第24話【第六章】

【第六章】


 同日、午後八時。

 日はとっくに山陰に身を潜め、夏場にしては珍しく涼しい風が吹いている。空を見上げれば、まさに満天の星。グラウンドの中央からの見晴らしは抜群だ。


 今ここにいるのは、放課後に指示された四人。すなわちローゼンガールズ戦闘員三人、それに僕だ。

 見事な星空に大興奮の梅子、それに呆れた目を遣る香澄、何やら古いフォークソングを口ずさむ実咲。皆、フリーダムだなあ。


 そうこうしているうちに、校舎から人影が近づいてきた。一人だ。体格のよさからして、すぐに猪瀬であると判断できる。


「いやあ、すまないね、皆の衆!」

「どうしたんですか、理事長?」


 僕が尋ねると、猪瀬はやや眉を下げ、『今日はそこの三人に用事があってね』と一言。


「拓海くん、君にも同伴してもらって構わないかね?」

「はい、そのつもりでしたし」

「よろしい。では早速」


 パチン、と指を鳴らす猪瀬。すると、地面が揺れ始めた。細かなグラウンド上の砂が、低く舞い上がる。地震か?

 他の三人も気づいた。素早く自分の得物を装備し、あたりを見回す。何事か異常な事態が発生しているのだ。


「り、理事長、一体何を……?」


 僕の問いかけに対して、返答は為されなかった。代わりに寄越されたのは、ぼごっ、とグラウンドの土が捲れ上がる音だ。


 ぼごっ、ぼごぼご。

 僕が目を凝らすと、グラウンドに亀裂が入るところだった。『少し下がっていたまえ』と余裕で告げる猪瀬。


 亀裂から最初に現れたのは、腕だ。人間の数倍はありそうなほど、太い腕。それに続いて、頭部と思しき部分。しかしそこには、赤いランプが一つ灯っているだけ。頭皮はない。

 やがて、喧しい金属音があたりを満たした。その頃には、そいつは両腕をグラウンドにかけ、胴体を引っ張り上げるところだった。寸胴型の、意外なほどシンプルなボディ。


 それからそいつは、足を持ち上げた。足を引き抜き、グラウンドに接地する。ズズン、と再び地面が揺れた。

 そいつは仰々しい挙動で、ようやくグラウンドに立った。あたりをスキャンするように、隻眼である赤いランプをさっと横切らせる。どこのモビルスーツだ、おい。


「紹介しよう。私が各方面に依頼して完成させた、戦闘ロボットのプロトタイプだ。名前はそう――『リトルボーイ』とでもしておこうか」


 リトルボーイ。太平洋戦争中、広島に投下された原子爆弾の名だ。あまりの不吉さに、僕は寒気がした。


 呆然と立ち尽くす僕たちの前で、猪瀬はリトルボーイのそばに立ち、説明を始めた。


「全高八メートル、重量二十トン。暴徒鎮圧用に開発が進められていた、人型ロボットの試作品だ」


『どうだ、美しいだろう?』。そう言う猪瀬に、僕は一種の不気味さを覚えた。


「最近は世界中大変だからな。デモ隊を制圧するのに、催涙ガス弾や装甲車からの放水では手に負えんのだ。だから、こいつに大型の、より強力な非殺傷武器を持たせて、世界各地の治安維持を任せようというのが、私の考えだ」


 朗々と語る猪瀬。しかし、僕は先ほどの彼の言葉をはっきり覚えていた。

 口を滑らせたのかわざとなのかは分からない。だが、猪瀬はこう言ったのだ。『戦闘ロボット』と。


「理事長。二つ質問があります」

「おお、どんどん訊いてくれたまえ! 拓海くんも、男の子ならロボに懸ける情熱は分かってくれるだろう?」


 今にもアニメトークを展開しそうな理事長の前に、すっと掌を差し出して言葉を封鎖する。質問させてもらうのはこちらだ。


「一つ目の質問ですが、理事長、さっきあなたはこのロボットのことを『戦闘ロボット』と言いましたね?」

「あ」


 そうか、やはり無意識のうちに言葉に出てしまったのか。


「僕にはまだ、このロボットの細かい仕組みはわかりません。遠隔操縦するのか、AIが搭載されているのか。でも、戦闘を行うということは、こいつは立派な殺人兵器です。違いますか?」

「あっちゃあ! 喋っちゃったよ!」


 眉間に手を遣ったままロックスターのようにのけ反って、派手に後悔する猪瀬。

 その隙に、もう一度ロボットに目を遣り、じっくり観察する。


 ん? 何だ、この既視感は? 僕はこのロボットについて、何かを知っている。だが、思い出せない。それでもこのロボット、リトルボーイの姿から、禍々しい何かが感じられたのは事実だ。


「うん、その話は後だ。で、もう一つの質問は?」


 僕はすっと視線をスライドさせて、猪瀬に目を遣った。


「どうしてそんなものを、僕たちに見せたんです?」


 すると、訊かれた猪瀬は何度も頷き、『そう! それを話そうと思っていたんだよ!』とはしゃぐように述べた。


「流石は拓海くん、目の付け所が――」

「質問に答えてください!」

「おっと、すまんな」


 空咳を一つ挟んでから、猪瀬は語り出した。


「こいつに武器を持たせることはできる。最新式のマニピュレーターを搭載しているからな。だが、こいつには乗り越えるべき壁、というか、実用試験が残っていてね。無用な殺生は避けるよう、動くようにしなければならない」


 ん? 無用な殺生は避ける? と、いうことは。


「そこで君たちの出番だ、ローゼンガールズ諸君!」


 揃って頭に『?』を浮かべる三人。僕にもよく分からない。しかし、次の猪瀬の言葉は強烈だった。


「君たちを研究させてもらいたい」

「なっ!」


 その言葉を飲み込むのは、僕が一番早かったらしい。

 猪瀬は続ける。


「君たちの異能の力については、私も承知している。それを科学的に分析し、こいつの搭載しているAIに学ばせたいのだ。殺害してもいい目標の扱いと、生かしたまま捕縛すべき目標の扱い。その違いを理解させるためにね」


 得意気な顔で、しかし淡々と語る猪瀬。

 なるほど、確かに戦場では、殺害すべき敵と人質にすべき敵が入り乱れている。

 だが。


「この国で戦争なんて起きてない! それなのに、どうしてこんな兵器の開発を……!」


 すると、猪瀬は腰を折り、ずいっと僕に顔を近づけてきた。


「甘い。甘いよ、拓海くん。この国が戦争と無縁であったことなど、一瞬なりともあったものか」

「どっ、どういう意味だ?」


 僕は気丈にも、タメ口で尋ねた。しかし猪瀬は、そんなことをお構いなしに説明を続ける。


「日本の高度経済成長の引き金は、お隣の国での戦争だった。いわゆる特需というやつで、戦後であるにも関わらず、日本人は武器やその関連装備を製造し続けた。輸出して大儲けさ。逆に、遠くの地の戦争で、エネルギーが枯渇して国民が窮状を強いられたこともあった」


 世界は動いている。日本も変わらなくては。そう言って、猪瀬は言葉を締めた。


「で、でも、こんな兵器を街中で開発するなんて!」

「んん? 何もこの街で製造したわけではないよ? 厳密には、ここの地下で造ったんだな」


 はっとした。昨日の薬品工場跡地。あそこには、未だに研究を続行できるだけの広大な地下施設があった。それと似たようなものが、学校の地下にあってもおかしくはない。


「本来なら、防衛省技術研究本部で開発されるべき代物だが、今回は私が請け負った。開発設備は整っていたし、何より金になるからな」


 僕は、胸中がふつふつと煮立つのを感じた。


「この野郎!」


 梅子に習ったキックボクシングの要領で、猪瀬に接近を試みる。無論、一発ぶん殴ってやるつもりだ。しかし、一瞬で僕と猪瀬の間に壁ができた。リトルボーイの腕が動き、僕と猪瀬の間に振り下ろされたのだ。


「まあそう慌てるな、拓海くん。何もコイツは、殺人マシーンじゃない。必要とあらば標的を殺害するが、少なくとも日本で運用される限り、問題はなかろう」

「そんな戯言を!」

「しかし、だ」


 ゆっくりとリトルボーイが腕を上げる。そこには、相変わらず端整な立ち姿の猪瀬がいた。


「コイツのAIに、過剰殺人を防止するシステムを組み込まねばならんのだが、なかなか上手くいかなくてね。だからローゼンガールズ三人の特性を見た上で、そのコツを伝授してもらおうと思ったのだよ」


 特性を見る? って、まさか!


「この町に通信妨害装置を仕掛けたのは、あんたの自作自演だったのか?」

「ご明察」


 猪瀬は片腕を組み、もう片方の手で僕をビシリと指差した。


「君自身は気づいていないだろうがね、拓海くん。その洞察力、判断力は称賛に値する。もちろん、無理やり君の身柄を確保するような真似はしない。だがそちらの三人には是非協力してもらいたいんだ」

「何が協力だ! 実験動物にするつもりなんだろう⁉」


 拳を振り回す僕を前に、『人聞きの悪いことを言わないでくれ』と猪瀬。


「彼女たちの人権は保証するよ。ただ、研究施設で軟禁状態に置かれるであろうことは覚悟してもらいたい」

「貴様、それでも人間か!」


 僕が激した、その直後。

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