや、いい。その気持ちだけで十分だ。それに、今回は『手袋』って事で物は決まっているからな。前とは違って簡単だろう」


 なんて自信満々に言ったこの言葉を……俺は放課後。たくさんある手袋を前にひどく後悔する事になる。

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