第33話 全てを砕く大槌

「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 アラタは魔法により巨大化したメイスの柄を握りしめ、絶叫していた。決して武器を振るっているというわけではない、武器と共に高速で落下しているのだ。


 超巨大というべき程の大きさとなっているメイスだが、もしアラタが手を離せばルノワが魔法発生させた影にイメージが伝わらずに霧散してしまうだろう。もし地上で生成していたら重すぎて振るえなかったであろう。


 いろいろ考えた結果が、この天から落ちる巨大影のハンマーwithウィズアラタというべき状況であった。


 地表が近づく中、目標である爪撃の魔王ヴォルフランを捉える。落下してくるアラタに気が付いたようだがもう遅い。


 元の世界で見た映画の狼男は満月の夜に変身していた。もしかしたらと思いルノワに月を覆ってもらった結果、期待通りにヴォルフランの反応速度は劇的に落ちていた。さらに視覚と嗅覚を奪われた状態だ。


「『風よ吹きすさべ』! 『風よ吹きすさべ』!」


 どういう状況か思い至ったのであろうヴォルフランが、でたらめに魔法を乱射する。もう避けることができる距離や状態ではない。なにをしてでも攻撃を止めようということだろう。


 魔法が数発巨大メイスに当たるが、圧倒的な質量を誇る巨大メイスはびくともしていない。


「『風よ吹きすさべ』! 『風よ吹き――』」


 魔法の一発がアラタの左足に直撃し、強烈な痛みが襲う。

 だが、もう遅い。


「ヴォルフラン! 勝つのは俺達だああああああああああああ!!!

「人間種ごきにいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」


 ニーシアの街を恐怖に陥れた爪撃の魔王ヴォルフランに、アラタによって振り下ろされた、いやアラタと共に落下してきた巨大メイスが直撃した。


 落下の衝撃と共に、凄まじい轟音があたりに響く。


 柄を握っていたアラタも、あまりの衝撃に握っていられなくなり手を離した。するとイメージが伝えられなくなった為、魔法によって纏われていた影が霧散しもとのメイス“轟雷”に戻った。


 確かな手ごたえを感じたが、とアラタは恐る恐る下敷きになっていたヴォルフランを確認する。

 ヴォルフランは半ばワーウルフの身体、半ばランロウと呼ばれていた人間態の身体といった中途半端な状態で地面に埋もれていた。


 息をしていない、死んでいる。強敵を打ち倒せたことを確認し、アラタは安堵した。


「やったなアラタ!」


 ルノワとバリスが祝福の言葉と共に駆け寄ってくる。ルノワはいつもの余裕の笑みで、バリスは底抜けに明るい満面の笑みだ。ルノワの肩には、貯蔵していた魔力を使い切ったのであろうししゃもが、ぐったりと乗っている。


「ん?グスマン、それにみんな!」


 見ればグスマンをはじめ、何人もの冒険者たちが周囲に集まってきていた。組合の受付嬢のソニアや、鍛冶屋のボガーツもいる。


「すまねえな兄弟! 戦闘があっているのは分かっていたんだが、街の周囲にワーウルフやガストウルフがわんさかと湧いてな。片付けて急いで駆け付けた次第よ」

「片付けたのはほとんどボガーツだろ……」


 調子よさげに話すアーロンに、デリックがツッコミを入れる。見れば彼らだけでなく、集まった冒険者は皆アラタ達に負けず劣らずボロボロだ。戦っていたのは本当だろう。


「…………」


 ガシャリと鎧の音をたてて、グスマンがバリスに問いかけるように見つめる。


「ああそうだ。そいつが今回の事件の首謀、大魔王ドルトムーン傘下の爪撃の魔王ヴォルフランだ。皆が知る名前だと――」


 バリスはそこで一拍おいた。ランロウは慕われていた有名人だ、ここにいる皆の衝撃も大きいだろう。集まった冒険者達の顔を見渡す。


「――“切り裂き”ランロウだ」


 バリスの説明に「なんだって!? ランロウが」「大魔王の手下だって?」などと、集まった冒険者の口々から疑問と驚愕の声が噴出する。“沈黙”グスマンは、その二つ名の通り声を発することなくまだバリスに視線を注いでいる。


「まだ聞きたいことがあるようだなグスマン。お前の察しの通り、私は純粋に人間種という訳ではない。私はハーフオーガだ」


 今のバリスはオーガの血が表に出ている状態だ。頭の上には二本の角があるし、肌は赤い。言い逃れられる状況ではないと、思いつめたようにバリスが打ち明ける。先ほどとは違い、今度は冒険者達は一言も言葉を発していない。激戦が繰り広げられた広場は静寂に包まれていた。


 その静寂を破ったのは、底抜けに間抜けな声だった。


「なんだよバリス! お前オーガの血が入っていたのかよ! どうりで殴られた時いてーはずだ!」


 声を上げたのはアーロンだ。彼は女性冒険者や組合の職員にセクハラした際、よくバリスに殴られていた。


 アーロンの間抜けな声に釣られてか、周囲の冒険者達から続々と声が上がる。どの声にもオーガの血が入っていることを罵る声はない。せいぜい気が付かなかったから驚いた、とかだ。


 アラタからすると無言に思えるグスマンも、バリスから「ありがとう」と言われているので、何か好意的な返事をしたのだろう。


「えーっ! だからバリスってあんなに食べても太らないのー?」


 明るい声はソニアだ。事実はどうだかバリスにも分からないが、沢山食べるのはオーガの血だろうとバリスも思う。


「“赤い閃光”って呼ばれていたが、本当は肌まで赤いとはびっくりだぜ。その体に合うように鎧も新調しねえとな」


 ボガーツも驚いているようだが、それ以上は特にない。バリスも“赤い閃光”という二つ名が組合で付いた時は、正直ドキリとしたことを思い出した。


 皆の変わらない態度にバリスは安堵し、仲間の方を振り返る。


「だから言っただろ? “赤い閃光”バリスがニーシアの街に愛されていることには変わりないって」


 アラタの言葉に、バリスは嬉し涙を浮かべながらうなずいた。


「さあて、魔王を討ち取ったとあらば大金星だ。アラタの坊主達のお祝いをしないとな! 前回飲めなかったぶんも今回は飲むぞ!」


 野太い声を上げたのはボガーツだ。

 思えばティウスのダンジョン攻略祝勝会の際に彼が襲われたのが始まりだった。そのボガーツの声に、ここしばらく鬱屈な夜の街を過ごしてきた冒険者達からひときわ盛大な歓声の声が上がった。

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