16.精霊魔法


 翌日。

 わたしはリギルさんと、クランハウスの2階にある会議室に居た。

 黒板の前に立つリギルさんは、チョークでスラスラと文字を書いていく。


「まずは、精霊の話の前に、生物の構造の話から始めよう」

「前置きはいいから早くして」

「なんでエルナもいるんだよ……やりにくい。

 まぁいい。それよりも生物の構造についてだ」


 リギルさんはわたしの隣にいるエルナさんのことは気にしないことにしたようで、わたしのことだけを見て話を再開する。


「生物は3つの要素から成り立っている。

 肉体、魔力、魂の三要素だ。

 肉体は俺たちが触れることのできる肉体そのもので、魔力ってのは魔法を使うためのエネルギーのことだな。

 魂というのは、いわば体の設計図みたいなものだ。肉体がどのような形になるのか、どのような特性の魔力なのか、そういうものを決定するのが魂と言われている。

 生物は一般的に、母胎でまず肉体から作られ、次に魔力が生まれる。そして魂が形成され、そこで初めて生物として誕生したと認められる。

 逆に死ぬというのは、魂が肉体から離れることを言う」


 リギルさんは、板書に線を引いて、そこに追記するように文字を書く。


「さて、ではなぜ魂が肉体から離れるのか。

 そもそも、魂と肉体というのはそのままの状態だと一切固定されていない。つまり、すぐ魂が肉体から離れてしまうんだ。

 それを繋ぎ止めているのが魔力だ。で、その魔力を留めておくためにはある程度無事な肉体が必要となる。

 つまり、生物というのは肉体が一定以上のダメージを負った段階で、魔力が抜け落ち、魂が肉体から離れてしまう。これによって死ぬわけだな。


 で、これを前提として、精霊という種族を考える」


 リギルさんはそう言うと、『精霊の場合』と大きく書く。


「精霊というのは、肉体を持たず、魂と魔力のみで活動している。

 なぜそれが可能なのかについては、まだ研究途中だが、実は生物にはそもそも肉体が不要なのではないか、という声もある。

 生物は肉体から魂を生成するから肉体がなければ生きていけないが、そもそも肉体を生成する過程を飛ばして魔力のみの状態から魂を生成すれば、肉体がなくても魂を維持できるのではないか、という仮説だ。

 この仮説通りだと、人間が魔法を使った残渣に人の魂の欠片が混ざり魂が変化することで偶発的に発生する精霊は、確かに肉体がなくても生きていけることになる」

「……それって、『夜霧』使った人はどうなるんですか? たしか、肉体が魔力になってるって」


 ふと、頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出す。

 それに、リギルさんは嫌な顔をせずコクリと頷く。


「いい質問だ。

 たぶん、『夜霧』に関してはエルナの方が詳しい」

「んー、基本的には、肉体の機能を魔力で代替してるだけって考えていい。

 メルの仮説によると、魂は魔力を操作する機能を持つ。そして、魂は魔力が存在している限りは消えることがない。つまり、肉体がなくても理論上は生きていける。

 でも、生まれたままの状態の魂の魔力を操作する能力っていうのは低くて、放っておくと魔力が魂から離れてしまう。

 それを防いでいるのが肉体。本来は魂がする『魔力を留めておく』という機能を補助するのが肉体という解釈。

 だから、魂の魔力を操作する能力が低いままの状態で肉体を失うと、魔力が霧散して魂も消えてしまう。

 でも、一定以上の魔力を高精度で操作できるようになると、魂の魔力を操る能力だけで、魔力を魂の形に留めておくことができる。これができるようになった人が、『夜霧』を使えるようになる」


 つまり、魔力操作は魂によって行われていて、その能力が一定を超えると肉体がなくて済む。

 だから、『紺色の霧』のメンバーの人たちは『夜霧』で肉体が魔力に変換されても生きていける、というわけか。


「あー、話を戻すが、要するに精霊っていうのは肉体を持たない魔力の塊、ということだな。

 生物になった魔法、ともいえる。


 で、精霊魔法の話に移る。

 大半の精霊ってのは持ってる魔力が少なく、魔法を使おうとするとすぐなくなってしまう。

 だから、俺たち精霊魔法の使い手が、精霊が魔法を使うための魔力を肩代わりするんだ。

 精霊の魔法は人間の魔法よりも魔力の効率がいい。精霊の気分によって微妙に威力が変わったりすることもあるが、基本的には数倍の魔力効率を誇る。

 だから、精霊魔法は強力なわけだ。


 さて、座学はこの辺にして、実際に使ってみよう。

 とはいえ、ここで使うのもアレだな……エルナ、森に転移門出せ」

「命令されるのは気に食わないけど、ヨナのためだから仕方ない」


 エルナさんはそう言うと、森へ繋がる転移門を開く。

 わたしたちはそこを潜ると、早速実践に移る。


「まず、目を瞑って精霊を感じる……のは難しいだろうから、俺が呼び寄せた精霊に魔力を与えてみろ」


 リギルさんはそう言うと、急に人間には理解できない音を口から発し始める。おそらく、精霊と会話しているのだろう。エルフには精霊を見る力と会話をする力があると聞いたことがある。

 しばらくそうしていたリギルさんだが、次第にその顔が険しいものになっていく。


「チッ……メルの野郎、なんか隠してやがるな」

「どうしたの?」

「今精霊に『ヨナに力を貸してやってくれ』って頼んだんだが、断られた」

「気まぐれならそういうこともあるんじゃない?」

「いや、あの感覚はそういう話とは違うな。

 ……ヨナ、お前大精霊と会った記憶は?」

「大精霊……ない、と思います」


 大精霊。

 たしか、普通の精霊の何倍もの魔力と知能を誇る精霊のことで、この世界にほとんどいないと言われている。

 なんでも、大精霊は魔力が濃いので人にも見えるのだとか。

 だから、会ったことあるならわたしにも見えているはずなのだけれど……そんな記憶はない。


「そうか……大精霊に気に入られた者は、他の精霊から力を借りにくくなるからそれだと思ったんだが……」

「使えないなら仕方ない。

 リギル、精霊魔法の講義終わったならボクがヨナの特訓するから──」

「お前、なんか知ってるだろ。だから着いてきたんだな?」

「何のことか分からない」


 そのまましばらくの間睨み合う二人。

 やがて、リギルさんが深く溜息をつくと、「わかったよ」と小さく呟く。


「精霊が協力してくれねぇなら何もできん。

 もしかしたら日を改めればいけるようになるかもしれないから、その日までに原因調べておく」

「わざわざそんなことしなくていいと思うけど」

「……お前、俺が調べると困ることでもあんのか?

 まぁいい。俺は帰るから、訓練しとけよ?」

「言われなくても。ほら帰った帰った」


 そう言って、クランハウスまでの転移門を開いてリギルさんを中に入れるエルナさん。

 そのあと、昨日エルナさんとした訓練の続きを、日が暮れるまで続けた。

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勇者パーティーの魔法使いが「一緒に仕事をさせてくれ」と言ってきた 海ノ10 @umino10

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