ありがとう


 新学期が始まって最初の土曜日。

 今日は、凛の手料理を食べに行く日だ。


 お昼前。

 『食おうぜ』で甘々恋愛小説を一作読み終え、さあそろそろ身支度するかと立ち上がろうとした時、



『運営から新着メッセージが1件あります』



 その赤文字が目に飛び込んできた瞬間、心臓が止まるかと思った。


 やべえ、俺なんかやらかしたか?


 本気そう思った。

 恐る恐る、そのメッセージをクリックする。


 そこには──。


「──!?」



『書籍化打診のご連絡』



 ぞわわわわっと、全身が逆立つ感覚というものを、俺は生まれて初めて体感した。


 その9文字の件名を頭の中で反芻する。

 網膜を通して脳に映し出される視覚情報に、現実味はなかった。


 夢の中にいるような感覚の中、本文をクリックし、その内容を確認し──部屋を、家を、飛び出した。


 走った。

 

 どこへ? 


 凛の家へ。


 もう何百回、何千回通ったかわからない道のりを、今までで一番速く駆け抜けた。

 見慣れた二階建ての一軒家について、インターホンを押す。


 ガチャリとドアが開く。


「随分と早かったですね、透く……」


 中から出てきた凛が、俺を見てぎょっとした。


「なっ、なにか、あったのですかっ?」

 

 動揺に揺れるその問いに、答えることができない。


 普段運動しないくせに全力疾走したから息は絶え絶え。

 ばくばくと、心臓は破裂しそうなほど高鳴っていた。


「と、とりあえず中にっ……」

「待っ、て……」


 ぜーはーと息を乱しながらも、俺は凛に片方の手のひらを見せた。


「……来たんだ」


 今、すぐ、この場で、いち早く、


「連絡が……出版社から……幼馴染のやつ、是非……本にさせて欲しいって」


 凛に、伝えたかった。


「────ッ」


 口を両手で覆い、言葉を失う凛。


 限界まで見開かれた瞳が、その驚きの大きさを物語っている。


 俺が並べた言葉の意味を、受け止めきれていないようだった。

 先ほど、メッセージを目にした時の俺と同じように。


「ほんと、奇跡って、あるもんだな」


 ようやく息が落ち着いてきてから、自重気味に言う。


 本当に、奇跡だと思った。


 だって、読者受けとか一切狙ってない100%自己満足の内容だったし、閲覧数もブクマ数も全然足りて無いし、完結したからもう伸びることもない、そう思っていたから。

 

「……奇跡では、ありませんよ」


 凛が、俺の言葉を優しく否定する。


 俺の目を真っ直ぐ見据えた凛は、確信に満ちた表情で、言葉を紡いだ。

 

「透くんの小説が、誰かの心を動かした。それだけです」



 …………ああ、そうか。


 

 すとんと、胸に温かいものが落ちる。


「俺はちゃんと、書けたんだな」


 目の奥に、熱が灯る。


「本当に」

 

 本当に、本当に、


「諦めなくて、よかったなあ……」


 脳裏に次々と蘇る、大昔の記憶。


 もはや物語としての体を為していなかった、ひらがなの集合体。

 それが少しずつ、本当に少しずつ形を為して行き、長い長い時間をかけてようやく、ひとつの目標に到達した。


 そう思うと、腹の底、奥の奥から込み上げてくるものが……あれ、なんか、息苦しい……。


「透くん」


 凛の声が、聞こえる。


「もう、我慢しなくて……いいんですよ?」


 優しい声に、はっとする。


「なに……言って……」


 俺の頬に、凛の手のひらが、そっと添えられる。


 感覚が顔の部分に集中して、気づいた。


 自分の両方の目から、じわりと、感情の源が姿を現していることに。


「もう、泣いて……いいんです」


 まるで、俺の心の中を読んでるみたいに、凛が、最後の引き金に指をかける。


「泣いて、ください」


 その言葉で、俺は崩壊した。

 最後の防波堤が決壊した。


 我慢なんて出来るわけがなかった。


 凛に抱き付いた。

 溢れ出したらもう、止まらなかった。


 凛の首元に顔を埋め、俺はまるで赤ん坊のように泣きじゃくった。


 みっともないとか、かっこ悪いとかそういうのは考える余地すらなかった。


 初めてだった。

 凛の前で泣くことは。


 涙を流す自分を見られたくないという変な意地と、泣いたら凛に悲しみを伝播させてしまうんじゃないかという後ろめたさが、感情に歯止めをかけていた。


 辛い時も、しんどい時も、理性を強く効かせて耐えてきた。


 でも、今はもう、無理だった。


 嬉しかったんだ。


 満足したつもりだった、悔いは無かったはずだった。


 だけど、やっぱり、自分が信じて毎日書き続けて来た5年間の日々が、努力が、報われた。


 それも、自分が今まで書いてきた中で一番、大好きな作品で。


 その事が、本当に本当に嬉しかった。


 それだけでもう泣きそうだったのに。

 凛が、我慢しなくていいよって、泣いていいよって言ってくれて、もう、全部無理だった。


「今まで、よく……頑張りましたね」


 愛おしげな声。

 俺の背中を、まるで赤ん坊をあやすかのように、凛がよしよしとさすってくれている。


 その優しさが、涙腺をさらに刺激した。


「本当に、本当に……よく、頑張りました」


 優しくて温かい労りの言葉に、涙が止まらない。

 感情の奔流に押し出されるように次から次へと溢れ出てくる。


 温かい、なにが? 涙が? 凛の体温が?

 感情がぐっちゃぐちゃになって論理的思考力が失われる。


 その中で、かろうじて残った理性が動く。


 この成果は、俺だけで為し得たものではない。


 凛がいたからこそ身を結ぶ事ができた成果だ。


 凛がいたから小説家になりたいと思った。


 凛がいなかったら俺は、小4くらいで飽きて筆を放り投げたかもしれない。


 凛がいたから書き続けることができた。


 凛がいなかったら俺は、ネットに投稿を始めて1ヶ月で筆を折ったかもしれない。


 俺と凛は、いつだって二人三脚だった。


 俺が迷いそうになった時には冷静な意見を、俺が突っ走って暴走を始めた時には叱責を、俺の心が折れそうになって背中を丸めた時には優しい言葉をかけてくれた。


 そうやってずっとずっと、そばで応援してくれた。


 ずっとずっと、そばで支えてくれた。


 本当に本当に感謝しかない。


 ありがとう、ありがとう、ありがとう。


 何度口にしたって足りない。


 本当に、


「ありが、とうっ……ほん、とうに……ありがっ……」


 感謝の言葉を伝えようにも言葉にならない。


 情けなくてまた涙が出てくる。


 それなのに凛は「うん、うん……」って、嬉しそうに何度も頷いてくれた。


 そして、


「私こそ……本当に、ほんとう、に……」


 凛も俺と、同じ言葉を口にしようとしていた。


 でも、


「あり、がとう……っ……ござい……」


 凛の言葉も、ここまでだった。


 俺の涙を貰ったのか、凛も凛で感情が溢れ出す理由があったのか。


 俺の背中にぎゅうっと腕を回してきて、凛も声を上げて泣き始めた。


 声を押し殺そうとしても押さえきれなくて、結局わんわんと、子供のように、泣いていた。

 

 いつもは平静な仮面の下に隠れている莫大なエネルギーが発散したかのような慟哭。


 浅倉家の玄関で、二人抱き合い、二人で泣いた。


 長い長い戦いを終えた二人の、喜びの象徴そのものに思えた。





 ひとしきり泣いて、これ以上水分を出すと大変だと身体がストップをかけて、ようやく落ち着いてきた。


 自然な流れで身体を離し、互いの表情を確認をしてから、ぷっと吹き出す。


「ひどい顔です」

「お互い様だろ」


 また、二人で笑う。

 まだ涙は収まってなかったけど、俺も凛も、心の底から笑っていた。


 しばらく感情に任せて、声を上げて笑いあった。


「お守り」


 ふと頭に浮かんで、笑い混じりに口にする。


「どっちも、ご利益あったな」

「はい、もう、抱え切れないくらい」


 幸せそうに笑う凛が、目尻に涙を浮かばせて言う。


 可憐な、笑顔。


 これ見るために何年も費やしたと思えば、全ての努力に意味があったと思わせてくれる、俺の大好きな笑顔。


 再び凛を抱き締める。

 今度は感情に任せてではなく、優しく、宝物を扱うかのように、優しく。

 

 凛も応えてくれて、身体をぴったりとくっつけてくる。


 俺と凛との間に距離はもう、存在しなかった。


 しばらくお互いの体温を堪能してから、再び向き合う。


 俺を見上げ、照れくさそうにはにかんだ凛が、弾んだ声で言った。


「とりあえず、今日はお祝い会ですね」


 きっと、これから食べる凛の手料理は、今まで食べてきたどんなご馳走よりも、美味しいものになるだろう。










------あとがきと今後について------



今話のサブタイトルは透君が凛ちゃんに伝えたい言葉でもあると同時に、私自身、今このあとがきを読んでくださっている読者の皆様に伝えたい言葉でもあります。


人によっては蛇足だと感じる今話かもしれませんが、私がこの作品を通じて最も伝えたかったテーマそのものとなっておりますので、何卒ご容赦いただけますと幸いです。


というわけで改めまして、『世界一かわいい俺の幼馴染が、今日も可愛い』をお読みくださりありがとうございました!


これにて、透君とニラ……じゃなくて、凛ちゃんの物語はおしまいです。


このまま2章3章と続ける事も考えたのですが、この作品で一番伝えたかったテーマを書き切った以上、ここでスパッと完結とさせていただきたく思います。


思い返せば今作は、さる一ヶ月前、『小説家になろう』の現代恋愛ランキングが『幼馴染ざまぁ』モノ一色で染まっているのを目にし、胸にぴりりと痛みが走ったことが誕生のきっかけでした。

不遇な幼馴染が次々に登場するなか、せめて1人の幼馴染くらいは超絶ハッピーにできないものか……と、一晩考えて、プロットも書き溜めもなにもなく勢いで投稿したのが今作です。


そんな今作でしたが結果的に、私の人生において忘れられない、そして大きく成長させてくれた一作になりました。


自分の書きたいものを最初から最後まで心の底から楽しんで書けたこと、毎日更新を途切らせる事なく完結まで走り切れたこと、そしてそんな私の暴走に最後まで付いてきてくださった読者の皆様に出会えたこと。


本当に、嬉しく思います。


カクヨムでは2日で一気に投稿しましたが、その間、応援くださった皆様に心より感謝申し上げます。


ありがとうございました。


はてさて、今後の動きについてですが……私としても、二人の今後がどうなるかは気になるところではありますし、この先を書く事が自身の成長に繋がる良い機会にもなると思いますので……。



後日談、書きます!!



まだまだ絡ませられるキャラクターもいますしね!

ゆーみんとか、ひよりんとか、石川くんとか石川くんとか石川くんとか……。

(一回も出ていないのに石川くんの期待度が高まりすぎて出すのが怖くなってきている)


あ、てか1話目の「だい……好きい……」が回収できてない!

これは問答無用で後日談ですね(土下座


晴れて恋人同士になった二人ですので、今まで以上の甘々を見せてくれるに違いありません。

手繋ぎ、頭撫で撫で、ぎゅーはもちろん、お泊まり会や添い寝、そしてキs(以下自粛


というわけで、今しばらく待機頂けますと幸いです!


……とはいうものの、更新は少しばかりお待たせするかもしれません。


この先の構成やイベント、テーマもなーんも決まってないのも大きな要因ではありますが、実は私、今作を書くにあたり前作をほっぽり出しておりまして……。

前作はあと3万文字くらいで完結! ってところで更新をストップさせてしまったので、まずはそちらの更新も同時再開させていただきたく思います。


ちなみその前作は、今作中でちょくちょくでてきた凛の友人、ひよりんこと有村日和ちゃんがヒロインのお話です。(あのめっちゃ元気な女の子です

クラス委員長のゆーみんもがっつり出ております。(というか二人とも輸入してきました。


私の処女作にして、現代恋愛の原点が詰まってます。

なんなら今作の10倍くらいじれじれであまあまな構成で、かなり骨太な内容となっております。


まだ未読の方は後日談が仕上がるまで、よろしければのんびりお読みいただけますと嬉しいです!(凛たそも可愛いけど、ひよりんも可愛いんです!(迫真


てなわけで、今後は前作をのんびり完結まで更新しつつ、今作の後日談もちょくちょく更新し、そして今練り練りしている新作の告知も近いうちにさせていただければなーと、そんな感じでやっていく予定です。


またまた性懲りも無く甘ったるい物語を思いついてしまったので、はやく皆様をシロップ漬けにしたい!

と思いつつも、ただあまあましてるだけじゃなく、読み終えた後、読み手の心に小さなさざ波を残せるような作品を書いていきたいですね。


さて、人生初の完結の余韻に浸りながら長々と書き連ねましたが、最後に皆様にお願いがございます。


本作を読了し、『面白かった!』『お疲れ!』『後日談も楽しみにしてるよ!』と少しでも思ってくださった方は、下にある「☆」で評価いただけますと幸いです!


コメントや応援レビューなども何卒!!

次回作、そして今後物語を生み出していく上で大きな参考になります!


以上です!!


それではまた、シロップの海でお会いしましょう!!


ありがとうございました!!


お読みくださった全ての読者様に感謝。


2020/4/12


青季 ふゆ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【書籍発売中】世界一かわいい俺の幼馴染が、今日も可愛い 青季 ふゆ@『美少女とぶらり旅』1巻発売 @jun_no_ai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ