ドラゴン

第5話 前進拠点

 迷路として造られたとしか思えない地下通路をマサキとアオイに案内されて、俺は右に左にと進み続ける。少しずつ階層を上がっていくようだ。

 壁や天井のところどころに白い六角形の発光体が埋め込まれていて、通路を照らしている。

 マサキたちはマーカー物質をあちこちに塗布しながら来たそうだ。

 俺は移動しながら三次元マッピングしていくので、マーカー物質が消えていても次来るときに迷うことはないだろう。


 何時間も歩き続け、休み、また歩き出し。

 俺は機械の身体だから疲れない。

 マサキとアオイは増力機構付きの鎧を着ているとはいえ疲労がたまってきたらしく口数は減っていった。


 長い長い階段を上っていった先にハッチ。

 そこで二人が長い息。

「もうすぐそこだよ子龍!」

 アオイの声が弾んでいる。

 アオイとマサキが二人でハッチを押した。ハッチは金属のこすれる音を響かせながら開いていく。


 ハッチの隙間から空気が流れ込んできて、風を切る音が鳴る。

 暖かい空気だ。

 光も差し込んでくる。

 開いたハッチの先には外の景色が広がっていた。


 太陽に照らされた地表が広がっている。

 地表といっても土があるわけではなく金属製だ。

 無秩序に機械で埋め尽くしていったかのような大地は、SF映画に出てくる巨大宇宙船の表面みたいだった。

 凹凸やパイピング、結晶のように折り重なった板状の構造、半球、溝、そういったものがランダムに寄せ集められたように見える。

 ところどころに金属製の樹木みたいなものが生えている。植物のリビルドだろうか。機械的な自然とでもいうべき存在だ。


 地表は故郷と似ても似つかないが、それでも空は普通に青いと思いかけて、白い帯が空を走っていることに気付く。

 空高くに帯状の構造物が存在するのだろうか。星全体を帯が取り囲んでいるのかもしれない。メカの極みだ。

 衛星軌道上まで到達する手段を見つけて、いつか確かめてやる。


 アオイとマサキが向かっていく先に俺も付いていく。

 数メートルから数十メートルもの鉄骨が折り重なる奥に、ドームのような構造物がある。

 ドームの高さは五十メートル、幅は百メートルぐらい。

 ドームには大穴が開いていて、そこから二人は入っていく。

 アオイが振り返って、

「ここだよ子龍!」

 折り重なる柱の下をくぐって俺は進む。

 俺もドームの大穴をくぐった。


 ドームの中は意外と明るい。

 壁の発光体が内部を照らし出している。

 隔壁によっていくつもの部屋に分かれているようだ。

 隔壁に設けられた扉は鎧姿でも通れる大きなサイズだ。俺も問題なく通れる。

 雑然とした荷物置き場、椅子が並んだ集会室、そうした部屋を抜けていき、溶接などの道具がそろっている工作室にたどりついた。


 マサキとアオイが鎧を脱ぐ。

「ふう、やっと一息つけます」

 マサキが背伸びする。

 マサキの服装は油染みだらけの紺色なつなぎだ。彼女の大きな胸でつなぎはちきれそうだった。

 アオイは身体にぴったりとした薄手の白い衣装。さすがに汚れが目立つ。


「お姉ちゃんご飯食べようよ」

「その前に身体を洗いましょう」

「えええ、お腹減っちゃったのに」

 マサキはアオイの手をつかんで引っ張っていく。

「だったら子龍も洗おうよ」

 アオイが呼びかけてくる。

 俺は躊躇したが、確かに俺の機体もすっかり汚れている。まだ新品だっていうのに。

 ロボットなんだし、気にされることもないか。


 シャワー室は布が下がっていて個室に区分けされていた。

「地下機構の冷却水を引っ張ってきてるんです」

 マサキが説明する。

 先に浴び始めたアオイが布の向こうで鼻歌を歌っている。

 暖かいお湯の流れる音が響き、湯気が室内を満たしていく。


 俺も個室に入り、自分の機体をシャワーで洗う。油汚れや細かい破片をお湯で洗い流していく。

 機械の身体でも気持ちいい気分になるのは不思議だ。

 一通り流してから布をずらして個室を出ようとしたら、ぎょっとした。

 マサキとアオイが裸だ。お湯で暖まった身体からは湯気が上がっている。上気した肌に流れる水滴を二人はタオルで拭いている。

 慌てて布の奥に戻る。

 ロボットなんだしどうでもいいんじゃないかとも思いかけたが、こういう気持ちを捨てるとなんだか生きた機械というよりはただのマシンになってしまいそうな気がしたのだ。


 シャワーから上がった俺たちは食堂に集まった。

 食堂といってもコンロがいくつかと洗い場、それにテーブルと椅子があるだけの場所だ。

 もちろん料理人などはおらず、自分たちで調理する。

 マサキがお湯を沸かしてコーヒーのような飲み物を用意し、アオイはテーブルに二人分の食事を並べる。皿に乗ったクラッカー、それにオレンジ色のゼリーを碗についだもの。


 俺には食事が必要ない。機械の身体になったことを実感する。

 不思議に違和感を覚えないのは、自分で作り上げた機体だからだろうか。

 この世界を知ることに忙しくて、悩んでいる暇がないのもある。


 しかし食事の場にただ立っているのも気まずいので、床にあぐらをかいて座る。俺の関節可動域は広い。あぐらだってかけるのだ。


 彼女たちが飲食しているものをセンサーで分析してみる。

 コーヒーのような飲料は豆由来ではなく化学合成品だ。

 クラッカーは合成タンパク質や合成炭水化物が成形されたもの。

 ゼリーは、これってリビルドの関節部に充填されている高分子化合物じゃないのか? ヒヒイロカネも含有されている。確かに栄養はあるとの分析結果だが、人が食べても大丈夫なのだろうか。


 そこで俺の目に入ったのは、彼女たちの手の甲に浮かび上がっている青い六角形の紋。そしてアオイの額にも同様の紋がある。

 あれはヒヒイロカネによって生じているものだ。

 彼女たちは必要があってこうした食事をしているのかもしれない。

 

「子龍も食べてみる? 美味しいよ」

 アオイからゼリーの入った碗とスプーンを渡される。

 俺のマニピュレータは高精度だ。碗とスプーンを持って食べる作業ぐらいなんなくこなせる。

 俺は胸部の顎を開いて、スプーンにすくったゼリーを入れる。内部機構がゼリーを吸引する。

 関節部充填材の補充に役立つだろう。

 それに、機械の身体になっても人と食事の場を過ごすのは悪い気分ではなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る