第12話 大好きですよ、栄吾君。

 この話に関しては、栄吾 / 芽衣に分割せずに芽衣視点だけで進めていきます。ある意味節目みたいなものになるかもですね。


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 栄吾君が、どうしてここにいるのかと言いたげな目で見上げてきます。まさか栄吾君、そんなことまで分からなくなってしまったのでしょうか……。だとしたらちょっとだけショックです。

 そんな栄吾君の顔を見つめながら、私は今一番伝えたい言葉を口にしました。どんな言葉をかければいいのかずっと考えていたのに、栄吾君を前にするとすんなりと言葉が出てくるから不思議です。


「栄吾君、大好きです」

「……っ!」


 私の言葉を聞いた栄吾君の顔が、くしゃっと歪みました。その顔を見ると、私まで心臓を握られたような気持ちになります。胸が、痛いです。

 栄吾君はすぐに顔を伏せ、私というよりも自分に言い聞かせるように、一言一言噛み締めるように呟きました。


「俺は……もう芽衣の隣にはいられないよ」

「何故、ですか?」

「芽衣の前で暴力を振るった」

「…………」

「芽衣を一人にした……怖がらせた……っ! こんなの彼氏失格だよ」


 そう無感情に言い切った栄吾君は、くくっと自嘲気味に笑いました。何故か、無性に腹が立ちました。


「……それだけですか?」

「『それだけ』って何だよ! 俺の後悔が芽衣に分かるのかよ!」


 漸く感情を露にして、栄吾君が吠えました。立ち上がって私と向き合う姿勢になった栄吾君、そんな彼の右頬を、私は平手で叩きました。

 呆然とする栄吾君。暫くすると、痛みを思い出したかのように頬を押さえました。


「分かるわけがないでしょう!」

「……芽衣?」


 そうです。人間である限り、人の感情を理解することなどできるはずがないのです。誰かの感情を理解することなんてできない、それが当たり前なのです。

 だから……私が栄吾君の後悔を理解できないように、私の想いもまた、彼は理解してくれていないのです。


「栄吾君の後悔が分かるなんて偉そうなことは言いません、いえ、言えません。ですが──」

「……」

「──私が栄吾君のことがどれだけ好きなのか、考えたことがありますか? あれくらいで貴方を嫌うような女だと、そう思っていたのですか?」

「いや、でも……」


 自分の想いを栄吾君にぶつけているうちに視界が滲んできました。それが私の涙だと理解するのに数秒要しましたが、それはどうでもよかった。まだ私の想いは伝え切れていなかったから。


「私は、栄吾君のことが大好きです。今までも、これからも! 栄吾君を嫌うことなんて、ずっとずーっと有り得ません!」

「……でも、何で俺を見て震えてたんだよ」


 少し照れたように目を逸らしてそう呟いた栄吾君。そんな彼の横顔は、どこか拗ねているようにも見えました。同時に、どうして彼が逃げ出したのかという疑問も氷解していきました。


「やっぱり、栄吾君に勘違いさせていたんですね」

「……勘違い?」


 きょとん、と目を丸くして聞き返してきた栄吾君。私、何か変なことを口にしたのでしょうか。まぁ、勘違いさせたのは私が悪かったですけれど。


「そうですよ。私、ナンパされたのが怖かっただけです」

「だけど……」

「栄吾君、私を何だと思っているのですか? 私だって一人の女の子なんですよ?」

「それくらい分かってるよ」

「いいえ、分かっていません」

「え、えぇ……?」

「だから今からそれを教えてあげますっ!」


 私は一歩前に出て、つま先立ちになりました。その勢いのまま、私の唇を栄吾君の唇に重ねます。歯がぶつかるような下手はしません。唇を重ねるだけの、優しいキスです。

 初めて触れる栄吾君の唇は、男の子なのにぷるっと艶やかで柔らかく、温かくて、とても安心しました。いつまでもこうしていたいと、そう思えました。

 その一方で鼓動がこれでもかというくらいに速くなっています。このドキドキ、栄吾君に聞かれてないですよね?

 永遠にも感じられる甘い数秒が終わりを迎え、唇を離してから栄吾君の顔を見ると、状況を理解したのか瞬時に真っ赤に染まりました。何というか、可愛いです。


「え、あの……芽衣?」

「これで分かりましたか? 私が栄吾君を嫌うことなんて、天地がひっくり返っても有り得ません」


 栄吾君の目を見てそう言い切ると、栄吾君は安心したかのように微笑みました。


「……俺が勝手に取り乱しただけだったのか?」

「はい。そういうことになりますね」

「何だよ。俺、超かっこ悪いじゃん」

「そうかもしれません。だけど超かっこいいですよ」


 かっこいい。恥ずかしさを押し殺してそう言うと、栄吾君は照れたように含羞みました。

 栄吾君が微笑んでくれたことが嬉しくて、自然と私の口角も上がります。


「栄吾君、顔が真っ赤です」

「芽衣だって俺のこと言えないぞ」


 盲点……というか、自分の顔なので見えないのも当然です。でも、指摘されて顔が熱くなるのは分かりました。恥ずかしいです……っ!

 羞恥に悶えていると、栄吾君が私の前に歩み寄って来ました。


「栄吾君?」

「芽衣、ありがとう」


 そうの言葉が聞こえた時には、私は栄吾君に包まれていました。抱きしめられたのだとすぐに理解できましたが……どうして?


「あの……っ!?」

「ごめん、嫌だった?」

「いえ、嫌だったなんて……むしろほっとしたというか。──!?」


 私は何を!?

 ダメです、栄吾君と一緒にいると本音を隠せそうにありません。


「あの、今のは聞かなかったことに……」

「それは無理だな」

「むぅ……栄吾君、何か意地悪です」

「芽衣が可愛いからな」

「答えになってません!」


 そんなやり取りをしている間も、栄吾君が元に戻ってくれたことが嬉しくて、会話の内容なんてろくに頭に入ってきませんでした。でも、それでいいのです。

 栄吾君と私がいつまでも一緒に入れるような、そんな根拠のない自信が溢れ出てきたから。


「あ、そういえば」

「はい?」

「事情聴取とかなかったのか?」

「…………あ」


 大事なことを伝えるのを失念していました。どう伝えるのが正解か、必死に頭を回しましたが、後ろから投げ掛けられた声で全てが無駄になりました。


「随分とイチャついてくれるわね」

「……っ」

「な、お嬢様!?」


 これが修羅場と言うやつでしょうか……

 とにかく、私たちが落ち着いてデートできるのはもう少し後になりそうです。


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 はい、というわけで初キスでした。

 ところで話は変わりますが、お知らせ(?)を。

 プロフィールにも書いているのですが、僕実は高校三年生なんです。つまりは受験生ですね。

 休校期間中は頑張って更新できる時にしていたのですが、これからは受験勉強も本格化していく(つもり)なので今まで以上に更新頻度が遅くなることが見込まれます。どうかご理解くださいますようお願いします。

 もちろん息抜きに更新はしていくので、栄吾や芽衣のいちゃらぶを楽しみにしていてくださいね。

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