第6話 分岐点

「ぅ………」

 なんだか最近よく気を失う気がする。それに今度は最悪に近い気分だ。頭が痛い。あと吐き気もする。

「目が覚めましたか。ナゲキ」

 加えて頭痛の元になるやつの声までする。涼し気なのがまた気に食わない。

「いやー悪かったなぁ少年。まさか一杯でぶっ倒れるとは思わなくてな」

 言葉の割に悪びれの欠片も感じさせない、へらへらとした顔が浮かぶ。

 頭に響くので耳障りなその声を今すぐ止めて欲しい。

 意識を覚醒させた俺は自分がベッドで横になっていることに気が付く。

 既に日は昇っていて宿の外からは小鳥の囀りが聞こえる。

「どうだ気分は」

「最悪っすね」

 悪態というか正直に答えた。

 男―――確かジークフリート。東都の王様らしいがこの際知ったこっちゃない。

「じゃあ最悪な気分のついでにもう一つ悪い事を教えてやろう。少年、お前を央都《おうと》まで連行する。罪状は……そうだな。国家の機密に関わる物資の横領、といったとこか」

 ……は?

「まぁ戸惑う気持ちも分からんでもない。だがな?事はお前が思っている以上にそう単純じゃないんだ」

「おいおいおいおい待て待て待て待て」

 ジークフリートの言葉を遮る。頼むから頭の中を整理する時間をくれ。

「国家の機密に関わる物資って言ったな」

「ああ言ったとも」

 明るい口調で言うジークフリート。

「それはこいつのことか」

「私のことでしょうね」

 俺に指を刺されたティアは、ヒルデとか言ったか。あの美人さんの淹れた茶なんぞを呑気にしばいていやがった。

「そうだ。本来長剣ロングソードの聖剣は央都おうとの物だからだ」

「それっておかしくないか。だって―――」

 ティアは俺が発見するまであそこで眠っていた。

「そう―――。お前が見つけるまで央都おうとにある聖剣が本物なのだと―――誰も疑って居なかった。それを掘り出しちまったんだよ」

「そんな……」

「一応、俺も東都を治める者として見過ごすワケにはいかないからな。仮契約中とはいえ剣聖の資格を持っている人間を野放しには出来んのよ」

 そう言い、ジークフリートはヒルデを見る。彼女はこくりと頷くと彼の傍らに立つ。

「抵抗するのなら今の内だ。無論、俺としてはそっちの方が楽しめるからそうして欲しい」

 そこでジークフリートは、それがこの男の本性なのか、獣のような獰猛な目を向ける。

「……仮契約、だったよな」

「あぁん?」

「『仮』ってことは破棄が出来るんじゃないのか?そんで契約を破棄してティアが央都おうとまで行けばそれで済む話だろ」

 するとジークはきょとん、とした顔になる。

「何?お前剣聖の力要らないの?」

「要らん」

「何で」

「俺は器じゃねぇ、ってこいつに何度も言ったのに聞きゃしねぇの」

 ジークフリートはふぅむ、と顎に指を当てて考え込む。

「お嬢ちゃんはどうなんだい?」

「器とは『何を為すか。何を為したいか』それによって決められるものだと私は判断します」

「成程ねぇ……。少年は聖剣を手放したい。でもお嬢ちゃんはこいつを剣聖にしたい、と」

 ジークフリートはちらりとヒルデの方を見る。

「どう思うヒルデ?」

「主とは正反対なので私にはなんとも」

 と恭しく頭を下げて言った。

「ちなみにあんたは」

「ん?」

 俺はジークに尋ねる。

「あんたは何を願ったんだ」

「よくぞ聞いてくれた!」

 ジークフリートは嬉しそうに、高らかにそう言うと椅子に片足を乗せて窓の外を指差す。

「俺は欲張りで傲慢だ!だから全てが欲しいと願った!富も!地位も!名声も!女も!!」

 そこでこほんと咳払いを一つ挟む。

「ま、女に関してはヒルデと会った時点で満たされた感はある」

「まぁ」

 は?何いきなり惚気?あんたらそういう関係?ヒルデも『まぁ』じゃねぇよ。

「俺が剣聖になった理由はそんなとこだ」

「それで?」

「あん?」

「実際なってみてどうだったんだよ」

 少しだけ、興味が沸いたので聞いてみる。

「そりゃあ大変なことだらけよ。俺は好き勝手したいだけだってのに色んな責任が俺のとこに来やがるんだからよ。ただな」

 そこでふっと柔らかい笑みを浮かべるジークフリートはどこか楽しそうに言う。

「それが『好きにする』ってことなんだと気付かされたよ」

 ……なんか深いこと言ってる気がするけど。

「でもトップのあんたがこんなとこに居るのはどうなんだ」

「あぁ。大丈夫だ。書置きだけ残してきたから」

 しれっと言ったぞこの王様。

 こいつ補佐する人大変そうだなぁ……。

「おほん、まあ話をお前に戻すぞ」

 わざとらしく咳払いをしてからジークフリートは言う。

「ともあれその力を手放したいなら、どの道央都おうとに一度顔を出しておいた方がいいな」

「なんで」

「今央都おうとで陛下―――言うまでもないだろうが央都おうとを治めてる王様な。あの爺が持ってる聖剣、実は贋作でな?」

 またさらっと重大な秘密喋ってるけど止めなくていいのか!?と思ってヒルデを見るが彼女は穏やかに微笑を浮かべているだけだった。

「剣精はいない。ただ本物に性能を持っている贋作だ。それを提供できるやつがいると分かれば、仮契約の破棄の仕方も知ってるかもしれない」

 そして最後に一言。

「まあ最悪お前が死ねば契約ってのは強制破棄されるらしいけどな!」

 わっはっは、と心底楽しそうにジークフリートは笑う。その陽気さと真逆に俺は一気に央都おうとへ行きたくなくなった。

「そんなに」

 紅茶を飲み終わったのか、ティーカップを皿の上に置き、ティアが俺を見つめる。

「そんなに私の存在は、ナゲキにとって迷惑なのでしょうか?」

 …………どう、応えればいいのだろうか。

「迷惑、というかだな。お前には、もっと相応しい奴がいるだろ。それこそ央都おうとにいる王様とかよ」

 少なくとも明日の身も分からない、遺跡探索者トレジャーハンターなんぞに持たれるよりはずっと相応しい。

「お前こそこだわり過ぎだろ。なんか理由があるのか」

「そうですね。仮契約した、というのも勿論ありますが」

 ティアはしばし沈黙をする。彼女の中で言葉を探しているようだった。

「……直感、では駄目でしょうか?」

 それは、また予想外というか。

「私は、貴方の中に何か、言い表せないような深い想いがあるような気になるのです」

 必死に訴えかけるような言い方だった。

「———言っただろ。んなもん、無ぇよ」

 それで、腹は決まった。

「おい」

 俺はジークフリートの方を向く。

「ん?」

 こいつはこいつで椅子の上で胡坐をかき、俺たちの様子を暇そうに眺めていた。

「行ってやるよ」

「ほう」

「殺されるなら殺されるで―――それが俺の運命、ってやつなんだと思うことにするわ。人間死ぬときは死ぬ。早いか、遅いか。そんくらいだろ」

「若いのに淡白だねぇ少年」

 肩を竦めるジークフリートに俺は言う。

「ナゲキ」

「は?」

「俺にも一応名前があるんでな」

「ふっ。ふはははははははははは!」

 ジークフリートはおかしそうに笑い出す。

「な、なんだよ」

「いや悪い。確かにそうだな。失礼した。俺は―――」

「ジークフリート。死んでも忘れねぇし、東都の王だからって敬語使うつもりは無ぇからな」

「そりゃいい。精々死なないように祈っててくれ」

 こうして俺たちは目的地を東都から、央都おうとへと変更することとなった。

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剣聖と聖剣と剣精と 釈乃ひとみ @jack43

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