第5話

最初の壁は、1枚の布切れだった。

「地直し」と呼ばれる作業をひたすらやる。

地直しってここまでしなきゃいけないのか、ただ水に布を通すだけじゃダメなのか・・・。

そんな思いが今日も授業中、頭の中を何度も通り過ぎていく。


小芝高校に入学して、ついに授業が開始した。

服飾高校は普通科の高校生たちが学ぶような一般教養をやりながらも、あくまでメインは服に関すること。ほとんどの時間を布やミシンと過ごすことになる。

CADと呼ばれるパソコンを使った製図の作業、デザイン画の描き方、裁縫・・・。

「はあ・・・」

最初から華やかな洋服を作れるわけでもなく、ただ淡々と続く基礎練習の数々に、正直に言うと早くも心が折れそう。

「バカ!もっと細かく縫えよ」

学校から大量に持ち帰ってきた課題を家でこなしていたら、後ろからお兄ちゃんの声が飛んでくる。

「うるさいなぁ。そんなに言うなら、お兄ちゃんがやりなよ」

そこまで言い返して・・・、なんだか気持ち的にも滅入ってしまって、そのまま机に突っ伏した。

こういう時、中学からの悪い癖で「明日学校行かないでいいかな」と思ってしまうことが、いまだによくある。でも、課題が多いこの服飾高校、1日休むとかなり遅れを取ることになるし課題が溜まるだけ。

それに・・・。

「1人で閉じこもりすぎなんだよ。中学校の時も、今も」

「・・・え?」

「だから行けなくなるんだよ」

まるで私の心の声を聞いたかのような、的を得た言葉を聞いて、私は伏せていた顔を上げる。目の前のお兄ちゃんは威厳たっぷりな仁王立ち。腕を組んで、私を見下ろしていた。

「そんなこと言われても」

言いかけた時、高校合格を機に買ってもらったばかりのスマホが鳴った。画面を見てみると、入学式の日、声をかけてくれたエミリこと、エミからメールが届いている。

《明日のお昼、一緒に食べない??》

初めてのお昼のお誘いに、思わず私が「えっ」と声を上げてスマホを持った瞬間、

「JKへの第一歩は、友達と昼飯食べることだよ」

「・・・えっ、なんでわかったの!」

私のスマホの画面を見ていないくせに、全て知っているよと言うような策士な笑みを浮かべながら、お兄ちゃんは部屋から出て行った。

お兄ちゃんってときどきエスパーみたい。幽霊パワーなのかな?

それもそれで怖いんだけど。


何はともあれ、お昼に誘われた私は、いつもより緊張して昼休み開始のチャイムを聞いた。いまだに昼休みに自由な場所でお昼を食べることに慣れていなくて、何だかこんなことをしている自分に違和感を感じる。

「明音!こっちこっち」

エミが指定してきた場所は、音楽室に近い階段の踊り場だった。

人もいなくて、運が良ければ吹奏楽部が練習している演奏を聴きながらお昼が食べれる特等席。

私が到着した時にはすでにエミと、クラスで2人だけの男子生徒が揃っていた。

クラスで2人しかいない男子生徒の1人は遠藤蓮えんどうれんくん。もう1人の男子生徒は一色学いっしきがくくん。

どうやら2人は幼なじみだったみたい。

「一色とは、中学バレー部で一緒で」

「え!一色くんバレー部だったの?」

寡黙そうだけど、どこか優しい雰囲気を持つ一色くんから、正直そんな様子は感じられない。エミと一緒になって驚いていたら、不意にエミのスマホが着信音を鳴らした。次の瞬間、エミの口から流暢な英語が流れ出す。これには私もお弁当を食べる手を止めて、遠藤くんは口を開けたままで、一色くんは目を大きく見開いて、みんなでエミを見た。

電話を終えたエミに話を聞いたら

「あれ?言ってなかったっけ?私の本名、エミリ・コーデリア・グレイサー」

衝撃の事実が飛び出してきた。

お父さんがアメリカ人なんだそうだ。

そう言われれば、エミの外国人風の顔立ちや綺麗な髪色にも納得がいく。エミ自身は5歳の時からずっと日本住まいで、英語は今みたいにお父さんと少し会話するぐらいしか話せないと笑っていた。

「そうだったんだ・・・」

私は呆気に取られながらも、隣に座る遠藤くんと目があって、それとなくエミに聞いてみた。

「そういえば、エミと遠藤くんたちはお知り合いなの?」

「ううん!なんか2人で女子だらけの教室で、肩身狭そーにコロッケパン食べてたから、しょーがねーなー!って思って。日本男児たるもの、乙女達に負けずに強く生きなさい!」

そう言われた遠藤くんと一色くんは「はい・・・」と、小さく頷いた。エミはそんな男子2人を見て満足げに頷くと、突然私の手を取る。

「強く生きるのは男子2人だけじゃなくて、明音もだよ?」

「え?」

「ほんっと、課題多いし難しいし大変だよね!でも、こうやってみんなで助け合えばなんとか行けそうな気がするんだよ!愚痴こぼしあいしながら。ね、明音もこれから一緒にご飯食べよう!なんかあったら、安心して頼りなさいっ」

思わず、涙が出そうになった。

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