第40話

「やっと落ち着きましたね……。とにかく疲れたのですが」

「ごめんね、無理させて」

「いえ、無事に事が進んだので良かったです」


 莉乃がため息をつきながら、ベットに沈みこんだ。

 午前中の時点であれほど怒っていたこともあって相当疲れていたに違いない。

 その上、レクリエーションではとっさの思い付きでしんどい役を任せてしまった。

 困ったときには何でも頼れてしまういい友人に終始甘えっぱなし。


「他の皆さんもかなりお疲れですね。暑かったのもありますし。もうこの自由時間はここでゆっくり休みますか?」

「うん、そうだね。外に出て声かけられても困っちゃうし」


 今日の朝から、何かとこの時間に会えないかと私も莉乃も声をかけられた。

 何となくどういうことでの呼び出しかは、察しがついている。

 実際のところ、予定がどうなるか分からないこともあったので確実に会えないと伝えておいた。

 しかし、すんなりと引き下がらない相手もいるわけであって、ここにいるからもし余裕があれば来てほしいと話をつけてくる人もいた。

 それも午前中の莉乃の機嫌を大きく損ねたひとつの要因でもある。

 ここにいれば、男子は近づくことが出来ないのでゆっくりと休むことは出来る。

 莉乃が横になっているところに、同じく横になってみた。


「……近いですよ」

「中学の頃もこういうことしたじゃん。そろそろ慣れてよ」


 中学の頃から寝る前の時間は莉乃の横で寝転がることはしているのに全く慣れてくれない。

 常に真面目だし、基本的に人にそれほど心許す感じではないけどこういうことで恥ずかしがるところはとても可愛いのだ。


「莉乃は本当に変わらないね。そういう固いところ」

「……余計なお世話ですよ」


 もっと砕けた感じがあってもいいと個人的には思うのだけど、本人はそうなる気が一切ないらしい。


「私的には別に望ましくはありませんが、少しは変わったような気がしてますけど」

「え、そうかな?」

「男である桑野くんに由奈と変わらないくらい遠慮無く話せている自分に何か微妙な感情を抱いています」

「そ、そうなの?」

「ええ。これで良いのかと」

「い、いいんじゃない? 何かと莉乃と桑野くんって波長がすごく合ってる感じがするからさ」

「あんまり嬉しくないですね」

「そ、そうなのね……」


 見えないところで桑野くんは莉乃にはっきりと拒絶されてしまった。

 私としては、あの遠慮の無いやり取りが距離感の近さを思わせる。


「それに……。午前中に割と春川さんとすんなりと話をして、その上自分の考えていたことをあっさりと話してしまった辺りは変わってしまったなと感じましたけど」


 今日の午前中、野外炊事の時に喧嘩をした時以来まともに莉乃と春川さんが会話をしたところを見た。

 お互いに固さとかそういうのは見受けられたけど、私よりも莉乃は上手くやり取りが出来ていた。

 お互いに苦手意識があるだけで、本当はああして話せば意外といけるのではないかとすら感じた。

 そう言う莉乃の頭をそっと撫でてみた。


「な、なんですか」

「うん? なんかちょっとその出来事は私にとっては嬉しかったから」

「……由奈は春川さんのことを前向きに捉えてましたもんね」

「その割には、今日あんまり上手く話せなかったけどね」


 上手く話せなかった理由。

 それは、春川さん自身に苦手意識があったとかそういうことじゃない。

 理由としては――。


「……部屋の外、妙に騒がしくないですか?」


 莉乃が言った通り、確かに部屋の外の廊下で大きな話し声が聞こえる。

 そんな莉乃の一言に、同じ部屋にいる子がその理由について話をしてくれた。


「えっとね、他の部屋の女子が今日男子に告白するとか言ってたからたぶんその結果で盛り上ってるんじゃないかな?」

「やっぱりいるんですね、女子から攻める方も一定数」

「まー女の子から求められて嫌な顔する男子は少なそうじゃない?」


 女子から告白。

 数少ないパターンのように見えて、どんな時も僅かながらにでも積極的な子はいる。

 私は苦手だけど、男子のリーダーシップを取るグループと一緒にいたがる女子達は特に積極的。

 そして、男子と関わることがうまい春川さんもきっと――。


「……春川さんって誰のことが好きとかあるのかな」

「急にどうしました?」

「いや、何となくかな」


 嘘。すごく気になっている。


「サッカー部では、二年の先輩と付き合っているとの話が広がっているのですが……」

「ん?」

「見る限り、距離感すごくあるんですよね。先輩の方は歩み寄ろうとしてる形跡ありますけど、その度に春川さんってまるでそれに合わせて一歩退いてるように見えます」

「へぇ……」

「なので付き合っているという形が存在するかは定かではありませんが、まともに関わりがあるとは思えませんね。他に相手がいるのかもしれません」

「他に相手……」


 そんな相手、一人しか浮かばない。

 午前中も、夕方も見るたびにその人とは近い距離でいつものように作った表情ではなく、自然体の笑顔で話していた。

 いつも気が付くと、お互いに近い距離で腰かけて向き合うことはなくても意志疎通する姿が見られる。

 お互いに親しみとはまた違う、色んな感情が混ざった中にすでに当たり前といった落ち着いた雰囲気のある呼び方。

 もしかすると今の時間、春川さんと彼は――。


「気になるなら、会いに行った方がよくないですか?」

「え、春川さんに?」

「誤魔化しが下手ですね。訪ねる質問相手としては彼女でも良さそうですが、由奈自身が満たされないと思いますが?」

「……分かってるんだ」

「もちろん。何年一緒にいると思ってるんですか。まったく、揃いも揃って由奈に複雑な感情を覚えさせてくれたものですね」

「会えるかな、桑野くんに」

「さあ、どうでしょうか。彼は普通に面倒がる性格で部屋から出てない可能性もあるので無駄骨に終わってもおかしくないですね」


 外に出れば、色々と面倒な事が起きるかもしれない。

 でも、私たちに声をかけてくる人達がこの時間を大事にするように、同様に私にもちゃんと話がしたい人がいるならこの時間しかない。


「ちょっと、外出てくる」

「いってらっしゃい。私はここでゆっくりしてますよ」


 部屋を出ると、かつて私に係りの仕事を押し付けた女子達が話し込んでいる。

 告白は成功した人と、失敗した人がいるらしい。

 自分達の部屋がある男子禁制の廊下を抜けて、男女共通フロアに入って彼の姿を探す。

 多くの生徒が話をしたりしている。


「あれ、由奈ちゃんじゃん! どこに行くの?」

「ごめん、ちょっと急いでいるから!」


 ここで足止めされると、時間が無くなる。

 その考えが先行していると、はっきりと自分の口から断りの言葉が出てくる。

 人の集まりそうなところに足を運ぶが、彼の姿はない。

 やはり、部屋の中にいるのだろうか。


「あらぁ、古山さんじゃない」

「春川さん……」


 探し回る私の目の前に、春川さんが現れた。

 そこにも、彼の姿はなかった。

 ただ一人、壁に背を預けている姿はいつものような独特な雰囲気を出している。


「何かを探しているみたいだけどぉ、どうしたのぉ?」

「……桑野くん」

「亮太? 会いたいの?」

「うん」


 彼女の問いに迷い無く返事をする。


「そうねぇ、こういう時に亮太は……。そろそろ一人になりたいと考えるんじゃないかしら」

「一人に……?」

「でも、こういうケースだと一人にはなりにくい。一人でいるような雰囲気になれる場所に行く」


 彼女はそう言いながら、施設の出入り口を指差した。


「外……なら暗いし、あいつも落ち着くって考えると思う。それでいないなら、部屋に籠るぐらいしか考えられないかな」


 外。考えもしなかった。

 一応出てもいいことは聞かされていたが、頭の中で候補すら浮かばなかった。

 やはり、私は――。


「そんな顔、しない方がいいと思うけど」

「……」

「あいつ、生意気なことに察しが無駄にいいところあるからね」

「春川さん。あなたは――」

「言ったでしょ。亮太と仲良くしてやってねって」

「……ありがとう」


 言いたいこと、聞きたいことがたくさんある。

 でも、ここでそれを求めてもどうにもなら無いことはわからず屋の私にでも理解できた。

 彼女の横を通り抜けて、外に出るための出入り口に向かった。

 そして外に出ると、すでに成立しているであろう男女のカップルがいい雰囲気になっている。


「探しにくい……」


 知っている顔も何人か見られるので、ここでバレると普通に気まずい。

 幸いなことに街灯の数は少ないし、そこまで明るさもないので割とバレずに動き回れる。

 外で動ける範囲は広くない。


「いた……」


 話したい人はすぐに見つかった。

 カップルばっかりの中で、一人で空を見上げている。

 そんな異質にしか見えない彼のとなりに歩みを進めた。





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