第6話 早乙女の意外な特技。

 七瀬というイレギュラーを見ていたせいか。

 早乙女というイレギュラーもなんとなく受け入れている俺がいる。

 まあ、イケメンである俺はそんな簡単に混乱しないのだが。

「どう? そのスキニー」

「ん。ああ、サイズはいいが……」

 カーテン越しに聞こえる早乙女の声に、応える。

「でもデザインが気に入らないんだが」

 イケメンのこの俺には似合わないだろ。

「ふふふ。かわいい顔をしているあなたには、それがお似合いよ」

 また『かわいい』って言われた。俺はそれが嫌いだ。

 『かわいい』は女の子に使う言葉だ。決して男に使うものではない。

 それに……、

 いや、いい。

 頭を振り、試着室を出る。


 スキニーパンツを購入すると、さっそく着替える。

 さすがに社会の窓が空いたズボンをいつまでも履いている訳にもいかない。

 それもこれも早乙女が原因だが。

 しかし、同級生でくまさんパンツを履いたスライム。

 よく分からん奴だ。

 美人なのに、学食で一人でいたのも、スライムと人間とでは生活リズムや習慣が違うとのこと。

「次はどこに向かっているのかしら?」

「なぜ一緒に行動しているんだ……」

「あら? 美少女と一緒にデートができて嬉しくないのかしら?」

「自分で言うか? 普通……」

 確かに美少女ではあると思う。

 しかし、それも人間の姿に模しているスライムだと分かると興醒めだ。

「あ。てかスライムなんだから容姿なんて自由に変えられるんじゃないか?」

「――ちっ。勘のいいガキは嫌いだよ……」

 俺の疑問は的を射ていたようで、間髪入れず舌打ちをした。

 それにしてもここで、ハガ〇ンのネタを入れてくるとは。あのネタは有名だけども。

「しかし、自在に容姿を変えられるとか、どんなチートだよ」

「あら。美人なお姉さんは嫌いかしら?」

「同い年だろ」

「違うわ。六ヶ月差でお姉さんよ!」

 妙なところにこだわるな……。

「俺、そんなにお姉さんキャラが好きな訳じゃないぞ?」

「うふふふ。その内、欲しくて欲しくてたまらなくなるわ。あなたはあたしなしじゃ生きられない体になるの」

「なに、その中毒。怖いんですけど……」

 確実に下ネタ的な意味合いで言ったのだろけど、内面を知っていると薬物的な意味合いにも聞こえるから不思議だ。

「さあ。あたしを愉しませなさい」

 妖艶に笑う早乙女。

 どうやら普通に楽しむのはお嫌いなようです。


「行きたい店とかあるのか?」

 そのイケメンっぷりを発揮し、早乙女を気遣う。

 スライムとはいえ、女の子は女の子。当然、イケメンなら大切にしなければならない。

「そうね。ラブホとか?」

「なんで、そんなに欲求不満なの!? こっちが引くわ!」

「スライムは性欲旺盛なの。しかたないでしょ」

「知るか。なんで恋人でもない相手と行かなきゃならんのだ」

「その気があるなら、恋人になってあげてもいいけど?」

 早乙女は身を乗り出すように顔を近づけて、まじまじと見つめる。

 急に近づかれたせいか、心臓が跳ね上がる。

 この角度からだと、胸の谷間が拝める。その上、顔が近い。

 だが、惑わされるな。こいつはそういう人なんだ。いや、スライムか。

 応えに窮していると、

「うふふふ。可愛い反応をするのね! その反応好きよ」

「へっ」

 一瞬見せた素が、声を上擦らせる。


 早乙女の買い物はかさばるらしいので、さっさと俺の用事をすませる話になった。

 そのため、今はアパレルショップにいる。

 ここには様々な洋服が並んでいるが、どれもかっこいい。

 特に、この白いドクロの模様が入った黒いTシャツは、どこに着ていっても、俺のかっこよさを際立ててくれる。

「それはないわ。……あなたなら、こっちね」

 横やりが入り、若干の苛立ちを覚える。

 しかも早乙女が選んだのは無地の薄緑色。

「そんなのセンスのない奴が着るんだよ。だいたいの男子はこういうのを着るんだ」

 そう言って、ドクロのTシャツを買い物カゴに入れる。

 が、早乙女はすぐに棚に戻す。

「あなたに似合う服はここにはないわよ。どうせなら……そう! 向かいのお店なんてどうかしら?」

「お前、ふざけんな! 俺にだって服を選ぶ権利くらいあるだろ!」

 さっき早乙女が言った言葉を利用し、そっくりそのまま返す。

 これで言い逃れはできまい。

 ジュー。

 ドクロのTシャツがみるみる溶けていく。

「ひえ!」

「分かってもらえたかしら?」

「あ、ああ」

 ぎこちなく首肯すると、早乙女は鼻歌交じりに、向かいにあるアパレルショップに向かう。

 その店は安さを売りにしており、あまりしゃれた洋服は置いていない。

「あなたなら、このTシャツに、上着はこれがいいわ」

「おいおい。こんなテキトーに選んだもの……」

「あら。サイズはぴったりのはずよ。服はね。サイズが合っていることが一番なの」

「はっ。どこでそんな間違った情報を得たんだか」

「うふふふ。なら試しなさい。試着室も丁度空いたみたいだから」

 ふんっと鼻を鳴らし、試着室に入る。

 まずは俺が選んだ服を着て、鏡を見る。

「どうかしら? サイズが合ってないから、余計な部分が生まれているんじゃない?」

 カーテン越しの指摘は、まさにその通りで。

 ダボダボな印象を与える。

「次にあたしの選んだものを着てちょうだい」

 なんでいちいち上から目線なんだよ。

 苛立ちで、捨てるように脱ぐと、次の服を着る。

「あれ……?」

 先ほどあった違和感がすっと消えている。

 全体的に落ち着いたコーデネイトが、大人びた印象に変えている。

 つま先から頭のてっぺんまで、シュッとしていて、スマートな感じがする。

 身長百六十六センチの俺でも、すらりと見える。

 魔法にでもかかったかのような自分に思わず見とれてしまう。

「どうかしら? あたしのセンス」

「ああ、いいな。これ……」

 つい本音が出てしまうほどに、かっこよく見える。

「今度から師匠と呼ばせてくれ」

「うふふふ。あたしは紗緒梨さおりと呼んで欲しいのだけれど?」

「じゃあ、紗緒梨師匠! もっと学ばせてください!」

 俺はカーテン越しに頭を下げるという、バカなことをやってしまった。

 結局、紗緒梨の薦めてきた衣服を不満を言いつつも、買い物カゴに入れ、渋々購入することにした。

 今まで買ってきた衣服とは違いすぎるのに戸惑いを隠せないが、試着してみると確かに似合っているのだ。

 会って初めて、紗緒梨のすごさを知った気がする。

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