第28話普通の定義

数分の間、沈黙が続く。

情報の処理が追いつかない。

「――ここの地下室の中に真実があるはずだ。行こう。」

理蟹先輩のその一言を聞いて、我に返った。

「そう...ですね。行きましょうか。」


地面にカモフラージュされた扉を開けて、中に入る。

中は前来た時よりもほんの少しだけ明るくなっていた。

「開かない扉を爆発させる。少しはなれてろ。」

全ての閉ざされている扉にレーザーボムを設置した。

地下室がぶっ壊れて、生き埋めにならなきゃいいんだが。

ドンッ。

鈍い音が響く。

「....。よしっ。上手くいったみたいだな。」

ほとんど全ての扉が、消し飛んでいた。

どう考えても威力がおかしい。

「どの部屋から入りましょうか?」

閉ざされていた扉の数は、合計3つ。

話し合いの結果入り口に近いところから入ろう、ということになった。


一つ目の部屋は、真っ白な壁で四方を囲まれた小さな部屋だった。

真ん中にぽつんと黒い封筒が一通置かれている(床に直に置いてあった)。

「なんだ?ここは。白すぎて目がチカチカする。」

先輩はそう言いながら封筒を拾った。

そして開封する。


~~~~~~~

恋へ

ここには絶対にたどり着けないだろうが、可能性は0ではない。万が一たどり着いた場合に備えてこの手紙を書くことにした。


ここに来たということは、多くの人たちの記憶や常識が普通ではなくなってしまっていると感じているのだろう。

だが考えてみて欲しい。

普通とはなんなのだろうか?どういう風にして定義されるのだろうか?

定義とは、人々の間で共通認識を抱くために行われる作業のことであるが、その共通認識が変わってしまえば、君の言う普通というものも同じように変化するのではないだろうか?

つまり、全ての人間の認識さえ変えてしまえば、普通の定義だって変えることができる。すなわち常識が非常識へ、非常識が常識へと入れ替わるということだ。



さて、本題に入ろうか。

なぜ私がこんなことを起こしたのかということについてだ。

まあ答えは滑稽なものだけどね。


私のせめてもの罪滅ぼしだったんだよ。レン。君へのね。

死んだお母さんのことばかりに目を向けてしまって、君のことをないがしろにしてしまった。

そのせいで君は、精神を病んでしまったんだ。


その事実を変えたいと私は願った。

せめて君だけには、幸せな人生を送って欲しかった。


だから、私は霊体達を利用した。

全ての人間の記憶が変われば、そんな事実などなかったことになる。

そしてレンも幸せになることができる。

そう考えたんだ。


この手紙は報酬だ。

君がここまで来たことへのね。


世界を元に戻そうというのであれば、進みなさい。


この世界で過ごしたいと思うのならば、ここから立ち去りなさい。

選ぶのは君の自由だ。


父より

~~~~~~~

「これは.....。お父さんからの手紙。」

「どうしますか?」

正直言うと俺はもう進みたくない。

だが、これは先輩が決めるべきことである。

俺に選択権なんてない。

「少し考えさせてくれ。」


一旦外に出る。

空気が重々しい。

先輩はがれきに上に座りながら、ずっと虚空を見上げている。

「先輩。ホットコーヒーでも飲みませんか?」

公園で買っておいた缶コーヒーを手渡す。

「もうホットではなくなっているな。ぬるい。」

「ほっといた結果だから、ほっとコーヒーですよ。」

先輩が冷ややかな目で俺を見てくる。

視線が痛い。

「この状況でだじゃれかを言うか?普通。しかもそのくだり聞いたことがあるな。他人の受け売りはずるいぞ。」

「ばれましたか?」

「ふふっ。まあでも。おもしろかったぞ。」

先輩が微笑を浮かべる。

その笑顔が重々しい空気をほぐしていくような感じがした。









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