女神試練! ~三条ミツヒデ編~ ④-⑤

 放っておけばリードに繋がれていない好奇心旺盛な犬のイメージの三条さん。


 些細でもイベントがあれば彼にはそれがボールに見えるらしくすぐさま飛び込んでいくのでリードをつけておくことにした。


 良し悪しの判断も付きにくいけれど、少なくともにゃんこ検定までは大人しくしておいてほしいので苦渋の決断である。


 ということで彼は自宅で自習中だ。


 白を基調にしたその空間は一人暮らしの男の部屋にしてはしっかり片付いているほうだと感心した。


「にしても、にゃんこ検定ねぇ」


 彼が広げる参考書やノートをのぞき見て、どうしてこの検定を受けようと思ったのか考えてみた。


 私は在学中に漢検や英検は取った。


 社会に出る際の自分の能力の証明書として取っておいて損はないし、自分の理解度を知るいい物差しでもあるからだ。


 だけど、彼の受ける検定は履歴書にはかけなさそうだろうし、クラスメイトが同じようなことをしていたらきっと卑下したと思う。


 私がそのようなものに意味を見出せないのは、人間として未熟だからだろうか。


 そう考えれば、私がただひたすらに志望校に合格することだけを目指してやってきた努力と言うものは途端に味気ないもののように感じた。


「だからこそ、なのかな」


 もし私が今人を好きになった時、きっと何も話題が出てこなくて困るのが目に見えている。


 三条さんは自己の表現力がありながら、さらに自己向上の為に変わった検定を受けようとしている。


 私がちょっと前に子供っぽいと評価した男は、私以上に面白い人間だ。


 自分の能力のためでなく、自分の人生を彩るための検定。


 一見して必要なさそうなその勉強も、人生の長い目で見ればとても大切なものなのかもしれない。


「二階堂先生が惹かれたのも、その辺の理由なのかな」


 かつての二階堂先生は不言実行を美徳とする武士のような女性だった。


 その結果自分の息子と行き違いになってしまったのだが、ちゃんと自分の考えを伝えることをするようになってからは良好らしい。


 究極的に無駄を省いた生き方をして苦悩し、コミュニケーションという彩りを持った結果未来が明るくなった。


 彼女にとって元からその生き方が身についていた三条さんが輝いて見えるのは、自分の描く理想的な姿からなのかもしれない。


「じゃなきゃ、わざわざこんなもの送ったりしないもんね」


 彼が黙々と筆を進める傍ら、勉強のお友として時折口に運んでいるのは、ネコの顔を模したクッキーだ。


 誰かの為にクッキーを作る、なんて厳しかった事しか覚えていない私の担任時代からは考えられないことだが、こうして三条さんやトオル君の後押しをしなければきっとあり得なかった未来だし、二階堂先生のようにと頑張っていた私も彼女と同じ道をたどっていたに違いない。


 うめちゃんに褒めてもらった後だけど、こうやって自分のしたことが未来に繋がっているところを見れただけでも、私のやってきたことが報われているようで嬉しかった。


 ちなみに、それを渡した際のやり取りだが、


「これ、その、息子と一緒に作ったのですけれど……お口に合えば、いいのですが……」


 という不安な表情から、


「いいんですか!? ありがとうございます!(もぐもぐ)……うん、すっごい美味しいです!!」

「本当ですか。それは、よかったです……っ!」


 感想を貰って、まるで少女のように喜ぶ先生を見ることが出来たのはいい思い出だ。


 他人から見れば私や二階堂先生の生き方は、賢いのだろうけど退屈だ。


 仕事で高みを目指す勉強だけでなく、人生を楽しむための勉強もある。


 それを知れたのは、この人のサポートで得ることのできた最大の収穫だと言えるかもしれない。


「でも、もうネコちゃんは勘弁だけどね」


 少なくとも、にゃんこ検定は私にとってネコでいう所のペットボトルのように忌避したい存在になってしまったのは確かだ。


 ◆

 

 三条さんの検定結果は見事に合格だった。


 さすがに教職をやっているだけあって、覚えておくべき点や勉強効率も手際よく、難なく合格と言った感じだった。


 なのにどうして去年は落ちたのか疑問に思ったが、


「まぁ、あれが原因だよね」


 件の彼は、運動会の準備を必死にやっていた。


 と言うのも、私は検定前に封印していた彼のお節介を解除した途端、ずっと行けなかった散歩に行く犬のテンションで嬉しそうに安請け合いをしていた。


 その結果、恐らく手分けしてやるべき準備を無理して一人でやっているのだろう。

 

 額を滝のように流れる汗が仕事量の多さを物語っている。


「だから誰かを頼りなさいよ」


 これではよく言えば優しいのだが、悪く言えば小間使いだ。


 若いからいいかもしれないけど、そのままじゃ歳を取った時に反動がくるんじゃないかな。


 私が心配していると、そんな彼に声を掛ける人物がいた。


「三条先生、お手伝いしますよ」

「二階堂先生! ありがとうございます、でもいいんですか?」


 二階堂先生は少し顔を赤らめると、珍しく語気を落としながら言った。


「いいんですか、じゃありません。今日は、その……食事に、行くんでしょう?」

「しょくじ……あぁ! すっかり忘れてました!!」


 おいおい、大事なことを忘れるんじゃないよ。


 二階堂は呆れながらも、


「全く、そんなことではないかと思いました。ほら、早く片付けますよ」


 三条さんはぺこぺこと謝りながらも、笑顔で先生と会話を続けている。


「この分なら、大丈夫かな」


 二階堂先生もトオル君も、三条さんならきっとしっかりと受け止めてくれるだろう。


「三人に幸せがありますように、というかちゃんと幸せにしてあげてくださいよ」


 あなたはトイレの花子さん改め、社の梨子さんが後押ししたんですから。


 これからの二人の未来を案じつつ、私はパーソナルスペースへと帰還したのだった。


 ◆


「滑川梨子さん、で間違いありませんね」


 帰宅早々私を待ち受けていたのは、かつてのうめちゃんと同じくパンツスーツ姿の女神様だった。


「その格好、もしかしてうめちゃん……飛梅の上司ですか?」

「えぇ、そうです」


 恐る恐る聞いた私に、淡白に事実を述べる彼女。


 なんか、怖いんですけど。


「早速ですが、本題に入らせていただきます」


 彼女はかけていたメガネがギラリと光らせて、手に持っていた書類を読み上げた。


「滑川梨子さん、貴女の働きは他の女神の模範となるものです。その実績を鑑み、貴女の昇級を認めます」

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受験に失敗した私は、今度こそ合格するために女神様代行を頑張ります! 奈良みそ煮 @naramisoni

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