第7話-② タイトル案募集中:東坂芽衣

 漸く気まずい状態だった電車から解放されました。恥ずかしかったですが……栄吾君に申し訳ないことをしてしまいましたね。

 人通りの少ない通路の脇を通っていると、突然栄吾君が手を繋いできました。


「手、離すなよ」

「……はい」


 突然の事に思考が一瞬停止しました。手を繋がれたということを理解するのに数秒を要して、気づいた時には栄吾君に手を引かれて歩いていました。

 歩いているのはいいのですが、栄吾君の歩幅が大きいせいで私だけ競歩をしている気分です。栄吾君はそれに気がついていないようなので、行動で示すことにします。

 立ち止まって、じー……っと栄吾君を見つめ続けていると、漸く振り返ってくれました。


「…………(じー……)」

「あの、芽衣さん?」

「栄吾君、歩くの速いです」

「え、あ……すまん」


 何というか、栄吾君ってすぐ謝りますよね。執事やメイドとして働いている以上、何か失礼があった時にすぐ謝罪をするのは理解できます。が、栄吾君の場合それがデフォルトになっている気がするのです。

 私の前でくらいリラックスして欲しいと何度も言っているのですが……言っても無駄だと言うのなら、実力行使です。


「別に怒ってはないのですけど……こうすればいいだけですしっ」


 油断しまくりの栄吾君の右腕にダイブです。親子連れや高齢の方々から微笑ましい視線を向けられますが、不思議と不快な思いはしませんでした。

 その一方で周囲の独身と思われる男性たちからはマイナスの感情が込められた視線を向けられましたが、これに関しては栄吾君が睨みを利かせてくれました。

 栄吾君、温かいです。落ち着きます。


「こうすれば栄吾君も速くは歩けないでしょう?」

「いや、まぁそうなんですが……」


 栄吾君が言葉を濁しました。何か言いたげな表情ですが……とここまで考えたところで栄吾君の視線の先に気がつきました。私の胸です。

 成程、おそらく「当たっている」とでも思っているのでしょう。ですがこれは違います、のです。これくらいしないと栄吾君はドキドキしてくれませんからね。ちょっとだけいじわるもしてみます。


「どうしたんですか?」


 栄吾君を見上げるようにしてぎゅっと体を押し付けると、分かりやすく強ばりました。ちょろいですね。


「いや、何でもないよ」

「それならいいのですけど……体調悪いなら言ってくださいね? 栄吾君、無茶しそうですから」

「ん、ありがと」

「別にいいのです」


 ちゃっかり栄吾君の体調に気を配ることで、ポイントアップを狙います。あ、でも栄吾君が心配なのはホントのことですよ?


「じ、じゃあ行こうか」

「はいっ♪」


 駅の外に出た途端、朝よりも高く昇っている太陽が容赦なく照りつけてきました。ものすごく眩しいですが、こんなこともあろうかと──

 額に浮かび始めた汗を拭っている栄吾君の頭に、先日買ったばかりの帽子を被せました。ですがちょっと高いですね。


「ちょっと屈んでください」


 そう言うと栄吾君はおとなしく従ってくれました。ちょうどいい高さになったので帽子をぽんぽんっと抑えます。


「芽衣?」

「熱中症対策です。今日は気温が高くなると天気予報でやっていたので持ってきました」


 実際は蒼真様のアドバイス(デザイン含め)なのですが、それは黙っておいた方がいいでしょう。


「いや、それはありがたいんだけど……何で俺のまで?」

「何故って、どうせ栄吾君は持ってこないだろうなと思いまして」



 そう言うと、栄吾君の顔が分かりやすく歪みました。図星、ということなのでしょうが……栄吾君、顔に出やすい人ですね。

 ここらでもう一つ仕掛けてみましょう。


「言っておきますけど、それだけが理由ではないですからね?」

「……へ?」


 栄吾君の間抜けな声が聞こえました。レアですね。帽子って大抵熱中症予防のためだろう、なんて思っているのがひしひしと伝わってきます。


「やっぱり分かってなかったのですね……」


 ちょっと睨んでみると、栄吾君の顔が泣きそうになりました。焦って言い訳……もとい説明をすることにします。


「別に怒ってはいませんっ……ですが一応多少なりとも変装は必要でしょう」

「変装……?」

「私たちの関係が当主様に知られているとはいえ、クラスメイトが知っているとは限らないのです。それこそ今日見られて蒼真様や真白様に告げられたら……」

「あぁ、そういうことね」

「帽子だけでも、意外と雰囲気って変わるのですよ?」


 全て説明し終えると、栄吾君が納得したように頷きました。ですが……もう少し考えておいて欲しかったですね。と、栄吾君が落ち込んだ気配がしました。咄嗟に栄吾君のの袖を引っ張って言います──帽子を持ってきた最後の理由を。


「ん?」

「理由、まだありますよ」

「……え?」

「栄吾君のと私の帽子、同じやつなんです」


 彼氏と同じ帽子を装着。いつもメイド服を着ていた分、そういうのにすごく憧れていたんです。

 栄吾君がまだピンと来ていないようだったので、多少恥ずかしいのですが説明してあげます。


「お揃い…… “ペアルック” ですね♪」

「────っ!」

「え、栄吾君!?」


 栄吾君、顔を真っ赤にしたと思ったら白目を剥いて倒れてしまいました。何故でしょうか、とりあえず人目もあれなので起きるまで待つことにします。

 栄吾君、早く起きてくださいね。


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 やーい栄吾君のヘタレ〜って声が聞こえてきそうですね……あれ、そうでもない?

 ま、まぁそう思った人も思わなかった人も高評価よろしくです。m(_ _)m

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