第2話


 それは『恋と話をする事がめっきり減った』という事だ。球技祭きゅうぎさいの時も思っていたのだが……。


「二本木さん。このプリントのこの部分なのですが……」

「あっ、はい。分かりました。今、確認します」


 プリントを受け取ると、恋は早速作業に取りかかった。


「…………」


 集中している間は、恋の事に限らず全員の事を名字で呼ぶ。それは、特に気にすべき事でもないし、全員が分かっている。


 そもそも生徒会活動の時は、普通に会話が出来ている。それにケンカしなくなった……。


 確かに、ケンカをしなくなった……という部分だけを聞けば「良かったじゃない」と、言われそうなモノだが、話はそんなに簡単ではない。


 いや、そもそもケンカの原因は基本的にささいな事だったはずだが、そのほとんどが恋がよく言っていた『恋したい』という話からだったと思う。


 そこから「学生は勉強が大事」という話を俺がして、恋が反論して……という形がほとんどお決まりだった。


 しかし、ここ最近。恋からそんな『恋愛に関する話』自体出てきていないし、そもそも生徒会以外では会話すら出来ていない。


 これだけ周りの女子たちが「バレンタインデーどうする?」などという話題が出ているにも関わらずだ。


 今ならこの『恋愛関係の話』から『バレンタインデー』に話題を移し、当日恋から『義理チョコ』という日頃の感謝を意味するチョコレートをもらえるように話を進める事が出来るのに……。


 そうすれば、どんな形であれ『恋から何かをもらえる』という状況になるのに、そもそも『その話』がなければ話題を変えることすら出来ない。


 バレンタインデーが近づいて来ている事は、基本的にイベントごとにあまり関心のない俺ですら気が付いている。


 それなのにも関わらず、イベント好きの恋本人が知らないはずはない……と思うのだが。


 ふと俺が顔を上げると、恋はすぐにパッと顔を下に向けた。


「…………」


 今、顔を下に向けたという事は……俺の方を見ていたのだろうか。


 とりあえず、今のところは生徒会活動に問題が出ているわけではない……が、このままでいいという感じもしない。


 なんというか、今はまだいいが、俺たちのこの少しぎこちない感じがその内、上木や黒井に伝わりそうな……そんな感じがした。


 それにこの『ぎこちなさ』は……なんというか……。


「なんというか『ぎこちない』じゃなくて、分かり安く『避けられている』って感じがするんだよな」


 昼休み、俺は上木にそうたずねた。本人的には隠せていると思っている様に感じるのだが。


「……なんスか? いきなり」

「いや、なんかそんな気がしているだけだ」


 俺はお昼をサッサと終わらせて後は図書室で本を読んだり、宿題をしていたりするのでいつもは一人で過ごしている。


 しかし、ここ最近の……正確には球技祭くらいからの恋の様子をおかしいと思い、同じ学年の上木に話を聞いてみる事にしたのだ。


「まぁ、今まで『ケンカ』がお互いの気持ちを知っていた人たちがいきなりそれ自体なくなれば不安にもなるのは分かるッスけど」

「確か、上木は同じクラスだったよな?」


「そうッスけど、特に変わった様子はないッスよ? いつも通りって感じッス」

「……そうか」


「まぁ、俺としてはケンカもなく『普通』ってヤツをかみしめているところなんスけど、それじゃダメなんスよね?」

「いや、俺は確かに、ケンカがないのはいいことだ。それは俺も望んでいる」


 ただ、顔を合わせそうになればそらされる……なんて関係を望んでいたワケではない。


「でも、生徒会の活動中はちゃんとしているッスよね?」

「ん? ああ」


 ――今のところは。


「俺、何かしたか? 記憶がないんだが」

「……うーん、考えられるとすれば『頭ポンポン』ッスかね? って、先輩は知らないんでしたっけ?」


「いや、さすがに知っているが」

「あっ、そうなんスね」


「あれだけ言われればさすがにな」

「まぁ、そうッスね」


 さすがにあの時の上木と黒井の行動と表情が気になり、インターネットで調べて『頭ポンポン』について俺なりに調べた。


「だが、それくらいでここまでぎこちなくなるものなのか?」

「…………」


 今まで泣いている恋に『頭ポンポン』なんて、よくしていた。だから、俺は恋が『これだけのこと』を気にしているとは思えない。


「えーっと、先輩。それ本気で言っています?」


 しかし、上木は「信じられない」という様子で俺の方を見ている。


「……何がだ?」

「あー、まじかぁ。この人」


「失礼な事を言うな」

「いやいや、そう言われても仕方ないッスよ!? いくら小さい頃していたからって、少しはとしを考えて下さい! あの時はワケが違うんスから!」


「……そんなモノなのか?」

「そんなもんなんッスよ! もっと言えば『それ』をするタイミングが分からず困っている男子なんて星の数ほどいるんスから!」


 そう熱く語る上木は……まるで「俺もその星の数ほどいる男子の一人」と言っている様にすら思えた。


「そっ、そうなのか。いっ、いや。それにしたってな。この話は年が明ける前。もっと言えば雪も降っていない秋の話だぞ? それならもっと早く気にするだろ?」

「むっ、確かにそうッスね。言われてみれば……」


 それを言うと、上木も真剣な顔で考え込んでいた……が、結局。その理由は分からないままだった。

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