第6ページ「スタートライン」

 白井しらいの家に行ってから数日が経った。

 借りたラノベは既に読み終えていた。

 白井に借りたラノベはなんというかラノベ入門みたいな感じで異世界転生とラブコメ、どちらとも王道のような作品で両方ともがすごく面白かった。

 勧める作品が素野田そのだと違って内容が分かりやすくていいな。

 あいつの進めるのは面白いけどマニアックな作品が多い。できるだけストーリーに入りやすい作品を求めていた俺にとっては白井が貸してくれたようなラノベがちょうど良かった。

 それに、なんと言ってもキャラが魅力的すぎる。文字だけで十分かわいい。そう思わせられる事自体すごいのだが、それを実際に描くことでこんな感じだろうなって連想させ、イメージをたてるイラストレーター。

 正直、文字よりも先に挿絵をのぞく方のが先になってきている。

 今まで読んできた小説の中には表紙以外のイラストがなかったから俺にとってはかなり新鮮で驚きの連続だった。

 絵なんて授業の一環でしかやった事ないが、見る度に自分で描いてみたくなったりもする。これまでなかった創作意欲が出てくるような不思議な感覚……。

 だからと言ってイラストレーター達のように上手く描けるわけもない俺は、ペンすら持たず諦めようとするのだが、みずからがやってみたいと思ったことは案外考えてみると初めてかもしれない。

 少し悩んだ末、俺はその日ラノベを読まずイラストを描くのに一夜をすごした。


 連日のごとく、朝チュンした。ラノベに出会ってからというものなんだか健康管理に問題が生じてきている気がする。いや確実生じているだろ……。

 前回同様気づいたら五時とかになっていて1時間程度しか寝れていない。欠伸あくびをしながら教室に入ると、何故か食パンをかじっている素野田がいた。

「え、素野田今日どうした。はやいじゃん」

「たまたま見つけた少女漫画読んでみたら朝早く登校したイケメン少年がパンを食べながら走ってくる美少女とぶつかってラブコメが始まったから俺も期待して早く登校してみた」

「なるほどな、だから食パンかじってんのか」

「おう」

「いや素野田がかじってたらおかしいんじゃない?」

 と、途中参加の澤野さわの

 確かにパンを加えてる美少女にぶつかりたいなら自分がパンくわえちゃいけねぇな。

「そもそもそれにはぶつかるぶつからない以前に問題があるだろ」

「夢を見すぎっているのは分かってるよ!でも俺だって恋したい!」

「そっちじゃない」

「え?」

「”イケメン少年”ではないだろ。自惚うぬぼれんな」

 そうだ、たしかに悪い顔ではないがイケメンは言い過ぎだ。言っても中の中くらいの普通顔じゃん。メガネとかかけたらゲーム作ろうぜって言って空気をメインヒロインにしかねない。

「俺、イケメンの部類じゃなかったのか……!?」

「自信、あったんだよね……」

「澤野もそう思ってたのか!?なぁおい!」

「………………悪い」

「本物のイケメンにそう言われちゃ適わねぇよ!」

「いや僕は別に……」

「キエェェェェェ!!!!」

 よく分からない奇声を発しながら教室を飛び出した素野田。なんて可哀想な奴なんだ…。

 数分後HRを知らせるチャイムと共に体育教師に首根っこを掴まれながら教室に入れられた。

「ラノベはいいよなぁ、俺も主人公になりてぇ……」

「奇声発しながら教室から飛び出すやつが主人公とか絶対やだ」

「確かにそうだね」

 完璧超人こと澤野も納得してるし、やっぱり可哀想な子……。

「何拾って食べたんだよ。いつも頭おかしいけど今日は特に頭おかしいぞ」

「拾い食いをした前提で話すのはやめろ。本当にお前は俺の友達なのか?」

「素野田が見つけてから三秒じゃ三秒ルールのうちに入らないんだからな」

「澤野まで?これは泣いていいルートだね」

「それはそうと最近新しいラノベ読み始めたんだけどこれ面白いな」

「話を綺麗に変えてくる」

 素野田が何を拾い食いしようと知らないからな、いつもよりおかしくなるくらいなら想定の範囲内だ。問題ない。

「それか、それはいいな。ラノベ読み始めた人にはめっちゃ読みやすいしな。入門編みたいな感じ」

「なら一番最初にこれを勧めてくれよ」

「お前なら俺が勧めたのを読めるって信じてた」

「朝まで読みふけったよ」

 小説自体読みなれてるから問題は無いんだが、そういう事じゃない。それぞれのジャンルがあるんだからそれに移る時まずは最初に読むと読みやすいとかあるじゃないか。ハリ〇タ読見始めるのに一番最初から死の〇宝とか見ないだろ?そういうことだよ。

「てかあれ、澤野は?」

「ラノベの話を始めたら何故か女子に呼ばれてどっか行った」

「この不公平な世界に終焉しゅうえんを」

 いつもラノベの話をしたらどっか行くなーって思ってたら女か!くそっ、なんであいつばっかなんだよ!

 まあ完璧超人だからしょうがないか。

 なんかそれが理由だと押し付けられたら超納得できるしよく考えたら別に俺モテなくてもいいわ。え、ひがみとかそういうじゃなくてほんとに。

「んで、そのラノベがどうしたんだ?」

「いや、ラノベの話もそうなんだけど…。素野田ってラノベとかアニメ見て絵描きたくなった事あるか?」

「そんなもんあるに決まってるだろ。多分誰もが読んだり見たりしてその影響で小説もイラストも書いたり描いたりしてると思うぞ。ま、俺は恐ろしく下手だったから諦めたけどな」

 そう言ってケータイをいじり始め見せてきたのは毛虫を模した様な絵だった。

 幼稚園児でもここまで酷くないんじゃないか?え、ちゃんと見て描いたんだよね。手が棒。なんで。

「お前年の離れた弟か妹いたっけ」

「一つ上の姉ならいるけどなんで」

「いや、なんでもない」

 これは恐ろしく下手とかそういう問題じゃない。芸術に関しての感覚が赤ちゃんのままだ……。

「てかなんでまたそんなことを、もしかして描いてみた?」

「いや、まぁ……一応」

「まじかよ見せろよ」

「断る。あんなの見せられた後とか流石に罪悪感がある」

「バカにしてんのか、いいから見せろ」

「あぁっ」

 一応開いておいた写真をケータイごと奪われつい情けない声が出てしまう。

 俺の描いた絵をマジマジと見続ける素野田。いつまで見てるんだ。恥ずかしいだろ。

 すると、絵を見ていた素野田が唖然とした顔で、

「お前、これ……」


 ***


 長い長い授業を終え、HRの時間がやってきた。特に何があるという訳でもないがただその場にいるだけで疲れるんだよな、学校って。不思議だな。

 そういえば白井に借りたラノベ持ってきてるから連絡しとかないとな。

 既にケータイをいじってたのか、直ぐに返信が来た。

『教室の人が居なくなるまで待ってなさい』

 なぜ命令形……。

 それに、全員いなくなるまでって結構時間かかるのでは。

『私は図書室で待ってるから皆いなくなったら連絡してちょうだい』

 と、続いて連絡が来たから俺は手早く返信した。

合点承知之助がってんしょうちのすけ

『死ね』

 意味わかんない。

 というか全員いなくなるまで会ってくれないって俺そんな嫌われてんのか?

 いや、そんな事ないはず……はず、だよな?本貸してもらったし喋ったし嫌われるようなこととかした覚えないし………………。

 と、思ったのだがたった数日前白井家に転がり込んだ上に白井の部屋にまで転がり込んだんだった。これはダメかもしれない。

 色々と考えているうちに教室が俺以外誰もいなくなっていた。

「あれ、いつの間に……連絡しねーと」

「はぁ、その必要はないわよ」

 ため息と一緒に俺に話しかけてきたのは、いつの間にか俺の隣に座っていた白井だった。

 あっれそんな時間経ってたかなぁ。

 机に置かれたケータイを開くと時刻は既に四時半を指していた。

 まじか。あれから一時間も経ってたのか。そりゃ自分から教室くるよな。

「あ、これ小説。ありがとう面白かったよ」

「ええ、当たり前でしょう」

 ふう、用も済んだことだし俺も帰るとするか。

 腰掛けた椅子から立とうとすると、何故か白井が声をかけてきた。

「ちょっと、どこに行くの?」

「え?」

「え?じゃないわよ。読んだのでしょう?感想を聞かせなさいよ」

 何だこのデジャヴ。前にもあったようななかったような。どっちでもいいか。


「んで、あんな所で極大魔法発動するとは思わなくてすっげぇ鳥肌立ったよなぁ」

「いい所に目をつけるわね、確かにあのシーンハラハラドキドキだったわね」

 俺の感想にうんうんとうなずきながら共感の意志を示す白井。

「ほんとあのシーンとかカッコよかったし他にもあのシーンの挿絵さしえが凄すぎて触発されてイラスト描いてみたんだよな」

「ほー、それはいい事を聞いたわ」

 あれ、またデジャヴが……これきっと見せろと言われてケータイ取られるやつだ。

 だめだぞぅ!もう人には見せないと決めたんだ。

 そう思ったのもつかの間、ケータイを隠す仕草がバレてあっさりとケータイを取られてしまった。

「取ったわよ、ふふ」

「残念だがパスワードわかんないだろ。甘いな」

「ちっ」

 ははは、悔しそうにこちらを見ちゃって。君の考えなんてチョコのようにあまあまなんだよっ。

「はい返して」

「見せて」

「やだよ」

「見せて」

「やだよ」

「見せて!」

「やだよ!」

 頑固だな!見せないって言ってるだろ!

 俺はケータイを取り返そうと白井に手を伸ばすが取れない。

 仕方ない、無理矢理にでも取るしかない!と、頑張って伸ばしている体をさらに伸ばしケータイを取った。

「よし勝った…とうわぁ!」

 ケータイを取った、が、それと同時に白井のカバンが机から落ち、中の物が散らばってしまった。ついでにケータイも離してしまったのでまた取り返さないといけない……めんどくさ。

「すまん、いや、謝る必要あるのか?」

「あるでしょう、落としたのはあなたよ」

「じゃあケータイ返せよ……」

「いやよ、みせてもらわないと」

 くそ、頑固だな、頭硬い上に頑固だな。めんどくさい子だ。全く。

「ん、これは…」

 落としたカバンと中のノートや筆箱を拾っていると、この間のノートも混じっていた。

 俺はそのノート以外をカバンにしまい、机に置いた。そして、

「このノート。中はなんなのかな?」

「ちょ、それは」

「ほれほれ、このノートを返して欲しくばケータイを返すんだな。さもなくばこのノートの中を、見る!」

「く、卑怯ひきょうな……」

「数分前の自分を見直せよ」

 やってること同じのはずなのに責められるのは俺らしい。なんでだよ。

 嫌がってるし別に見なくてもいいんだけど……ケータイ返ってこないんじゃ仕方ないしな。

 先日教室でこのノートを拾った時もそうだったのだが、普段クールな白井だが、このノートの事になるとクールさは何処いずこへ、ジト目でめっちゃ睨んできたりシャーシャー威嚇してきたり、キャラブレブレじゃねーか。

「ほんとに、それはダメ。返して」

「じゃあケータイ返して」

「そ、それは嫌」

「なんでだよ」

 全くだよ。全部手に入れようだなんて甘い考えは捨てるんだな。この世はそう上手くいかないのさっ!

 と、ここである提案を思いついた。

「じゃあさ、俺のイラストも見せてやるからこのノートの中見てもいいか?」

「ぐっ」

 お、少し効果的みたいだな。そんなに見たいかなぁ俺の絵。

 白井は俺の提案を真剣に考えてるのか腕を組みながら「うーうー」言いながらすごい悩んでる。そこまで嫌なら諦めらばいいのに。いや見せたくないのは一緒なんだけどね。

「その提案、のったわ」

 のったわ。のっちゃったわ。ここまで引っ張って大した事ないとか言う感想だったら恥ずかしさのあまり涙流しながら走ってっちゃう。だって、男の子だもん。意味わからん。

「じゃあパスワード開くからケータイ貸して」

「はい」

 ちっ、このまま取りかえせれば良かったのだがしっかりと握りしめてながらパスワード画面開いてやがる。

「ほい、開いたぞ。これだよ」

「わあ、やっと見れるのね!楽しみだわ」

「期待に応えられるかは知らんがな」

 それに続いて俺もノートを開こうとしたが、

「待ちなさい」

「ん?なに」

貴方あなた丸々一冊読む気なの?」

「書いてあるのはある程度読もうとしたけどそんなぎっしり詰め込まれてるの?」

 ほおを赤らめながら俺に質問してくる。目がなんか怖い。殺しそうな目してる。

 そんなやばい事書いてあるのか、こわ。

 でも表情見ると恥ずかしそうなのはなんでだ。そもそもこれなに書いてあるのか知らないな……。

「これ、何書きためてあるの?」

「え、知らないで言ってたの?」

「中見てないからね」

 この前見るなって言ったじゃん。俺は良い奴だからな、人の嫌がる事はしない。まぁ、する度胸がないだけなんだけどね。

「で、何書いてあるの?」

「……つ…よ…」

「は?聞こえん」

「小説よ!子供の頃からラノベ作家になりたくて高校に入学してから思いついた時に書きためるようにしてるの!」

 ほほぉ~う。それは興味深いねワトソンくん。

 俄然がぜん、興味が湧いてきた。これは楽しみだ。

「見ていいのは最初の方だけよ、それ以外はダメだからね」

「なんでだよ」

「その中には何十と作品があるのよ、イラスト一枚とじゃ割に合わないわ」

「バカな、まぁいいけど」

 そうして俺たちはそれぞれの作品を見た。

 放課後の教室、二人しかいない空間で、赤く眩しい夕陽が差し込むときに…。

「意外と普通ね…でも、悪くないわ」

「この子、頭かったくねえか?」

 こうして俺らの歯車は進回り始める……一人のラノベ作家と、一人のイラストレーターの物語が───

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ラノベ作家とイラストレーター 烏丸 ノート @oishiishoyu

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