よしながふみ「西洋骨董洋菓子店」小野と橘の関係について

木谷日向子

第1話

よしながふみ作の漫画作品、「西洋骨董洋菓子店」の、同性愛表象と物語について論を展開する。

 よしながふみは、慶應義塾大学法学部卒、慶應義塾大学法学研究科中退の経歴を持つ、現在白泉社「MELODY」で大奥を連載中の漫画家で、代表作に「フラワー・オブ・ライフ」「大奥」「西洋骨董洋菓子店」などがあり、歴史ものや青春ものなど、様々なジャンルを心理描写の深さと緻密なストーリー構成で描く人気作家である。

 「西洋骨董洋菓子店」は2002年度講談社漫画賞少女部門を受賞した作品で、以下そのあらすじである。

一流大学を卒業後、商社マンとして働いていた。しかしあるきっかけで会社を辞め、突然に深夜営業もする本格派を目指した洋菓子店を開く。そこで父親が選び抜いたベテランパティシエの小野祐介は、高校時代の同級生で、橘が、告白を酷い言葉で振った相手である「魔性のゲイ」だった。そこに元ボクサーで超甘党の、パティシエを小野に師事することになる見習いの神田エイジと、橘の幼馴染で付き人でもあった小早川千景も加わり、一風変わった洋菓子店での日常を描く。

 本レポートでは、その4人の登場人物の中の、小野と橘の関係と二人の過去からくる心理や性への価値観について考察していきたいと考える。

 橘は32歳のノンケの男性で、洋菓子店「アンティーク」のオーナーだが甘いものが苦手で、酒好きの超辛党である。母方の祖父が大財閥の会長であり、本人もお坊ちゃんとして育てられた。司法試験や外交官試験に合格した程の頭脳の持ち主だが、ある理由でそれらの資格を見限り商社に就職した。敏腕営業マンとして成績トップを誇ったが、退職し、店を畳んだアンティークショップにひらめきを得て「アンティーク」を開店した。愛想の良さと器用さで、女性の関心を引くのが上手い。記憶力が良く、大抵のことは少し勉強すれば身につくため勉強に関しては苦労したことがないばかりか、千影よりも二歳年下でありながら、彼の宿題を手伝ったり卒論を仕上げたりもしている。フランス語も堪能であり、社会的地位に対する執着心が極めて薄い。9歳の頃誘拐され、誘拐犯に毎日ケーキを食べさせられたことがトラウマになって、甘いものが苦手になる。また、その事件が影響してか表面的な人間関係しか築けないでおり、前述の転身続きの経歴の一因ともなっている。

 小野は32歳、ゲイの男性である。フランス修行歴もある、有名な天才パティシエ。自他ともに認める「魔性のゲイ」で女性恐怖症でもある。豊かな感性と確かな技術はパティシエとして高く評価されているものの、過去の職場ではノンケの同僚男性すら小野に求愛させて幾つもの店を崩壊させた。唯一なびかなかった男が橘である。高校の頃、同級生だった橘に告白してこっぴどく振られた経験がある。好みの男性を見ると、すぐに手を出してしまう遊び人であり、中学生の頃、母親と担任教師の浮気現場を目撃したことが原因で女性が苦手になり、話をするのはもちろん、酷い時はそばに近寄ることも出来ない程怯えてしまう。

エイジの食べっぷりの良さとケーキへの感性の良さを見込み、パティシエ見習いとして指導する。

 洋菓子店の4人の中では、言動や行動、極度の女性好きという点からみても、橘が一番のノンケであるように感じる。物語は、1巻の冒頭から橘の小野の告白への酷い暴言を吐いた高校時代の描写から始まるのだが、その橘の物語の節々で現れる行動から、過去の因縁を自身の中で振り切れておらず、そのことに性格や人生が惑わされているように感じる。

 また、橘は過去の誘拐事件の際に覚えていることが、「ケーキを誘拐犯に毎日食べさせられていたこと」しかないので、その記憶の欠如が原因で、誘拐の時期に犯人の男性から性的暴行を受けていたのではないか、と自分自身を負の思い込みに追い込んでいるように感じる。その心理は明確にはモノローグや言動で描かれてはいないが、夢から覚めた際に、信頼関係のあるノンケの千景に抱き付いたり、助けを以上に求めるようなしぐさをしている。このことから、自身の体や思想が、ホモセクシャルに対する恐怖を無自覚に持っているのではないかと考える。

 一方小野は、異常なまでのホモセクシャルであり、作中では世のゲイの男性、また、ゲイではない千景のようなノンケの男性までもその魅惑で落としてしまうため「魔性のゲイ」と呼ばれている。現在では橘に対して性愛の対象とするような好意は抱いていないと明言しているため、ホモセクシャルに対する肉体的恐怖を抱いている橘とも、同じ職場で仕事が出来ているのだと捉える。しかし、小野自身は、異常なまでに女性と性的に結びつこうとする橘に反対して、女性嫌いである。このことも橘同様、過去の因縁から体や思考が拒絶反応を起こしているのだと考えている。母親と担任教師との性行為を目撃してしまった際の小野は泣き崩れ、モノローグでは、自身もあの母親と同様に、汚いのではないかと考え込んでいる思想が捉えられる。

 この2人の対立した性への捉え方であるが、共通する点は一般よりもより強い性欲の持ち主であることだ。橘は女性を、小野は男性を必要以上に性的に求める。その事は2人の過去の描写で多くの女性関係を持つ橘や、ゆきずりの相手とも何の感慨も無しに性行為に及んでしまう小野の描写から見ることが出来る。

 幼い頃に記憶してしまった性への恐怖から、その被害をかけられた者とは逆の性を以上に求めることで、自身の恐怖の穴を埋めようとしている心理が感じられる。二人のこの性への行動は、セックスワーカーとはまた違っており、セックスワーカーが金銭を頂くのに対し、二人は異性の恋愛心を利用して、自身の精神の欠落を埋めるような、「精神の代償」をもらっている。トランスジェンダーが異性に姿かたちもなろうと求めるのに対し、小野はあくまで男性性を維持したまま同性と結びつこうとするので、ゲイである。よしながふみの別作品である「きのう何食べた?」の5巻では以下の台詞が登場する。

「ゲイってさ ゲイっていう事を隠したいと思った時何がめんどいって『自分はゲイだ』って事だけについてウソをつけばいいってわけにはいかないところがめんどくさいんだよね」

 きのう何食べたの主人公は職場の人間には自身がゲイであるということを隠し、一人の相手との性交渉だけで終わっているが、小野の場合職場の人間も小野がゲイだということを周知しており、更に不特定多数の相手とも性行為を行っている為、よしなが作品の登場人物の中でも性欲の強いゲイととらえることが出来る。「西洋骨董洋菓子店」3巻では以下の小野の心理が表れる。

「そう言えば僕も昔はよく泣いてたっけ 橘にふられた時もいい男子高校生がおいおい泣いて 電車の中の人を恐怖のどん底に突き落として すごく好きだったんだ 橘のことも…あの中学のことも…あの中学の時の先生の事も…なのに今の僕にはそれがどういう気持ちだったのか全くもう思い出せないんだ」

このモノローグから、小野が過去のトラウマを乗り越えられたという事と、過去のトラウマがどれほど彼の人生に深く重くのしかかっていたのかという事が読み取れる。

 物語は最終局面で、橘を過去に誘拐した誘拐犯と同じような手口の誘拐事件が起こり、誘拐犯を捕まえられるのではないかという、橘の過去に迫って結末を迎えるのだが、結局誘拐犯は橘を誘拐した犯人ではないことがわかる。その緊迫したシーン、また日常に戻って犯人が橘過去の誘拐事件の犯人だと気づかず、洋菓子店を過去の誘拐犯がすれ違うシーンには何の台詞も描かれておらず、心理を表現しないことによる心理の深さを読み取れる。よしながふみの作品の特徴として、小説のような長い文章の台詞と、何も台詞が描かれない間のコマとの絶妙なバランスがあるが、そのことと、ストーリー作りに対して対談集「あのひととここだけのおしゃべり」でよしながふみはこう語っている。

 「私も作品を描くときに、ミステリーではないけれど最初に何の説明もなしに伏線を投げて張っておいて最後に回収するという形を取るのですが、それはマンガというのはそういうものだという刷り込みがあるからな気がします」

「わたしはなんの説明もなく時間が飛ぶマンガの面白さを『ポーの一族』を読んで始めて知ったんです。そういう作品の楽しみ方が一回でも分かると、ほかの作品を楽しむときにも応用が効くんですよね」

 よしなが作品にこのような物語の趣向が取られていることに対し、本作では、最初に橘と小野の告白のシーンから始まり、コミカルな日常の中にときおり現れる橘や小野のシリアスな描写が、最後のこの誘拐事件において、この物語の伏線である橘の過去の誘拐事件へのつながりが回収される。

 「西洋骨董洋菓子店」最終巻のあらすじ説明にはこのように記載されている。

「『俺はこの日を待っていたんじゃないのか?』小野と再会し、エイジと出会い、千影の世話を焼き、ケーキを売る。

いつの間にか、あの暗い部屋で嗅いだ臭いは、遠くなったと思っていた。それなのに。誘拐され、冷たくなって見つかった子供たちの胃に俺が売ったケーキが詰まっていたと刑事は言う。

途端に俺を襲ったのは、あの部屋の生クリームと血の臭いと、かすれた低い、男の声??。そんな俺の耳に、かすかなこどもの叫び声が届き??。」

 この最終巻の話に、橘が始めた洋菓子店、過去の誘拐事件との因縁、この物語が何故今まで物語られてきたのか、ただのコメディタッチなパティシエマンガでは無かったことが最後に明かされる。そして一巻冒頭の卒業時に橘が小野をこっぴどく振ったその真意が二転三転しつつ明らかになる。この物語はある側面では、「橘圭一郎」という人間を巡るミステリーマンガととらえることもできると気づく。「俺はこの日を待っていたんじゃないのか?」という橘の台詞には、過去の昇華へと向かう物語の結末を読み取ることが出来る。

 洋菓子店に残るのは、最終的に小野と橘の二人になる。二人きりの店になった時に、橘は小野への謝罪を述べる。この二人きりのシーンはとても穏やかで、この二人から始まり、この二人に終わる本作の帰結を見届けることが出来る。

 「西洋骨董洋菓子店」は小野と橘の過去のすれ違いから、二人のその後の人生と性生活に大きな禍根を残したが、最終的に二人が出会ったことで、洋菓子店が始まり、二人がお互いの過去に深く向き合い、見つめ直し、昇華していく物語であった。二人とも愛する性が違うので、恋愛関係には陥らないが、恋愛よりももっと深い心の結びつきで結ばれたように感じる。よしながふみは「あのひととここだけのおしゃべり」の中で、学生時代に友人を傷つけた言葉を今でもずっと気にしていると打ち明けている。私はこのよしながの生い立ちが橘圭一郎という人物を通して表現されているように考える。橘が小野にずっと昔の因縁を謝ることが出来たのは、よしなが自身の人生にある心のしこりを吐き出させたかったのではないかと考える。そして高校時代ホモに対し激しい拒絶反応を示していた橘であるが、小野の特質を尊重することも、時を経て遂げている。

 物語の最後で橘がすがすがしく目覚めて仕事に行く描写があるが、これは過去の悪夢や因縁を振り切って、その今の立ち位置の中で幸せになろうとする橘の描写が見て取れる。

小野と橘は、これからも肉体関係も恋愛感情も持つことはなく、仕事仲間として共に生きるが、その仕事仲間を超えたそれ以上の精神的関係「やおい」となり生きていくだろう。

よしながは主従下剋上関係が好きだと述べているが、この小野と橘の関係もパティシエという雇用される側とオーナーという雇用する側であるにも関わらず、小野の方が精神的に上のような発言をすることから、よしながの好きなやおい関係が描かれていると捉えられる。(4886字)

 

参考文献

・よしながふみ「西洋骨董洋菓子店」全4巻 新書館

・よしながふみ「あのひととここだけのおしゃべり」白泉社

・金井淑子「倫理学とフェミニズム‐ジェンダー、身体、他者を巡るジレンマ‐」ナカニシヤ出版

 

 









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