第4話-③ 西辻栄吾と東坂芽衣③
スーパーで各々の買い物をしつつ俺は考える。どうすれば世界平和が実現できるのか──なんて大規模かつ世界的なものじゃない。それでも俺にとってはそれ以上の重要性を持つ大事なこと。
そう、『いくら何でもカップルらしさが足りなさ過ぎる』ということを。そして同時に思う訳だ、カップルらしいことって何なんだ?と。思いつくのは一つだけ。だから俺は正直にそれを口にした。
「なぁ、芽衣」
「何ですか?栄吾君」
俺に話しかけられたことがよほど嬉しかったのか、野菜コーナーでニンジンを品定めする手を休めて芽衣が振り返る。
ぱぁっと満開の笑みを浮かべた芽衣が愛おしく、抱きしめたい衝動に駆られながら、公共の場で何をする気だと自制する。
「今週末、休みって取れるか?」
「? はい、蒼真様に頼めば」
「そ、その……デートしよう」
自分からデートに誘うことが少なかったから、あくまで自然体を装ってさらっと告げるつもりだったけれど、声が上擦ってしまった。恥ずかしさのせいで芽衣の顔を直視できない。
どんな表情をしているのか気になるけれど、それを確かめる勇気が持てない。改めて自分のヘタレっぷりに呆れていると、ニンジンを棚に戻した芽衣が小さな声で呟いた。
「栄吾君からそう言って貰えて嬉しいです」
「……ということは?」
「そのお誘い、喜んでお受け致します。今週末が楽しみになりました」
人形めいた白く柔らかそうな頬が分かりやすく薄紅に染まる。つられて俺の頬も熱くなった。
「ふふ……栄吾君、ほっぺた赤いです」
「芽衣だって人のこと言えないぞ」
「えぇっ!?」
どうやら自覚がなかったようだ。それを告げると赤い頬が更に赤くなった。ニンジンの横に並べられているトマトくらいに。
お互いに顔を赤くする俺たちに、声をかける人物がいた。
「青春を謳歌しているようで何よりだよ」
「あ、すみませ……って当主様!?」
そう、俺たちの目の前に立ってニコニコと微笑んでいたのは、如月家当主の
まずい……バレたら即クビ…………
そんな考えが頭をよぎり、俺は咄嗟に芽衣の前に立った。たとえクビになるとしても、芽衣にまで危害を加える訳にはいかない。それでも恐怖を誤魔化すことができず、腕には鳥肌が立ち、微かに体は震えてしまう。
幸成様は俺の顔を見て笑った。その笑みは権力者が他者を見下す時のそれ──などではなく、単に微笑ましいシーンを見かけた時の表情に近いものだった。
一体どういうことだ?
いくらか震えが治まってきた俺に、幸成様は優しく告げた。
「西辻君、彼女のことは好きかい?」
「……はい」
「ならば手を離さずに大切にしたまえ」
その言葉に、俺は呆気に取られてしまった。
「え、あの……お咎めは?」
「あるわけないだろう。若者の青春を邪魔する権利など誰も持っていない。それに速水の奴も気づいているはずだよ」
クビになどするはずがない、俺たちの交際の最大の障害と思われていたことが根底から覆された。そして今の当主様の言葉、それはつまり俺たちの交際を以前から知っていたということに他ならない。
「お気づきだったんですか?」
「むしろバレていないと思っていたのかい?おそらく殆どが気づいていると思うが。……そうだな、知らないのは娘と蒼真君だけではないかな」
そして、スーパーの中に絶叫が響き渡った。
「「えぇーーーーーー!?」」
既に知れ渡っていた事実に対する羞恥に顔を赤くする俺たち二人。そんな俺たちを見た幸成様は言葉を重ねた。
「西辻君、君を雇った条件を覚えているね?」
「……お嬢様と蒼真様を両想いにさせること」
「よろしい、それがわかっていれば僕は何も言わないよ。週末は別の者を手配するとしよう」
あ、デートに誘ったところから聞かれていたんだ──じゃなくて!今の言葉はつまりデートに行っても良いという許可な訳で、俺たちが言うべき言葉はただ一つしかない。
「あ、ありがとうございます!」
「ありがとうございますっ」
「あぁ、楽しんでおいで……っと、西辻君」
「はい、何でしょうか」
「今日は僕も別邸で夕食を食べることにするよ。真白にも伝えておいてくれ」
「畏まりました」
幸成様がいらっしゃるのであれば、いつもよりも豪華なものにする必要があるか。いや、別に真白様の食事に手を抜いている訳ではないんだけど、さすがに緊張してしまう。
今日のメニューを見直す必要があるな。優雅に去って行く幸成様の背中を見送りながらそう考えた俺の腕を、芽衣がぎゅっと握った。
「……ん?」
「こ、怖かったぁ」
芽衣の言葉を聞くと同時、体から力が抜けていった。あまりにあっさりと言われてしまったけれど、今のってだいぶピンチな状況だったはず。遅れて再びやってきた震えがそれを証明している。
「とりあえず、クビにならなくてよかったな」
隣で震えている芽衣にそう声をかけると、二の腕に痛みが走った。すぐに抓られたのだと理解はしたが、何故抓られたのかは分からずに芽衣の顔を見る。
「栄吾君は私よりも仕事の方が大切なんですね」
芽衣はそう言ってレジに向かって行った。目も合わせてくれず、この日は芽衣の機嫌が元に戻ることはなかった。
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