《西暦21517年 薫3》その二


 テレパシーの内容も、あまりにも現実離れしていた。いきなりテロリストとか言われても困る。ついてけない。


 薫が呆然としているよこで、蘭は自身の内で何か重大な決意をしたような目になっていた。こういう表情は、昔から薫がよく知る蘭だ。麗しい見ためのせいで、ほとんどの人は気づかないが、蘭はけっこう攻撃的で非情になれる。どうやら戦闘態勢に入ったもよう。


「かーくん。あなたは二十分後、ここにやってくる人たちとともに脱出してください。あなたは何も悪くない。僕があなたを脅して、ここまで人質にしていたんだと言えば、猛さんたちはゆるしてくれますからね」

「何言ってんの? 逃げるんなら、蘭さんもいっしょだよ」


 すると、蘭は悲しげに微笑した。


「……僕は、次に捕まれば、死刑ですから」

「なんで? だって、蘭さんはみんなの大切な御子さまなんでしょ? 第一、御子なかぎり、死ねない」


 蘭は奇妙な感じで、今度は失笑する。


「ほんとに猛さんは罪作りだな。なんでこんなことになったのか、だいたい察しはつくけどね。ねぇ、かーくん。僕はね、御子じゃないんですよ」

「どういうこと?——って、そうか。御子って人から人へ移動できるんだっけ。じゃあもう蘭さんから誰かに移ったってことだね? それで、あんな座敷牢に入れられてたんだ」


 薫は憤慨した。

 水魚は当時二十代だった蘭を誘拐監禁して、むりやり御子を宿らせた。それなのに、御子がほかに移って必要なくなると、あんな暗い蔵のなかに閉じこめたのだ。秘密が漏洩しない用心のためだろうが、ゆるせない。


「ひどい。ひどいよ。自分たちの都合で利用したり、閉じこめたり。僕は蘭さんの味方だから。絶対、見すてたりしない。蘭さんが残るんなら、僕も残る」

「かーくん……」


 蘭の目に涙が浮かんでくる。

「なんで、みんながあなたにメロメロなのか、わかる気がする。かーくん、ありがとう」


 ぎゅっと手をにぎられると、わけもなく照れくさい。


「メロメロぉ? ていうより、オモチャだよね。オモチャ。猛なんて僕をゼンマイで走るネズミくらいにしか思ってない。僕で遊ぶの、ほんとやめてほしいよ。それより、これから、どうするの? SF的展開に、僕ついてけてないんだけど」


「とりあえず、ここにいると大勢集まってきますよね。逃げださないと」

「でも、内部にはテロリストがいるんだよね? あのバビル二世みたいな声が本物なら」


「あなたのことは僕が命にかけて守ります。あなたは僕の生まれて初めての友人だから」

「いや、命までかけてくれなくても……」


「もののたとえですよ。どうやら、このセンター内にオシリスの分身がいるようですね。オシリスと交渉ができるかどうかが、僕に残された、ただ一つの道だ。オシリスは唯一、御子と対等の立場だから、彼が僕に何かしらの価値を見いだせば、月の市民として受け入れてくれるかもしれない」


 月……けっきょく、月に移住することになるのか。開拓は苦しいけど、月へ行けば百合花に会えるかもしれない。


「わかった。じゃあ、オシリスって人を探そう。分身っていうのはクローンなの?」

「たぶん。オシリスは自分のクローンを大勢、造ってるらしいから」


「うえェー。そんなにたくさん造って、どうするんだろ。まあ、忙しいときには便利かな。四人くらいいれば、一日交代で二人は働きに出て、一人は家事、残る一人が休みだね」

「四人どころじゃないって話だけど——この船には武器になるものがないですね。せいぜいメンテナンス用の工具か。まあ、ないよりはマシかな。かーくん、これを持って」


 薫は巨大なスパナを渡された。

 手にズッシリとくる重み。はたして、これは夢なのか。はたまた現実なのか。疑いたくなる重みだ。

 蘭はドライバーや釘抜きをベルトにさした。


「テロリストに出くわさないことを祈りましょう」

「うん」


 そんなふうに話していたのに、ハッチをあけて発着場に降り立ったとたんだ。


「手をあげなさい」


 いきなり鋭い女の声が英語で命じてきた。

 やっぱりこれは夢だといいなと思いながら、薫は恐る恐る声のしたほうをふりかえった。

 夢ではなかった。ボートの機体のかげから、外国人の女の子が見なれない形の銃をかまえている。ストレートの金髪で、線の細い感じ。銃がとんでもなく似合わない。真っ白なマーガレットのブーケでもにぎってればいいのに……と、薫は思う。


「こっちを見ないで! 手をあげて。じゃないと、撃つからね」

「あ、はい。すいません」


 あわてて首を前にむけて、両手をあげる。チラリと蘭をのぞき見ると、逡巡するように考えあぐねている。でも、目つきを見れば、あきらめたようではなかった。両手をあげながら、すきをうかがっている。


 少女のテロリストは薫と蘭が降参したので、警戒しつつ近づいてきた。

 薫のにぎっていたスパナは即座にとりあげられた。が、ボディーチェックは案外いいかげんだ。もしかしたら、テロ行為になれていないのではないかと思った。


 ちょちょっと薫のポケットの上からさわったあと、少女は蘭のほうへ移った。そして、そこでハッと大きく息をのむ。となりにいる薫のところまで、ハッキリその音が聞こえた。


「あなた……男、よね? なんて……」


 ビューティフルとかなんとか、感嘆のささやき声が少女の口からもれる。


(わかる。わかる。見とれちゃうよね。この世にこんな綺麗な人間がいてもいいのかって思うもんね)


 女の子が呆然としたすきを蘭は逃さなかった。ふりむきざま、バールを少女の頭に打ちおろす。女の子は鳥が締められたみたいな悲鳴をあげて床に倒れた。すかさず、蘭は薫の手を引いて走りだす。

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