What is he?

やまもン

 「ある男の話をしよう」そう言った彼は、頬張る様に息を吸った。何かを振り返り、胸の内でろ過する痛みに耐えかねる様に、二、三、口を開閉させた。


 「生まれはどことも知れず、物覚えがついた頃には戦いが日常だった。明日の、いや今日の食べ物を求めて放浪し、やっとこさ見つけた食べ物の横には強そうな奴がいるときたもんだ」まるで息を吐き出す素振りも見せず、彼はまた空気を頬張った。


 「強そうな奴ってのは大抵大きい奴だ。当時は今よりうんと小さい体だったから、奴らの隙をみて食べ物を盗むことも良くしたものだ」懐かしさを覚えてか、昔とは比べ物にならない巨体を揺らし、彼は笑った。


 「ある日のことだ。いつもの様に食べ物を盗み、戦いを終えて寝床に帰ろうとした月が綺麗な夜、男は何者かに捕まった。透明な網か何かで捕らえられたように、ジタバタともがいても逃がれる術は見つからなかったんだ」そう言い切った彼は、昔とは違い一日中変わらずそこにあって、変わらず煌々と世界を照らし続ける太陽を見つめた。


 「それで後は知っての通り、何箇所か経由してここに辿り着いた。来たばかりの時は天国だと思ったよ。大きい奴も数えられる程度にしかいないし、食べ物だって定期的に配られる。なんなら娯楽だって揃ってる。これを天国と呼ばずしてなんと呼ぶんだ?」そう言った直後、彼は分かる人には分かる表情の変化を示した。


 「皮肉なことに、衣食住が安定して、世界に目を向けられるようになったことで、世界の小ささを知ってしまった。自分の世界に限界が、端っこが存在する事を悟ったのさ」彼は寂しげに笑った。


 「だがそんな小さな世界でも、本能なのか、上を目指さずにいられなかった。具体的には、他人に配られる予定の食べ物を先に口に入れたり、居心地の良い空間を占拠することで、体を大きくしようとした」結果を見せるように、彼は体を左右に動かした。


 「この世界はまるでバトルロイヤルだ。弱肉強食という唯一のルールに則り、次々と生まれ落ち、上から降ってくる新しい命の中を物資を取り合いながら、最後まで生存を目指して泳ぎ抜く!いわば戦場だ」そして、と彼は続けた。


 「その戦場の王になった。時が経つにつれて、古強者は次第に数を減らし、姿を消した。新参者の中にも見どころのある者はいくつかいたが、その多くは男にとって雑魚だった」周囲に睨みを聞かせながら、悠々と自分のテリトリーを巡回していた彼は、ピタリと動きを止めた。


 「その弊害がこれだ。体が大きくなっても世界が大きくなるわけじゃない。昔よりも世界はうんと小さくなった。現に、これが世界の端っこだ」彼は体をそこにあるはずの壁に打ち付けた。だが、壁は揺れるだけで、壊れる気配を微塵も見せなかった。


 「まあ良い。そろそろ配給の時間だ。続きはまた今度にしよう」彼は話を打ち切って、疲れたようにため息をついた。吐き出した息は泡となって、彼の視界から過ぎ去った。







 ……だから、彼の一生は暇じゃなかったと思うよ」


 僕の返事に納得したのか、遊びに来た友達はふーん、と言った。

 二人の視線の先で、金魚鉢の水面に気泡が一つ、浮かんだ。彼は餌を催促する気も失くしたのか、力なくその巨体を砂利底に横たえていた。

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