第3話


 次の日の朝。俺は職員室にいた。


「それで、今日の全校集会の並びなんだけど……」


 今日ここに来たのは、生徒会長になり全校集会そのものが初めての恋に代わり何回か経験のある俺が「せめて段取りくらいは……」と、恋に提案したからである。


「そうですね。机は後ろに置いておくとして、委員長は一人一つずつ椅子を持った状態にしておけば……」


 何をするにしても、準備は必要だ。それこそ、色々な状況を想定して準備をしなければならない。


 とりあえず何かトラブルが起きて、下校時間。いや、部活動が始まる時間にまで集会が終わらない……というのは、一番避けなければいけない事だ。


 そんな準備をしている俺から、ちょうど見える場所に恋の姿が見えた。


「…………」


 どうやらようやく出来た書類を今、全校生徒と先生たちの分印刷している様だ。


 多分、今している印刷の話も、昨日の帰りに黒井から言われたのだろう。本当であれば、俺から言わなくてはいけない事なのに……。


「……うん。じゃあ、プリントは昼休みが終わる前には私に渡してね」

「はい。分かりました」


 そんな気持ちを抱えたまま、恋の方を少し見ていると、コピー機の前で少し伸びをしていた――。


「うわっ!」

「え?」


 しかし、どうやら偶然コピー機近くを通った男子生徒に当たってしまった様だ。


「えっ、あっ……ごめんなさい!」


 その拍子にコピー機の上にのせてあったプリントが何枚かと、男子生徒が持っていたノートが何冊か床に何枚か落ちてしまった。


 慌てた様子でしゃがみ込んでプリントとノートを拾う二人の様子を俺はそのまま少し離れたところから見ていた。


「いや、俺の方も悪かった。ちゃんと周りを見ていれば……と、コレは今日の集会で使うモノか?」

「あっ、はい」


 なんて会話をしながら、男子生徒は書類を恋に手渡し、恋の方はノートをその生徒に手渡した。


 俺からは何の話をしているか……までは聞き取れなかったが、この男子生徒には見覚えがある。


 確か名前は『山本やまもと美有樹みゆき』と言い、二年一組の『級長』のはずだ。


 ちなみにこの『級長』とは『クラスの代表』の良いんでで各クラス男女一人選ばれる。そして、もちろん『委員会』に『級長会』というモノも含まれている。


「そっか。じゃあ、がんばれよ」

「はっ、はい。ありがとうございます」


 そう言って恋は頭を下げた。


「今の……山本さんでしょうか?」

「あっ……おはようございます。市ノ瀬……先輩」


 俺は、ちょうど二人の会話が終わるタイミングで二本木に声をかけた。特に何かをされた……とか言われた様子はなさそうだ。


「おはようございます。何かありましたか? 先ほど何やらトラブルがあったようでしたが?」

「いっ、いえ。そんなトラブルというほどでは……」


 そう『トラブル』というほどの事ではない。ただ、ぶつかって床にモノが落ちただけ……というのは、俺も見ていたから分かる。


 それでも、聞いたのは……念のためである。そう、コレは念のため――。


「そうですか。では、何か手伝う事はございませんか?」


 残っているプリントの量を見る限り印刷が終わるのは授業が始まるギリギリになりそうだが、焦るほどの事でもない。


「いっ、いえ。大丈夫です。えと、ありがとうございます」


 それでも、何かしたいという気持ちはあったのだが、恋にこう言われては、仕方がない。


「そうですか。朝礼に遅れないようにしてください」

「はい、ありがとうございます」


 それだけ言うと、俺は職員室を出て行った……のだが。


「山本か……何か嫌な予感がするな」


 俺は、あの『山本やまもと美有樹みゆき』が恋にぶつかった事が引っかかっていた。


 確かに、級長である彼が職員室にこの時間いるのは何も不思議ではない。不思議ではないのだが……と、俺は職員室を出た後、小さくそうつぶやいた。


「…………」


 少し開いている扉から必死にコピー機と向き合っている恋の姿をチラッと見た。


「……っと、申し訳ありません」


 しかし、こんなところで立ち止まっていたら、邪魔になってしまう。たった今、職員室から出て行こうとした生徒にぶつかりそうになってしまった。


「……何しているんすか先輩。こんなところでボーッとして」

「ああ。上木か」


 歩き出そうとしたところで、ちょうど上木に声をかけられた。


「どうだ、何かあったか?」

「いや? 一応、先輩に言われた通りちゃーんとしているッスけど、特に問題はなさそうッスね」


「……そうか。ところで、上木。昼休みまでにやって欲しい事があるんだが」

「えぇ、他に何させようって言うんすか?」


 俺の言葉に、上木は少し引いていた。


 当時のことをのちに上木本人から「あの顔はものっすごく怖かったッス」と言われたのだが、正直全く覚えていない。


 一体どんな顔をしていたのだろうか――と、その時の自分に鏡を見せたい気分だ。

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