第51話 嘘
✤
本当に私が大翔君に会うことは正しいの?
店を出た後、牧原さんに『さようなら』とだけ言って別れた。それから私は、駅とは別方向に、目的地も何も決めずに、自分がどこに向かっているのかも何もわからずに、ただ歩いていた。
真実を知り、いろいろなことを考えていた私に、牧原さんは一言も話しかけてこなかった。いつも通りなら、沈黙にたえられずに、私の方から話題を振って話しかけていたけど、そんな余裕はなかった。それが牧原さんの気遣いなのかはわからないけど、あのときは牧原さんに助けられた。
料理が運ばれてきた後も、ほとんど話すことはなかった。今では、どんな料理を食べたのか、それはどんな味だったのか、思い出せない。
あてもなく歩いている今も、頭の中は大翔君のことでいっぱいだ。考え事をしていたせいで、何度か車にひかれそうになってしまったくらいだ。
夜風に当たれば、少しは頭も冷えて冷静になれるかもしれないと思って、ここまで歩いてきたが、すぐに切り替えられるものでもないみたいだ。
「はぁ」
大翔君に会う。今まではそのことだけを考えて、そのために行動してきた。でも、今ではそれが本当に正しいことなのかが分からなくなってしまった。
今まで私は、自分のことしか考えてこなかった。けれど、真実を知った今、大翔君の立場になって考えてみたら、大翔君は私に会いたいと思っていないのかもしれない。
大翔君も私に会いたいものだと、そう勝手に思っていた。大翔君に会いたいと、今でも私は思う。その思いは決して変わらない。だけど、大翔君がそれを望んでいなかった場合、私は私の思いを一方的に大翔君に押し付けるだけで、大翔君を傷つけてしまうかもしれない。
私と会うことで、大翔君が傷ついてしまう。それなら、今のこの関係のまま、もう二度と会わない方がいいのかもしれない。
「やっぱり、もう...」
一度そう考えてしまったら、もう、それ以外考えられなくなってしまった。
私はいま何がしたいのか、明日から私は何を思い、何をすればいいのか。
気が付くと、私は見覚えのある海岸沿いに来ていた。
「ああ、ここは。」
見覚えもあるはずだ。ここは数日前に優佳と来た場所だ。自然と体がこの場所に吸い込まれるようにたどり着てしまったのかもしれない。あの時と同じベンチに座り、同じようにボーっと海を眺め、波の音を聞いていた。
数日前にここに来た時、その時は隣に優佳がいて、私の思いを全てぶちまけて、優佳はそれを全て包み込んでくれた。そのうえで、私を励ましてくれた。でも、いま、優佳はここにはいない。あの時の私はどれだけ優佳に助けられたことかわからない。
いまここで優佳に電話をかければ、優佳はすぐに電話に出て、私の話を聞いて、励ましてくれると思う。
あの時優佳は言ってくれた。『辛いときは私を頼って』と。本当にうれしかった。私にも味方がいて、いつでも力になってくれると知れたことが、本当にうれしかった。
でも、これ以上優佳を困らせたくない。私は優佳に依存しすぎてる。このままじゃだめだ。自分で考えて決断をしないといけない。
このまま自分の心に従って大翔君に会いに行くか。大翔君の思いを考えてもう二度と会わないか。
「もう、わからないよ。」
呟いたその言葉はあまりにも小さく、波の音にかき消されてしまった。けれど、その声は震えていた。
ああ、私はいま、泣いているんだ。その時初めて私の瞳から涙が流れていたことに、気が付いた。
何度考えてもわからない。今の私には結論を出せそうにない。今日だけで、多くの情報が入ってきたせいか、頭が真っ白になってしまった。
おもむろに携帯を取り出し、大翔君との今までのLINEのやり取りを見返してみる。
画面をスクロールし、大翔君から反応が無くなる前のトーク画面を見ていると、その当時の記憶が鮮明によみがえり、少しだけ笑顔になることができた。
大翔君に会うまでの私の日々は、つまらないものだった。楽しみがあるとすれば、たまに優佳と遊びに行く時くらいだった。
しかし、大翔君と会って、私の日々は大きく変わった。出会いは最悪だった。私の罪は、一生をかけても償いきれない。
はじめは贖罪の気持ちで、しかし、だんだんと大翔君に会うことが、私の楽しみになっていた。
私の毎日は、大翔君に変えてもらったんだ。
このメールのやりとりを見返していると思いだす。最初は私も大翔君も堅苦しかったけど、だんだん打ち解けてきて、その日の出来事、ドラマや漫画、退院したら行きたい場所。たくさんのことを話してきた。
―――あの時は、楽しかったなぁ。
画面上や直接会って何気ない話をする。その当時は、大翔君が退院するまで、その日々が続いていくと思ってた。
だけど、そうはならなかった。それは私のせいだ。自業自得だってわかってる。それでも、あの楽しかった日々に戻りたい。
「ひぐっ、ひぐっ、うっ、うぅぅ...」
楽しかった日々を思い出し、一度は止まった涙が溢れだす。画面に涙がこぼれ落ち、どんどん文字が見えなくなってくる。
「はぁ。」
どれくらいの時間泣いていたかわからない。涙に濡れ、その画面はとっくに見えなくなっていた。それでもずっと、私はその画面を見ていた。
気が付くと、ここに来てからかなりの時間が過ぎていた。ここから駅までは少し距離がある。すぐに向かわなければ、終電時間に間に合わなくなってしまう。
まだ答えは出せてないけど、今は家に帰ろう。
駅に向かって歩き出そうとすると、ベンチから立ち上がったひょうしに、携帯がポケットから落ちてしまった。すぐに拾い、歩き出そうとしたときに、優佳からメールが来ていたことに気が付いた。
『今日はどうだった?大丈夫?』
私のことをいつも気遣ってくれる自慢の親友。私が悩んでいれば、一緒になって悩んでくれる。私が泣いているときは、いつも傍にいて、笑顔にしてくれる。だけど、そんな彼女に、これ以上心配を掛けたくない。
『大丈夫』とだけ返信し、再び駅に向かって歩き出した。
私は彼女に嘘をついた。
【あとがき】
読者の皆さんにとってはどうでもいい僕の話なんですが、僕自身暗い話があまり好きではないので、自分でやっといて何なんだ、って話ですけど、今回は物語を作っている間、ずっとむずむずしていました(笑)。
次回やその次あたりに久しぶりに大翔視点になります。
コメント、フォロー待ってます!作品を評価してくれると嬉しいです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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