姫始め

木谷日向子

第1話

〇遊郭・部屋・中

   酒杯を持って向かい合う佐助(19)と喜八郎(50)。

   酒杯をぐいっと飲み干す喜八郎。

喜八郎「ああ、うめえ。今年の仕事終わりの遊郭の酒は格別だ。なあ佐助」

佐助「へい。そうですね親方」

喜八郎「お前、遊郭は初めてか」

佐助「……ここは初めてです」

喜八郎「へへ。そうかよ。ここの女はいいぞ。甘くて柔くて優しくてな。お前もう

 ちの簪屋に職人として奉公に来て初めての年越しだ。遊女の一人でも抱いて越

 せ」

佐助「……晦日に女を抱くんですか」

喜八郎「お前、晦日の夜に男の一人寝は辛いだろうが」

佐助「……」

喜八郎「お前が前に奉公してた松木屋は酷い潰れ方をした。憧れの簪屋が跡形も無

 くなったのをこの目にしたのは、本当に諸行無常というか、虚しかったな……。

 お前も向こうで苦労した分、本当にうちでよく働いてくれた。今宵は俺の驕りだ

 からよ。ぞんぶんに女を抱けよ」

佐助「……へい。わかりました」

   酒杯を飲み干す佐助。

   障子が開く。

   雛菊(18)が三つ指をついて頭を下げている。

雛菊「向こうでお部屋の準備が出来んした。あちきが今宵主(ぬし)様のお相手を

 さして頂く雛菊でありんす。よろしゅうに」

   笑顔で顔を上げる雛菊。

   佐助、雛菊を見ると瞠目し、酒杯を落とす。

   佐助を見て真顔になり瞠目する雛菊。

喜八郎「おお、可愛らしい遊女じゃねえか。佐助にお似合いだ。おい、お前。行っ

 てこい」

   喜八郎、笑顔で佐助に顎で示す。

   佐助、固まったまま雛菊を見ている。

喜八郎「おい、どうした! ああ、酒杯を落としちまって。あんまり綺麗だから一目

 惚れしちまったのか?」

   喜八郎、佐助の背を叩く。

   気が付いたように立ち上がる佐助。

佐助「へ、へい」

   佐助を見上げる雛菊。

 


〇同・廊下

   雛菊が雪洞(ぼんぼり)を持ちながら佐助の前を歩く。

   雛菊の後ろを歩く佐助。ずっと雛菊の背を見ている。

佐助「……お嬢さん」

   歩き続ける雛菊。

佐助「お嬢さんですよね」

   立ち留まり、俯く雛菊。

   佐助、立ち留まる。

   雛菊の頭の小菊を象(かたど)った銀の簪が揺れてしゃなりと音を奏でる。

   雛菊、俯いたまま歩きだす。

   後を追う佐助。

   部屋の障子を開ける雛菊。

   部屋に入る佐助。

   雛菊、俯いたまま後ろ手で障子を閉める。

   顔を上げる雛菊。苦し気な表情。

雛菊「……佐助」

佐助「お嬢さん……!」

雛菊「お前、元気だったのね。良かった……」

佐助「お嬢さん、何であなたがここに。しかも遊女に身をやつしているんだ」

雛菊「松木屋が潰れた時、借金を返す為にあたしが売られたの」

   震えだす佐助。

   拳を握る。

佐助「何てこった……! 何てこった!!」

   佐助、膝をつき、拳で畳を殴る。

雛菊「……いいのよ。松木屋のためだったらあたし何でもするもの。あたしの体で

 母さんと父さんと職人達が助かるなら本望だった。あたしから望んだの」

   佐助、顔を上げて雛菊を見る。

佐助「お嬢さん……あなたは」

   佐助、立ち上がる。

   紅い布団が部屋の真ん中に敷かれている。

   布団を見て瞠目し、息を呑む佐助。

   佐助、布団から目を逸らす。

佐助「俺は部屋の端でてめえの立膝枕にして寝ますんで、お嬢さんは布団でゆっく

 り休んでくだせえ」

雛菊「佐助」

佐助「じゃあ、お休みなせえ。よいお年を」

   佐助、雛菊に背を向け、部屋の端へ向かう。

   雛菊、佐助の腰に手を回し、抱き着く。

   固まる佐助。

佐助「お――」

雛菊「佐助、あたしを抱いて」

   瞠目する佐助。

   佐助の背に額をつけ、目を閉じる雛菊。

   回した手に力を籠める。

雛菊「あたしは遊女になってから、好きでもない男に春を売り続けた。来年の姫初

 めは好きな男に捧げたい」

佐助「お嬢さん……」

   涙を流す雛菊。

   佐助、後ろを向く。

   雛菊を抱きしめる。

佐助「俺も、俺も松木屋で働いていた時からずっとあんたのことが好きだった。で

 もただの職人の俺が雇い主のお嬢さんに手ぇ出しちゃいけねえって自分を抑えてた

 んだ」

   雛菊、涙で濡れた顔で佐助を見上げる。

雛菊「佐助……お前」

   佐助、雛菊を見つめる。

   雛菊の頬を両手で包み、下から頬を舐め上げる。

   目を閉じる雛菊。

   雛菊に口づける佐助。

   舌を絡ませて口づけ合う2人。


〇寺・鐘・前(夜)

   坊主が除夜の鐘を打つ。


〇遊郭・部屋・中

   半裸で四つん這いになった雛菊の腰を掴み、半裸で後ろから突く佐助。

   涙を流しながら喘ぐ雛菊。

   布団を掴む雛菊の手。

   (除夜の鐘の音だけが流れている)


〇寺・鐘・前(夜)

   坊主が除夜の鐘を打つ。

〇遊郭・部屋・中

   半裸で仰向けになった雛菊の両足を肩に乗せ、突く半裸の佐助。

   喘ぐ雛菊。

   重ねられた雛菊と佐助の手。

   汗をかきながら雛菊を見つめる佐助。

   佐助、雛菊の足を舐める。

   (除夜の鐘の音だけが流れている) 

   ☓   ☓   ☓

   佐助に手を伸ばす雛菊。

雛菊「佐助……」

   佐助、雛菊を犯したまま雛菊の手を

   取り、手の甲に口づける。

佐助「お嬢さん……」

   佐助、雛菊に覆いかぶさる。

雛菊「くう……ん」

   雛菊、目をきつく閉じる。

   涙がこめかみに流れる。

   佐助の背に爪を立てる雛菊の両手。

佐助「ああ、もう夜が明ける。無理をさせましたね」

   窓から差す朝日を見る佐助。

   目を細める。

   揺れて動く雛菊の足と佐助の足。

雛菊「アッ――! ああ……!!」

   目を見開く雛菊。

   ☓   ☓   ☓

   布団をかけ、お互いに向き合う雛菊と佐助。

   荒い呼吸をして目を閉じている。

佐助「……すみません」

   微笑む雛菊。

雛菊「……何で謝るの」

   佐助に額をつける雛菊。

佐助「明けましておめでとうございます」

雛菊「おめでとう」

佐助「俺、今年の抱負が決まりました」

   目を開け、見つめ合う佐助と雛菊。

佐助「金を溜めてお嬢さんを見受けすることです」

雛菊「(涙声)佐助……」 

   口づけ合う2人。(了)




   

 


   
















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