第20話【第五章】

【第五章】


 翌日。

 帰りのホームルームが終わり、チャイムが鳴ると同時。僕は手早く荷物をまとめ、急いで教室を後にした。

 今朝、玲菜から連絡を受けていたのだ。ホームルームが終了したら、すぐに学校の敷地裏に来るようにと。


 昇降口を出て、向かって右側に流れていく生徒たちとは反対側へ。反時計回りに敷地を半周する。


「あっ、実咲先輩!」

「おう、拓海か」


 見慣れたポニーテールと背中に差した竹刀で、僕は前方を歩く人物を特定する。

 歩調を合わせると、しかし実咲は難しい顔で黙り込んでしまう。いつになくよそよそしい。


「どうかしたんですか?」


 そう言ってから、香澄からの警告を思い出した。実咲について、過去の詮索はするなと。だが、実咲は別なことを考えていた。


「いや、作戦現場への送迎があるのは、今回が初めてなんだ」

「初めて?」


 確かに、梅子や香澄とも、現場へ行く時は徒歩で向かうか、公共交通機関を使うかのどちらかだった。


「それなのに送迎がある、ってどういうことでしょう?」

「任務の危険性が高い、ということだろうな」


 僕は思わず息を飲んだ。まだ実感は湧かないけれど、実咲の顔色を窺っていれば分かる。彼女の懸念は、的を射ているようだ。

 

 しばらく歩くと、前方から駆けてくる人影が二つ。ベレー帽に防弾ベストを着込んでいる。うちの学校の警備員だ。

 この前のテロリスト乱入騒ぎから、彼らの姿は校内でよく見かける。


 ある程度の距離にまで近づいたところで、実咲は足を止めた。同時に相手も走るのを止め、歩いてこちらにやって来た。そしてピシッ、と敬礼をする。

 返礼する実咲を見て、僕も慌てて敬礼した。って、何だこれは。刑事ドラマの観過ぎじゃないのか。


 中二病的な何かか、と疑ってみたものの、真剣な雰囲気が崩されることはなかった。実咲に合わせて、僕も敬礼を解く。


「大河原実咲殿、平田拓海殿。お二人で間違いありませんな?」


 警備員の片方、口髭の男性が問うてきた。はい、と穏やかに肯定する実咲。


「車を準備しています。作戦現場へお連れ致しますので、ご同道を」

「分かりました」


 綺麗に回れ右をする二人の警備員。それに従って、僕たちもついて行く。

 非常用出入口に着くと、そこには二台の車が止まっていた。真っ黒な、一般乗用車だ。

 それだけでは特に違和感はなかったかもしれない。しかし、この車が僕たちを戦場へいざなうのだと思うと、途端に仰々しく見える。


「お二人は後方車両へ。我々が先導します」


 再び肯定の意を表する実咲。再び行われる敬礼。

 それから、僕たちを導いてくれた警備員は、二人共が前方車両に乗り込んだ。


 実咲に続き、僕も車内に身体を入れ込む。外見は、よくテレビで見かける高級車だった。しかし車内は、やや狭い印象を受ける。


「先輩、これって……」

「ああ。防弾ガラスに耐火装甲、おまけに耐爆仕様のスペアリング。今回の任務はそれほど危険だということなんだろう」


 僕はまた、黙り込まざるを得なかった。俯きかけて、しかし途中ではっとした。前方の座席でハンドルを握る警備員の方へ身を乗り出す。


「あ、あのっ!」

「はッ、何でしょう?」

「えっと、あなたたちも戦ってくれませんか?」


 突然の提案に、目を丸くして身を引く警備員。


「僕と実咲先輩だけじゃなくて、一緒に来ていただければ――」

「止めないか、拓海!」

「どわっ!」


 そう言って、実咲が思いっきり僕のシャツの後ろ襟を引いた。

 僕が自分の提案を言おうとすると、実咲は眼力だけで僕の言葉を封印。苛立ってる時の香澄よりも、圧迫感がある。


「我輩や梅子、香澄たちは、異能力戦闘ができるから、特別に許可を得て戦っているんだ。超法規的措置、というやつだな。だが、警備員は違う。学校を守る場合でなければ、拳銃一発発砲できない。それがこの国の法律だ」

「なっ! そ、そんな!」


 僕は再度、持論を述べようと口を開いた。ここで押し切られたら負ける。

 だが、実咲はやれやれと首を振るだけばかり。逆にその所作が、僕の反抗心を急速に奪っていった。

 俯き、唇を噛みしめることしかできない。そんな僕に、実咲は丁寧に説明した。


「我々ローゼンガールズはな、この町に恩義を感じているからこそ、チームを組んで戦っているんだ。梅子と母親を支えたのはこの町の警察だし、香澄の命を繋いだのもこの町の医療機関とNPOだ。挙句、こうして戦う許可までくれた」


 だがな、と挟んで、実咲は続ける。


「日本の法律はまだまだ犯罪に対して寛容だ。そこにこの町が属している以上、勝手にその法律を破って、私的制裁を犯罪者に加えることは許されないし、増してや出会い頭に銃撃するのも許されない。戦えるのは、我々だけなんだよ」

「そう、ですか」


 ちょうど僕が項垂れたタイミングで、運転手が出発の意を告げた。


「お願いします。ほら拓海、お前もシートベルトを」


 僕は黙って、実咲に従った。しかし、言いたいことは山ほどあった。

 教育課程にいる以上、実咲たちは大人に保護されるべき存在だ。それなのに、一度救われた経験があるからといって、命を危険に晒すことを強要されてはいないだろうか?

 たとえ、今敵に回している正体不明のテロリストが、無益な殺生を避けようとしているとしても。

 僕の頭が虚しい回転を続ける中、車は工場跡地へと向かって行った。


         ※


「大河原殿、平田殿、現場到着しました」


 運転手のキビキビした声が、沈黙を切り裂く。一人思索に耽っていた僕は、はっとして姿勢を正した。

 車窓を見遣る。空は橙色と群青色がせめぎ合い、それを仲裁するかのように立ち昇る入道雲が見えた。


 結局、シートベルトを締めるよう言われてから、車内には一切会話がなかった。僕と実咲の仲が険悪だったのではない。僕が実咲のことを心配していたのだ。

 僕より遥かに高い戦闘能力を持つ実咲。彼女の心配をするなど、十年、いや、百年は早いだろう。

 だが、僕とて立派なローゼンガールズの一員である(性別については問わないでおく)。その機転、状況観察力を買われて戦場に同行している。


 実咲や梅子、香澄にはできないことが、どうやら僕にはできるらしい。まだ宙ぶらりんな立場ではあるけれど、彼女たちとの共闘が、僕に居場所を、安心を、存在意義を与えてくれる。

 というと、何だかエゴ丸出しのような気がしてならない。それは情けないことだ。それでも、僕は自分にできることをやり遂げたい。


 車内で考えていたことは、ざっとこんなものだ。


「ほら、拓海」

「あ、すいません」


 僕はシートベルトを外し、後部座席のドアを押し開けた。と同時に、妙な臭いが鼻を突いた。続けて降りてきた実咲も、顔を顰める。

 すると、前の車で先導してくれた警備員が歩み寄ってきた。二人だ。それぞれ小さな白い箱を持っている。そこから長いチューブが伸びているのが見えた。


「これが、警察庁から取り寄せた空気清浄機になります。使い方はご存知で?」

「はい」 


 返答する実咲の隣で、僕も首を縦に振る。今朝の玲菜からのLINEに、取扱いのレクチャー動画が付属していたのだ。

 箱状の空気清浄機を背負い、チューブの長さを調整して、人工呼吸器のようなものを鼻と口につける。スイッチを入れると、ややひんやりとした空気が、周囲の異臭をシャットアウトしてくれた。動作不良はなさそうだ。


 僕たちが確認を終えると、僕は金属製の腕輪状のものを手渡された。


「これは?」

「地下にある通信妨害装置の位置を逆探知する機械です。空気清浄機と一緒に送られてきました」


 確かにこれは必要だろう。梅子や香澄と訪れた現場と違い、今回のターゲットは地下にある。『人工衛星からの情報は当てにならない』と猪瀬が愚痴っていたのを聞いた覚えがある。

 

 場違いなこと甚だしいが、僕は猪瀬が理事長として多忙を極めている現状を思い知らされた。

 まさか、教育機関として人工衛星を保有しているはずがない。それでいて人工衛星を使うには、政府系機関、それも治安維持や防衛戦略を担う部門に頼らなければならない。相当な手間や手続きを要したはずだ。


 いずれにせよ、今回の任務は危険で長時間にわたる、ということは明確になった。


「お二人共、ご武運を」


 敬礼する警備員に対し、僕たちも返礼する。それから、車に乗り込んでこの場を去っていく警備員たちを見送った。


「では行こうか、拓海」

「は、はい」


 さっさと歩みを進めていく実咲。その先にあるのは、四角張った、平たくて暗い建物だった。地上部分は一階しか見えない。きっと機密保持のために、地下に主要な研究設備があるのだろう。


 僕は自分の頬を叩いて気合いを入れ、腕輪型探知装置を装備した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る