第18話 ナマズに轢かれた男

「ニーシアにも、もう居られないな。アラタ、ルノワ、短い付き合いだったけど楽しかったよ。ここを出たらさよならだ」


 ハーフオーガだとバレた以上、この街に居られない。全ては安寧に暮らすためだ。両親が願ってくれたこの命を無駄にすることはできない。


 厳しい冒険者稼業をソロで頑張っていたのは、ハーフオーガであるのがバレるのを極力防ぐためだ。バリスが弓をメインに使うのも、接近戦を極力減らすことによってオーガの血が昂るのを防ぐ狙いが会った。


「一人で話を進めるなよ。お前と付き合うかどうかは俺たちが決めることだろ?」


 ハーフオーガであるかなど、ほんの数日前この世界に来たアラタには関係ない。正直食人鬼という単語にぞっとしない訳ではないが、アラタにとっては出会ってからのバリスが全てだ。


 明るく親切で、ベテランの冒険者。そんなバリスに嫌悪感など抱けるはずがない。


「そうだぞバリス。そんなこと気にするな。だいたい私はお前がハーフオーガである事は最初から気づいていた」

「――気づいていたのか!?」


 ルノワの予想外の発言に、バリスは動揺した。

 自身がハーフオーガである事など今初めて明らかにしたのに、どこかでボロでも出しただろうか。


「――えっ? 何お前、今さっきバリスが深刻な雰囲気で打ち明けたのに、最初から知っていたのか?」

「ああそうだ。純粋な人間種とは魔力の流れが違うのでな。すぐにわかったぞ」


 事も無さげにそうアラタにそう返したルノワに、バリスは茫然とした。ルノワは、バリスがハーフオーガである事を悟っていたにも関わらず、依頼の同行を承諾したのだ。


「本当に分かっているのか? 私はハーフオーガだぞ! 人食い鬼の血が混じっているんだぞ!」

「それがどうした。お前が人食い鬼なら私は邪神だ。お前を拒否する理由はない」


 すっかりいつもの調子を取り戻したルノワは、見慣れた余裕のある笑みでそう答えた。今にも泣きだしそうなバリスに優しく微笑みかけるその姿は、まさしく神話に謳われる女神そのものだと、不覚にもアラタは思ってしまった。


「そうだぞバリス、ハーフオーガだとか関係ねえだろ! お前はヴェスティア組合に所属する冒険者バリス。“赤い閃光”バリスなんだろう?」


 昨日出会ったばかりのアラタに、バリスの全ては当然分からない。しかし、一つだけ確信していることはある。目の前のバリスという名の少女は、ニーシアという街から愛されているのだ。


 鍛冶屋のボガーツも信頼していた、組合の受付嬢も信頼していた、アラタ達に絡んできたチンピラのアーロンとデリックもバリスには一目置いていた。なにより腕の確かな冒険者として信頼されていたのはニーシア組合の張り紙から分かる。


 確かに生まれは人とは違うかもしれない。歩んできた道も人とは違うかもしれない。

 しかし、このサンクト王国ヴェスティア公爵領ニーシアの街で築き上げてきた冒険者“赤い閃光”バリスという評価は、ハーフオーガだとか人間種だとかではなく、バリスという一人の存在それ自体に贈られてきた称賛であり、人間関係そのものであった。


「――ああそうだ。私はバリス。バリス・スタントン。“赤い閃光”のバリスだ。アラタ……、ルノワ……、ありがとう、受け入れてくれて――……」


 バリスの心に暖かな物があった。二人の言葉がニーシアの町の人々の笑顔を思い出させてくれて、自分が一人ではないことを自覚できた。


「これで俺達も本当にチームだな! ――ッ! あいつまだ動けるのか!? まったく水を差しやがる!」


 一件落着とアラタが締めようとしたとき、不意にあの地の底から響く様な不気味な唸り声が聞こえた。バリスに再起不能にされていたはずのタイリクオオナマズが、こちらに強い敵意のある視線をぶつけていた。


「どうする? 奴もダメージを負っていると思うが、逃げるか?」


 バリスが仲間に問いかける。手負いとはいえタイリクオオナマズが強力な魔獣であることに違いは無い。逃げるのが当然の選択肢だ。


 ――だが、何故か今なら倒せそうな気がしている。だから問いかけた。


「逃げる必要ないんじゃないか?」


 ルノワはいつもの余裕の笑みで答える。

 もう油断は無い。魔力にはまだ余力がある、今共にいる仲間となら倒すことができると感じる。


「俺もやってやる! 俺達チームの初仕事をあいつで飾らせてもらおうぜ!」


 体は動く。自分に何ができるか分からないが、無茶でも無謀でもここでやらないと後悔する気がする。なにより、トラックに轢かれて異世界転生した奴は数あれど、異世界転移先でナマズに轢かれたのはアラタくらいであろう。“ナマズに轢かれた男”の汚名を雪ぐには、あいつに勝つしかない。


「ウヴォオオオオオオオオオオオオオオ――――――――!!!」


 アラタ達の交戦の意欲を感じ取ったのか、先手必勝とばかりにナマズがガリガリと石の床を削りながらアラタの方に突っ込んでくる。


「アラタ! 思いっきり飛べ! 『影よ壁を造れ』!」


 作戦なんて聞いていない。今はルノワを信じるだけだ。

 アラタはルノワの指示が聞こえた瞬間思いっきり跳躍する。


 すると、アラタの空中にルノワの魔法でできた黒い影の板が出現し、アラタを乗せた。板はそのまま上昇し、目的を失ったナマズは勢い余って壁に激突した。


「――次は私だ! 父から受け継いだこの力、仲間の為に使わせてもらう!」


 自分を受け入れてくれた仲間――アラタとルノワ――がバリス脳裏に浮かぶ。

 少し短慮で年相応に異性に興味があるようだが、勇猛果敢で人を信頼する器を持ったアラタ。

 少し不思議な所はあるが、その知識の深さに底は見えず仲間に向ける視線から心優しい人物だとわかるルノワ。


 二人とも大切な仲間だ。その二人と共にこの相手に勝ちたい。


 のたうつナマズの隙をついて、バリスがオーガ化して矢を三連で放った。

 オーガの力で勢いの増した強弓は、一本目はナマズの鼻先を直撃し、二本目と三本目は石柱を交差するように倒した。


 ――外れたのではない、狙い通りだ。


「ウヴヴヴヴオオオオオオオオオオオオオオオ――――――!!!」


 怒り狂うナマズが、今度はバリス目掛けて突進する。今度は攻撃を受けない。避けもしない。


 ナマズが倒した石柱に乗り上げる。それを見たバリスは、ナマズが乗り上げたのと逆側に拳を叩き込む。衝撃が走り、バリスの炎のように赤い髪の毛が翻る。


 交差する石柱は梃子の原理でナマズを跳ね上げた!


「いったぞ! ルノワ頼む!」


「――任せてくれ! 『影よ貫け』!」


 ナマズが飛んで行った先、その落着点となる場所にルノワは呪文を唱える。ナマズは成すすべなく黒い影でできた剣山に、自重も加わり貫かれ悶絶する。のたうち回れば回るほどに剣山はナマズにダメージを与える。


「今が好機だアラタ! とどめを叩き込め!」


「――おうよ!」


 ルノワの呼びかけに空中で待機していたアラタが応じる。

 盾は放り捨て、両手にメイス“轟雷”をかまえアラタ再び跳躍する。


 アラタのもつメイス“轟雷ごうらい”の名は伊達ではない。軸に仕込まれた魔石ませき――魔力をため込む性質のある特殊な石――にあらかじめ魔力を込めておくことによって、一発だけ雷を纏った一撃を放つことができる。それこそがニーシアの町で名工として通っているボガーツの自信作“轟雷”の真価なのだ。


 今“轟雷”には昨日ルノワに込めてもらった魔力が充填してある。


「ここが決め時だ! くたばれえええええええ! 炸裂サンダーボルトおおおおおおおおおおお!!!」


 気合の叫びと共に渾身の勢いでメイスを脳天に叩きこみ、仕掛けを作動させる。その瞬間、魔石に込められた魔力によって凄まじい雷撃が発現し、部屋は眩い光に包まれた。


 ――光が収まる頃、あれほど暴れ狂っていたタイリクオオナマズは完全に沈黙していた。

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