第34話

 じっとその目を覗き込む僕。だが、玲菜の瞳は何を捉えているのか分からない。彼女の胸中の葛藤、複雑に捻じ曲がってしまった心境が、瞳を濁らせてしまっているようだ。


 僕は手早く話を済ませてしまうことにした。

 猪瀬高雄は、破壊活動防止法や銃刀法に違反した咎で起訴される見込みであること。

 機動兵器やスライムの開発チームにも捜査のメスが入ること。

 学校は一週間ほど休校した後、新理事長の下で、授業が再開されること。


「それともう一つ、玲菜には知っておいてほしいことがあるんだ。個人的なことなんだけど」


 頭上にクエスチョンマークを浮かべながら、玲菜は軽く首を傾げた。


「今回の事件、僕の父親が一枚噛んでいた可能性が高い」

「えっ……?」


 玲菜の目の焦点がはっきりと定まった。驚きのあまり、僕の顔が視界の中央に据えられたらしい。

 今度は僕の方が顔を逸らしてしまった。気丈に振る舞おうと思っていたのだけれど。


「玲菜があのロボット――リトルボーイの開発を知る前から、その原型は僕の父親が完成させていたんだ」


 それはここ最近になって、ずっと僕の脳裏にこびりついていた記憶。

 両親が離婚間近となった時に、幼い頃の僕が目にしてしまった現実。


「僕の過去については、玲菜も知ってるね?」

「ええ」


 静かに肯定する玲菜。しかし、動揺を隠しきれていない。構わず、僕は続ける。


「ある日、リビングで両親が冷たい喧嘩を始めた。日常茶飯事だったんだけれど、何故か僕は、その日は急に怖くなってね。リビングから一番遠い、父親の仕事部屋に駆け込んだ。たまたま鍵がかかってなかったのは、偶然としては出来すぎな気がするけど」


 目を上げて玲菜の方を見ると、微かに喉を鳴らして唾を飲むところだった。


「そこで僕は、確かに見たんだ。リトルボーイの姿を。ドアの向かいの壁に、でかでかと設計図が貼り出してあった。つまり、何が言いたいかというとね……」


 今度は僕が唾を飲んだ。怖気が足の裏から背筋を通って、後頭部までをも震わせる。


「僕の父親は、きっと今もどこかで、何かの研究開発をしている。現在進行形でね」

「それは確かなの?」


 小声で尋ねてくる玲菜。僕は首を縦にも横にも振ることができなかった。奇妙に頬が痙攣する。


「証拠はない。さっき、警察や警備員の人たちと話してきたけど。まあ、僕がその設計図を見たのは十年も前のことだから、父さんの関与の有無があやふやなのは無理もないけれどね」


 ただし。


「僕は今も父さんを疑っている。母さんだってそうさ。二人は自分の仕事を優先させたくて、家庭と僕を捨てたんだから」


 玲菜はふっと顔を逸らした。


「ごめんね、拓海くん。今の話、辛かったでしょう……?」


 単刀直入な彼女の物言いに、僕は思わず笑ってしまった。


「何がおかしいの? あなたのご両親に関わることなのに」

「ああ、ごめんごめん」


 微かに怒りのこもった玲菜の声。僕はさっと両手を挙げて謝った。

 咳払いをして、笑みを引っ込める。そして、できる限り真剣な口調でこう言った。


「玲菜、僕も戦うよ。ローゼンガールズに入れてくれないかい? 男だけど」


 しばしの間、僕は玲菜の瞳を見つめた。先ほどとは違い、すっと深くまで見通せるくらい澄んだ瞳だ。僕の瞳の奥を、ひいては僕の覚悟の程を、見極めようとしている。僕にはそんな風に感じられた。


 たっぷり十秒はそうしていたと思う。沈黙を破ったのは、玲菜だった。それも、楽し気な笑い声で。


「ふ、ふふっ」

「なっ! 何だよ! 玲菜こそ、笑うことないじゃないか、真剣な話だよ?」

「だからこそよ、拓海くん」


 今度は僕の頭の中で、クエスチョンマークが膨らんだ。


「そんなに真剣に考え詰めてるのに、今更私たちが性別でメンバーを選ぶと思うの?」

「つまり、男でも入隊できるってこと? ローゼンガールズに?」

「入隊って、軍隊じゃないんだから……」


 口元に手を遣って、柔らかく笑う玲菜。


「でもね、拓海くん。あなたも分かってるでしょう? 性別に関係なく、私たちは一致団結して、事態に対処していかなくちゃならない。男子か女子かなんて、些細なことよ。もしあなたが言う通り、ご両親が怪しい研究を続けているとすれば、ね」


 言葉の最後に、玲菜は真剣な眼差しでこう言った。


「これからも、私たちローゼンガールズを守ってくださいね」


 すると、玲菜はすっと身を乗り出して、僕の手の甲に両手を載せた。

 ううむ、今の僕には刺激が強すぎる。僕は一瞬で、自分の脳みそが煮立つのが分かった。


         ※


 僕は病室を出た。玲菜が言うには、安堵感からか急に眠くなったそうだ。

 顎に手を遣り、考える。僕は玲菜と、心の距離を詰められたのだろうか。


「っておい!」


 僕は振り返って、病室のドアに向かって吠えた。

 さっき玲菜は、ただ『守ってください』と言ったわけではない。


「手を添えてくれたのはどういう意味だ……?」


 もしかして、僕のことを認めてくれたのか? 冗談じゃない、こんな幸運があってたまるか。

 玲菜の言動をそのまま受け止めていいのかどうか、僕は半狂乱になりつつ考え――ようとして断念した。今度こそ、頭がオーバーヒートしている。一体何が起こってるんだ?


 そう、今まさに何が起こっているのか。それを知らしめる一言が、僕の背後から投げかけられた。


「随分とご機嫌だね、お兄ちゃん?」

「ふえ?」


 頭に手を遣りながら振り返ると、眩い朝日を逆光にして、三つの人影が立っていた。


「あ、み、皆……」


 そこにいたのは、梅子、香澄、そして実咲である。ところどころに包帯を巻いたり、絆創膏を貼り付けたりしているが、三人共元気なようだ。


「戦った俺たちを放っておいて、女と病室デートにしゃれ込むとは、なかなかいい度胸してんなあ、えぇ? 拓海くんよ」


 明らかにキレ気味の香澄。その隣で、実咲は意地の悪い笑みを浮かべている。


「そうだよお兄ちゃん! あたしたちの病室にもお見舞いに来てくれればよかったのに!」


 梅子はぷくーっ、と頬を膨らませた。


「あー、悪い、警察の人に、僕から玲菜にいろいろ伝えてくれって言われて……」

「お前が玲菜に惚れてるってことも、か?」

「うぐっ」


 おいおい香澄。その眼力、さっき僕の聴取に当たった刑事さんの百万倍は鋭いぞ。


「まあ、諦めの悪さが我々のポリシーみたいなものだ。覚悟するのだな、拓海少年」

「実咲先輩まで何言ってんすか⁉」


 すると、梅子が飛び跳ねながら、勢いよく拳を頭上に突き出した。


「さあ! これから打ち上げ行くよーっ!」

「お前傷だらけじゃねえか、梅子!」

「安いカラオケ屋を知ってる。拓海、付き合えよ」

「香澄だって怪我は大丈夫なのかよ!」

「うむ。我輩も異存はないぞ」

「あんたが止めないでどうするんすか、実咲先輩!」


 ――どうやら、僕たちの危険な青春はまだまだ続くらしい。


 THE END

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R.G.C. -ローゼンガールズ・コレクション-【旧】 岩井喬 @i1g37310

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