第43話 ため息

 「・・・ごめんなさい。」


 気が付くと、その言葉が自然と口からこぼれていた。それと同時に、大翔の目からは涙がこぼれていた。


 最後に美零さんと会ってから約3週間が経っていた。


 この3週間、大翔は毎日つまらない日々を過ごしていた。


 毎日3食のご飯を食べ、学校から出された課題をこなす。そして、空いた時間には部屋でもできるトレーニングを行う。


 そんなつまらない日々の唯一変化と言えば、時々藤咲さんが部屋に来ることだった。


 そしていつの間にか、藤咲さんとの会話が今の大翔の楽しみになっていた。


 しかし、それだけだった。


 もともと、病院が楽しい場所ではないということはわかっていたし、退屈な時間が続くことも覚悟はしていた。


 それでも、今ままで楽しく過ごせていたのは、やはり彼女美零さんのおかげだろう。


 (しっかりしろ!これは自分で決めたことだろ!男なら最後まで貫き通せ!)


 弱った心を叱咤する。そう、これは大翔が決めたことだ。


 だが、楽しかった今までの日々を思い出すと、どうしても心が揺らいでしまう。


 すると、ちょうどその時、大翔のスマホにメールが来た。


 誰から送られてきたのか大体は予想がつくが、念のため確認をすると、やはり、美零さんからのものだった。


 『昨日大翔君が好きな抹茶のお菓子が売ってたからいっぱい買ってきたよ!一緒に食べるの楽しみにしてるね。』


 ここ3週間、毎日美零さんからメールが来ている。だが、今まで一度も大翔が返信をすることはなかった。そして、


 美零さんからのメールを見て、止まってきた涙が再び溢れてくる。


 「・・・ごめんなさい。」


 


 「そろそろ時間か。」


 時計を確認すると、優佳との約束の時間が近づいてきていた。


 病院から集合場所までは少し時間がかかるので、そろそろ出なければならない。


 (今日も会えなかったな。)


 半日近く病院で大翔に関する情報を探していたが、何も情報は得られなかった。


 ここでぐだぐだしても仕方がないので、切り上げて駅に向かうことにした。


 「はぁ...」


 ここ最近ため息をつく回数がぐんと増えた気がする。


 数日前の仕事では、覇気がない、笑顔がぎこちない、仕事に集中していないなど、牧原さんにかなり言われてしまった。


 自分でも自覚はある。なぜこんなことになってしまったのか。その理由もちゃんとわかっている。


 そして、このままではいけないということも。


 決断をしなければいけない。仕事と大翔、どちらをのか。


 だが、仕事と大翔、どちらも美零にとって決して替えのきかない大切なものだ。どちらか1つだけを選ぶなんて美零にはできない。


 しかし、この状況が続けば、そのどちらも失うことになるかもしれない。


 「はぁ...」


 そうこうしているうちに、集合場所の川崎駅まであと一駅というところまで来ていた。


 (せっかく優佳が誘ってくれたんだ。これ以上心配はかけられない。いったんこのことは忘れよう。)


 駅に着くと同時に気持ちを切り替え、集合場所へ向かう。


 予定時間よりも5分ほど早く到着した。だが、すでに優佳はその場にいて、こちらに気が付くと手を振りながら近づいてきた。


 「久しぶりー。会いたかったよー!」


 そういいながら優佳はそのままのスピードで抱き着いてきた。


 「そんな大げさな。ほとんど毎日連絡とってたじゃん。」


 口ではそんなことを言っているが、普段と変わらない優佳に、美零も安心する。


 「そういう問題じゃないよー。私は毎日美零に会いたいんだよ。」


 「ふふっ。ありがと。」


 その後、優佳のおすすめのイタリア料理店に向かった。


 店の内装はとてもおしゃれで、回りを見ると若い女性客で店は埋まりかけていた。どうやらこの店はかなりの人気店らしい。


 「よいしょっと。やっぱりこの店はいいねー。店の雰囲気だけでご飯3杯はいけるよ。」


 「何言ってるの。ここはイタリア料理の店だよ?」


 「わかってるよー。」


 いつも通りへんてこなことを言う優佳に美零は苦笑する。


 その後、一通りの注文を終え、最近の仕事の話や学校での話など、他愛のない会話(ほとんど優佳の1人しゃべりだった)をしていた。


 ドリンクが運ばれてきたところで、それまでずっとニコニコ笑顔で可愛らしかった優佳の顔が突然真剣なものになった。


 「ん?どうかしたの?」


 「・・・」


 「え、本当にどうしたの?」


 真剣な顔になったと思ったら、急に黙り込んだ優佳に戸惑ってしまう。


 「まぁ。こっちが悩んでもどうしようもないもんね。よし!」


 「・・・なにを悩んでるの?」


 何かを決心したような優佳についていけずに、余計にこんがらがってしまう。


 なんのことかわからず、頭の上に?を浮かべている美零に、優佳が口を開いた。


 「美零。大翔君と何があったの?」


 「・・・え?」


 優佳の急な変化と、ずっと秘密にしていた大翔のことを突然言及され、美零の頭は真っ白になった。




【あとがき】

前回の投稿から半年近く経ってしまいました。


もう今までの話を忘れてしまった人も多いかと思いますが、少しでも待っていてくれたことを信じてこれからも頑張ります!


次の投稿に1週間ほどかかってしまうかもしれません。すいません。


コメント、フォロー待ってます!作品を評価してくれると嬉しいです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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