第6話 工作

 食事をして一休みの後に、工作室に置いていた鎧の元へと戻った。

 工作室は広く、マサキとアオイの鎧が置いてある他、鎧用のパーツが山と積まれており、エネルギー源であるアカガネのタンクも置かれていた。それでもまだ十分に空間が余っている。

 外に直接出られる大型ハッチも備わっていた。

 ここなら俺のメンテナンスにもよさそうだ。


 マサキが鎧のメンテナンスを始めたので俺は興味深く見せてもらう。

 アオイも横で見物している。


「この鎧はリビルドから集めた装甲や関節機構を組み合わせたものなのか?」

「そうです。グソクといってアズマ工房の特産品なんですよ。これに使う小型のコガネリビルドはアズマ鋼原にしか生息していないんです」


 工作室は天井から様々な作業用アームがぶら下がっている。

 グソクは装甲を開いた状態でアームに吊り下げられている。

 マサキが装甲の傷に金属蒸着アームを向けると、ノズルから金属粒子が噴射されて傷がきれいに埋められていく。

 三次元出力機に近い積層構築技術のようだ。興味深い。


 マサキはグソクの内部をのぞき込む。

 関節機構にはそれぞれパイプがつながれていて、エネルギー伝達のアカガネが循環するようになっている。アカガネは背部に配置された貯蔵槽から供給される。


「どこにも制御機構がないようだが?」

「そこですよ!」

 マサキのテンションが突然上がる。

「グソクの大きさに収められるような制御機構はないんです。比較的小さなコガネリビルドの神経瘤だって人間よりも大きいですし、無理に搭載しても燃費が悪すぎて使い物になりません。なのに子龍さんはどうしてその身体に高度な制御機構が収まっているんですか。ばらしていいですか」

 興奮したマサキが切断アームをつかんだので俺は一歩退く。


 この世界のリビルドは大型化することで発展してきたのだろう。その代わりに俺が培ってきたような小型集積技術は進んでいない。


「グソクに制御機構がないなら、どうやって動かしているんだ」

「それはこの晶紋を使って」

 マサキが手の甲を見せる。

「全ての関節機構を個別に制御するんです。ちょっと意識がぶれると暴走して関節が曲がりすぎたり、逆に動かなくて倒れたり、グソクを動かせるようになるまでは修業が大変なんですよ」

「それでも特産品になるほど売れるのか」

「代わりがないですから」

 おそろしく原始的なモーション制御だ。人間にひどい苦労を強いる。


「そもそも晶紋ってなんなんだ」

「え、そこから?」

 マサキたちにとってはあまりにも常識のようだ。

「晶紋はですね。生きていくためには必須のものです。これを経由して機械と情報をやりとりすることで、本来は人間のために作られていないリビルドたちの機構を使うことができます」

 マサキは特に操作することなく切断アームの刃を振動させてみせた。

「ほらね」


 晶紋の能力が極めて高いと、アオイのようなプロテクト破りもできるのだろうと俺は理解する。


 俺は考える。

 グソクの制御機構に必要なのはごく基本的なフィードバック系コンポーネントだ。

 アルティマビルドにおける俺の集積回路構築スキルはレベル10、最高だ。集積回路を作るのは大の得意だった。

 グソクの内部に収めるのならば、ゴルフボール大ぐらいが適当か。レベル3、二次元集積回路スキルでも問題ないだろう。


 俺は体内の三次元出力機を稼働させて分子レベルで回路を構築し始める。

 シロガネを用いた論理回路を二次元集積、CPU、メモリ、インターフェースを一体構成。

 五分ほどで構築を終わり、必要なプログラムを焼き込む。

 あわせて十分かからない作業だった。


 俺は胸部の顎を大きく開く。

 顎の奥に手をやって銀色の球体を掴みだす。球体には接合機構も装備させたからワンタッチ装着だ。

「この統御球を使ってみてくれ。グソクの性能は大幅に跳ね上がる」

「ええ?」

 俺の言葉にマサキは疑いの眼。

「お姉ちゃん、子龍はすごいんだよ! 使ってみようよ!」

 あまり根拠なくアオイが応援してくれる。


 マサキは球体を受け取って、関節機構のひとつに接合した。

 グソク全体がぴくりと振動する。

 アオイがグソクを触って、

「左腕第一関節統御、第二関節統御、第三…… 全関節機構を統御完了、だって。着てみるね」

 アオイは四肢をグソクに通して前後を接合。吊り下げアームを外した。

 軽やかに一歩を踏み出す。

 アオイのグソクはきれいにバランスを取りながらステップを踏む。

「ねえ、足を出しただけなのに全身が連動して動くよ!」

 グソクは踊り出した。全身を複雑にくねらせながら美しく踊ってみせる。

「凄い、凄い!」


「今のは量産できますか!」

 マサキの目の色が変わる。

 大きな胸を突き出して俺に迫る。息がかかるぐらいに距離が近い。

「あ、ああ、シロガネさえあれば」

「私達でも量産できるようになりますか!」

 ぐいぐい食いついてくる。

「そうだな、今すぐは無理だ。集積スキルをいくつか積み重ねる必要があると思う。まずは三次元出力の基礎技術を獲得して」

「工房の歴史が変わりますよ!」

 マサキの目がギラギラしている。ハートに火をつけてしまったようだ。


 グソクには基本的なセンサー類も欠けている。制御機構に光学センサーやレーダーを組み合わせることで状況分析や武器管制の能力も大幅にアップデートできるだろう。

 でも今はマサキのテンションが上がりすぎるので止めておく。


 俺の機体もいじらせてもらうことにした。

 エッグイーターとの戦闘で装甲は傷だらけだ。


「その蒸着アームを借りていいか」

「ええ、どうぞ」

 マサキの許可をもらい、天井のジョイントから蒸着アームを取り外して背部ジョイントに接合した。

 これで三本目の腕を使える。


 工作台に陣取り、蒸着アームからチタンを平らに蒸着。さらにその上に積層蒸着。これを精密に繰り返していくとチタンの立体フレームが姿を見せ始める。

 一種の三次元出力だ。ミクロン単位の位置合わせが必要な操作だが、俺は機械だから問題ない。


 フレームと合わせて配線やパイピングに関節機構も同時に形成していく。

 エッグイーターから希少金属を豊富にいただいたので惜しげもなく使う。

 骨ができ、機構ができ、ガワができる。

 工作台の上には龍の尻尾とでもいうべき機構が完成していた。


 このドラゴンテイルは多目的サブアームの機能を持ち、高機動時のスタビライザーとしても効果を発揮するはずだ。

 折りたたみ機構によって二メートルから五メートルまで伸縮する。


 俺は蒸着アームを天井に戻して、代わりにドラゴンテイルを俺の腰部後方にジョイントした。

 テイルをフルサイズに伸長して、先端を左右に振って、アオイとマサキに挨拶。

 よし、俺の思い通りに動く。


「さっきの統御球はまた作ってやるから、そこのガラクタの山をくれないか」

「ガラクタじゃないんですけど、いいですよ。もう使いませんから」

 マサキの返事にそれをガラクタと呼ぶんじゃないかと思いつつ、遠慮なくいただくことにする。


 胸部の顎を開いて、そこにガラクタを突っ込む。

 ガラクタは吸収分解されて素材となる。

 それをテイルの先端から蒸着させる。

 やっていることは先ほどのテイル製造と似ているが、大型のテイルを使っているので製造できるものはずっと大きい。


 大量のパーツを製造していき、並べ、接合させ、少しずつ機体を形作っていく。

 模型に例えるならばフルスクラッチだ。


 俺が目指しているのは巨大ロボットへの第一歩だった。

 人から見て巨人と思える程度には大きいサイズが俺のロマンには必須だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る