第5話 例の疑惑

「え? 別れたの?」


私と奈那はいつもの居酒屋にいた。

あんなにバンドマンを馬鹿にしていた奈那も突然の別れに驚いたようだ。


「うん。このままズルズル付き合ってても仕方ないのかなって思って」


私はテーブルにだされたチーズ餅なんちゃらという、いかにも女子が好きそうなおつまみを口に頬張った。


「仕事も大変なんでしょー? そんなときに長年付き合った彼氏を手放したら心の拠り所とかなくなるじゃん! 平気なの?」


奈那の言い分はわかっている。

私と奈那はやっぱり似ている。

私だって寂しがりやの恋愛体質……。

恋がないと生きられない! は言い過ぎだけど、何かしんどいことがあったとき寄り添える存在がほしいと思うのは自然なことだ。


「まぁねー。でも逆に仕事が忙しいから忘れられてるのかも」


確かに以前にも増して仕事は忙しくなっていた。

今回の案件は一層難しく、大した勉強をしてこなかった私には難しい専門用語が飛び交う……。

ついていくのに必死で、もはや元彼を思い出している暇はなかった。


「奈那はどうなの?」


奈那の表情は明るかった。


「こないだね、記念日に彼が休みを取ってくれて旅行に行ってきたの。今まで休みなんて取ってくれたことなかったから嬉しかったなー」


おノロケ全開!

あの……。ここに失恋したばかりの人がいるんですけど……。


「旅行かー。いいなー。なんだかんだ言って順調なんじゃん」


私は幸せそうな奈那を横目に1つだけお皿に残っていたチーズ餅なんちゃらを口に放り込んだ。

そしてそれを飲み込んだところで、奈那にある疑問をぶつける。


「そういえばさ、一夜さんって、奈那に彼氏がいること知ってるの?」


私の問いに表情を変えることもなく奈那は答えた。


「うん、知ってるよー。なんで?」


なんで?と言われても。

この子は、むしろ一夜さんの気持ちにも気づいていて確信犯なのではないだろうか……。


「ううん、なんとなく知ってるのかなーって思って。特に意味はないけど……」


私の返答に、奈那はそっか!と笑って、これまたいかにも女子が好きそうな甘いカクテルを飲んでいた。


「ねぇ、そろそろデザート頼まない?」


「そうだね」


私と奈那はそれぞれ頼んだデザートを食べながら、どうでもいいような話を続けた。


***


「はぁーなんか今日は酔っちゃったな」


居酒屋を出ると、顔を真っ赤にした奈那が言った。


「大丈夫? ちゃんと帰れるの?」


やっぱりこの子はどこかほっておけない。

なんというか隙がある。


「うん。迎えに来てもらうから大丈夫。」


この子ったらいつの間に迎えを手配したのだろう。


「迎えが来るまで一緒にいるよ」


私はコンビニで買った水を奈那に手渡して近くのベンチに腰かけた。


「ありがとうね」


奈那は微笑んだ。

ずるい……。

女の私でも可愛いと思ってしまう奈那は今までどれ程の男の人を惚れさせてきたのだろう。


きっと奈那の彼氏だって、奈那のことを大切に思っている。

だけど、当事者にはそれがなかなかわからないものなのかもしれない。


私が元彼と別れた日に今まで愛されていたことを思い知らされたように……。


「あ、もうすぐ着くって! ありがとね」


奈那がスマホを見て言った。


「それなら良かった。気をつけてね」


私はベンチから立ち上がる。


「美愛も気をつけてね」


奈那がそう言うと、奈那と別れた。


私が駅の階段を上っている時、奈那の迎えが到着した。


だけど、この時まだ私は知らなかった。


その迎えの車が、彼氏の車ではなく、あの白いワンボックスカーだったことを……。


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