ケッコン宣言やっちゃいます!

「ポップさんはね、両親を早くに亡くされて、一人でこの家を切り盛りしてきたの!その家ぶっ壊すってどういう意味か分かってるの?」


 サクヤは踵落としを喰らって蹲ったままのゴンベエを叱り飛ばした。怒りのあまり彼女の瞳孔が完全に開いてしまってる。


あまりの迫力に、被害者であるポップが、「そんなに怒らなくても」とサクヤを宥める位だ。


「ゴンベエ土下座しなさい!」


 ドゲザという聞きなれない単語を耳にして、ゴンベエが思わず顔を上げた。


「……ドゲザってなんだ?」

「人間界の最上級の謝罪よ!!今から私もやるから、あんたもちゃんと真似するのよ!」


 サクヤはそう言うや否や、ポップの静止を振り切って、膝を曲げて両手を地面に衝くと、額を地面に擦りつけた。


「ほら、真似する!」


訳もわからぬままにゴンベエも、サクヤを真似て額を地面に当てた。


「ポップさん本当にご迷惑をお掛けいたしました!お家はなんとか、私の方で直しますから、このバカを許してあげてください!」


 地面に額を衝けたまま必死に謝るサクヤの様子に、ようやく事の重大さに気づいたゴンベエが、額を地面に衝けたまま「すまぬ」と声を絞り出した。


 土下座姿勢のまま動かない二人の前で、ポップがゆっくりと腰を下ろして、静かに口を開いた。


「シスター月夜見様、ゴンベエ君、顔を上げて下さい」


 ポップの穏やかな口調に、二人は恐る恐る顔を上げた。二人の目に飛び込んできたのは、笑顔のポップだ。


「ゴンベエ君、家を壊してくれて有難う!」


 突然ポップが、ゴンベエの手を取って握りしめた。


 思いもよらぬ言葉に、ゴンベエは何かの冗談かと、目を白黒させる。


 ゴンベエは訳も分からないままに、ポップに手を引かれてその場に立ちあがった。

 ゴンベエに合わせる様に、サクヤもその場に立ち上がって、どういう事かと怪訝そうに見守っている。


「私は代々続いたこの家を守らなければならない事を理由にして、色々な事から逃げてたんです。でも、今ので踏ん切りがつきました!」

「えっ……はあ」


 気の抜けた返事をするゴンベエの手を、ポップが力強くぶんぶんと振った後、右手を空いた天井から見える青空に向けて突き上げた。


「彼の気持ちを聞いたら、交際じゃなくて、結婚をせまる事に決めました!すぐにでも彼の家に入れるよう頑張ります!」

「え?ポップさん、急展開過ぎてこちらの気持ちが追いついていないのですが……」


 満足そうに青空を見上げるポップの周りで、オロオロと動き回っているサクヤの肩を、ゴンベエが掴んだ。


「ケッコンの意味はよく分からないのだが、ポップさんの決意が揺るぎないものである事は分かるのだ」

「シスター月夜見様、ゴンベエ君の言う通りです。それに……」


 ポップは天井から入ってくる日差しを眩しそうに見上げた。つられてサクヤも吹き飛ばされた天井を見上げる。


「青空天井のこの家には、どのみちもう住めませんからね」


 吹っ切れた表情で笑うポップを見てサクヤも、その決意の固さを理解したようだ。瞳を閉じたサクヤは、ふぅっと息を吐くと、ポップの両手を力強く握りしめた。


「分かったわ。家を壊してしまった責任として、コーンさんの結婚を必ず成就させてみせるからね!」


 破顔したポップが「よろしく頼むわね」とサクヤの手を強く握り返した。ゴンベエは、笑顔で見つめ合う二人の様子をじっと見つめて確信した。ケッコンという言葉は人を明るくする魔法の言葉に違いない。


 今度誰かと一緒に居る時に、もし雰囲気が悪くなったら、試しにケッコン宣言をしてみようと、ほくそ笑んだ。


「さあて、ゴンベエ君。という訳だから、この家にある全てのとうきびを『ポップとうきび』にしちゃって、明日にでも全部売ってしまおうと思うの。だから―――」

「『ポップとうきび』作るのを手伝えばいいのだな?」

「正解~♪よろしくお願い出来るかな?」


 任せろ!とばかりに、ゴンベエは親指を力強く立て、腕まくりをした。それを見たサクヤも、自分も何か協力できればと、袖をたくし上げて動きやすいよう準備し始めた。


「よーし、そしたら、大量生産用のずん胴を奥から持ってくるから、それを使ってまとめてやっちゃうわよ!」

「ポップさん待って下さい!私も手伝います!」


 家の奥へと消えて行ったポップの後を追って、サクヤも家の奥へと走って行った。


 その後、ポップとゴンベエの『急速加熱拳ドモホルン』の共演により、大量に生産された『ポップとうきび』が青空天井からはじけ飛び、外に溢れかえるまで、ものの30分もかからなかった。



 ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



『ポップとうきび』作りの全ての作業をあっという間に終えた、ゴンベエとサクヤは、ポップに別れを告げて次の家へと向かっていた。


「いやあ、楽しかったのだ」


 ゴンベエは手にした袋から『ポップとうきび』を取り出して頬張った。自分で作った『ポップとうきび』は美味さもひとしおである。


「ほんと家の屋根を吹っ飛ばした時は、どうなる事かと思ったわよ。はあ、疲れた……」


 歩きながら肩を落としたサクヤに、ゴンベエが『ポップとうきび』の入った袋を差し出した。


「この『ポップとうきび』は体力を回復させる効果があるみたいだ。疲れているなら食べたらどうだ?」

「それはあくまで回復でしょ?こっちはが疲れたっていってるのよ」

「そっか。じゃあ、いらないのだな」


 ゴンベエが差し出した『ポップとうきび』を下げようとすると、「食べないとはいってないでしょ」とサクヤが、ゴンベエから袋を奪い取って、一掴みして口の中へと放り込んだ。


「やっぱり出来立ては美味しいわね」

「そうだな」


 二人して『ポップとうきび』に舌つづみを打ちながら歩いていると、ふとゴンベエがある事に気が付いて、脚を止めた。

 

「そういえば、ポップさんのところで、聖母教のお説法しておったか?」

「あ、忘れてた」


 しまったとばかりに顔をしかめて、サクヤが一端その場に脚を止めた。一度足の向きをポップの家の方へ向けたが、少し考えた後、「まあいっか」とこれから行く家の方向へ体の向きを戻して歩き始めた。


「いいのか?」

「しかたないでしょ。まあ、たまにやっちゃうのよね。みんな分かってるから大丈夫だと思うわ」

「……すごいもんだのう」


 思わずゴンベエの口からこぼれた言葉に、サクヤが喜喜として反応した。


「そうでしょ?すごいでしょ聖母教は。やっと分かってくれたようね!」

「いや、凄いのは聖母教じゃなくてお前の方な」

「……へ?」


 ゴンベエが発した言葉が、想定した内容と違う言葉だったのだろう。サクヤがキョトンとしてかたまっている。


 たかだか16歳の女の子に、村人の大人達が全幅の信頼を寄せて身の上話をしている。それは、一重に彼女個人の魅力であり、話の最後にチョロっと話す聖母教の教えの効果であるとは到底思えない。


 ゴンベエの発言が不服だったのか、「今更おだてても何も出ませんよ」とサクヤが膨れた顔で。ゴンベエを見ている。どうにも彼女自身は、自分の魅力に気づいていないようである。


 「あと凄いと言えば、黒猫もだな」

 「え?」

 「黒猫討伐クエストでやってくる冒険者達が居なければ、コーンさんもポップさんも生活が成り立たないわけだろ?」

 「……そうね」


 複雑な表情でサクヤが呟いた。聖母教にとって高い懸賞金を出してでも討伐したい黒猫が、結果として自分が納めている村の経済を潤わせている。


 まあ、複雑な心境だろうな……。


 声には出さず、ゴンベエは独白した。仮にではあるが、黒猫が意図的にこの村を救うために危険な橋を渡っているのだとしたら、この村にとって黒猫は恩人もとい、恩猫と言っても過言ではないだろう。


「黒猫って、実はいい奴だったりしてな」


 思わず出た言葉に、ゴンベエはしまったと口を押えたが、時すでに遅し、サクヤの表情がみるみる硬いものになっていった。


「黒猫、あいつは最低の奴よ!」


 胸元のロザリオを固く握りしめて、すり潰すように言葉を吐いたサクヤからは、黒猫に対する負の感情が滲み出ていた。うっかりとはいえ、失言をしてしまったゴンベエは、「申し訳ない」と頭を掻いた。


 二人の間に重苦しい空気が流れる。自分が作ってしまったこの空気をどうにかすべく、なにかサクヤを明るくする事は出来ないかと、ゴンベエは必死に頭を回転させた。


「あっ、そうだ!」


 何かに気づいたゴンベエが、おもむろにサクヤの正面に回ると、サクヤの両肩を掴んで真正面から見つめた。咄嗟のゴンベエの行動に、反応が遅れたサクヤは驚いたように目をしばしばさせている。


「今はまだワシはをあげる事が出来ないが、お主とは明るくやっていきたいと思っている」

「え??んん?」


 こいつは何を言い出したのだと言わんばかりに、サクヤの眉と眉の間に深い皺が寄り始めた。満面の笑みを浮かべたゴンベエが、サクヤの黒い右目と茶色い左目をじっと見つめる。


「サクヤ!ワシからケッコン宣言だ!」


 ゴンベエの得意げな顔をまじまじと見たサクヤは、ガクッと首を折ってうな垂れた。


「……あんた絶対結婚の意味分かって無いでしょ」

「意味は分かってない!」


 自信満々のゴンベエに対して苦笑いを浮かべたサクヤが、両肩のゴンベエの手を払うと、「どこまで世間知らずなんだか」と呟いた。


「いいかしら?結婚って、お父さんとお母さんになるという事よ」

「成る程!オスとメスがつがいになるという事だな!」

「まあ、そうね。そしての意味はね―――」


 そう言うと、今度はサクヤがゴンベエの両肩を掴んで真正面から見つめた。今度はゴンベエが三白眼をぱちくりさせている。


「私とつがいになってください!という……あっ」


 言葉の途中でサクヤが、ゴンベエの後ろに何かを見つけて固まった。


「サクヤ、どうしたのだ?」


 動かないサクヤに肩を掴まれたままのゴンベエが、ゆっくりと首だけを捻って後ろに目をやると、


「アレエ、ゴンベエサマ、ケッコンスルッスカ―、オメデトウゴザイマスー」


 抜け殻のように真っ白になったキュンメルが、ゴンベエの真後ろに立っていた。

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この主人公の名はタケルです。 愛植え男 @haginomoto

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