第4話  香炉峰 (こうろほう) ~きっかけ~


 宮中に上がってから、ひと月半が過ぎ、私にもようやく周りに目を配る余裕が出てまいりました。上臈じょうろうの宰相の君は藤原家のお人。よく気がつかれ、私にもたびたび声をかけてくださいます。学識がおありで、宮中でも評判の中宮様お気に入りの女房。私はこの方をお手本にしようとひそかに思いました。式部のおもととは、もうすっかりうちとけておりましたので、だいぶ肩の力も抜けてきた頃のことでした。

 二月も末だというのに、雪が高く降り積もった日がございました。

 少しでも冷たい風を入れまいと格子を上げもせず、皆寒い寒いと炭火のまわりに集まって世間話をしながら伺候しておりますと、中宮様が私の名をお呼びあそばしました。

「少納言よ、香炉峰の雪はどうであろうか」

 それは『白氏文集』の「遺愛寺いあいじノ鐘ハ枕ヲソバダテテ聴キ、香炉峰こうろほうノ雪ハすだれヲカカゲテル」の詩句を連想させるお言葉でした。私は咄嗟に格子を上げさせますと、みずか御簾みすを高く巻き上げて雪をご覧に入れました。中宮様は頷きながらお笑いになってご覧あそばします。

「そんな有名な詩はだれでも知っているけれど、そのような咄嗟の行動は思いもつかないものなのに。やはり、あなたは定子中宮様にぴったりの女房ね」

 皆は口々に言いましたが、中宮様の風流なお考えに触発されただけのことです。

 とはいえ、あのくしゃみ事件のあとでもあり、このことは私にとってひどく嬉しい出来事にちがいなく、中宮様のおそばに、やっと自分の居場所を見つけることのできるきっかけともなったのでした。

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