第39話
無事に各クラス出し物を終えて、この宿泊学習で最大の不安要素を乗り越えた。
この後は、少し長めの自由時間がある。
そこでみんな青春の一ページを刻もうと行動するのだろう。
一方の俺は、完全に今日一日のエネルギーを使いきってしまったので、ボーッとこの大事な時間を無駄に過ごすことになりそうである。
「三組のみんな、レクリエーションはこれで終わりなんだけど、ちょっとこれから今日の午前中に勉強で使った部屋に行きますので着いてきてください」
担任の指示に従って、部屋に入る。
正直なところ、この服装から着替えるだけさせてほしいところだが。
出席番号の順にテーブルにつくように言われて、俺と古山は同じテーブルに着いた。
一方はピッチピチの女子制服を着て、もう一方は段ボールで悪魔になっている。
控えめにいって、ひどい光景なのは間違いない。
「実は入学式の時に親御さんから皆さんへお手紙を書いてもらっています。それを一人一人渡しますので、是非とも目を通してください」
その言葉を聞くと、至るところから中学の時と同じだという声が聞こえる。
俺は中学の時にこのようなことを経験しなかったが、みんな修学旅行などでこの夜の時間などにこうした親からの手紙みたいなのをもらって読む、という企画があったらしい。
経験してない俺からすれば、非常に新鮮なイベントである。
早速、担任から手紙をもらって席についてから封を開けて読んでみる。
書いているのはどうやら父親の方らしい。
【亮太へ】
<こうして書くと恥ずかしいよなw>
「確かにそうかもしれんが、手紙にわざわざ草を生やす親がどこにいるんだよ」
かなりうちの親はネットに強いのはあるが、こういうところまで平気で引きずってくる。
<あんまり話さないが、高校生になったのなら言いたいことは一つだけ。>
急に真面目な文章に戻る。
普段はそこまで話を多くしない上に、こうした真面目な雰囲気になると、大体最後にはお互いにぶつかり合って終わってしまう。
こういう時にこそ、冷静に親からの思いを受けとるいい機会なのかもしれな――。
<早く彼女を作れ。>
「は?」
<父さんは、中学の頃のお前を見て非常に心配だ。美人な幼馴染とは急に距離が出来て、その割には浮いた話がない。そろそろそういうことのひとつもあっていいと思うが>
「余計なお世話だよ!!」
なぜ手紙で常に母親に言われているようなことを、父親にも言われないといけないのか。
その後も父親が綴った話は続いている。
<もちろん友達と遊ぶことも大事だが、彼女という存在が出来るとまたひとつ色んなものが変わる。それが早く経験できるといいな。絶対にお前の糧になる>
「……」
父親の言いたいことは分からなくもなかった。
早いやつなら、中学の頃から付き合っているやつなんて葵を始めとして、いくらでも見てきた。
確かに雰囲気が多少なりとも変わっていったような気もする。
落ち着くやつ、浮かれるやつ、色んな変わりかたをする。
それを自分に彼女という存在が出来れば、理解できるときが来るのかもしれない。
ただ……今の俺にはまだ――。
そう思いながら、手紙の内容も終わり間近になった。
<もし今は難しいと感じるなら、無理せずその気になったときで十分だとは思うがな>
まるで俺が読んだときに抱く感想を読んでいたかのような内容で締め括られていた。
俺には、まだ恋愛というものがどういうものか分からない。
中学時から変わり始めた葵の姿を見て、古山に必死な思いで詰め寄る男子を見て、そしてその相手に悩む古山を見て、そんな悩む古山をそばで支える吉澤を見て。
何が正しい形なんだろう。何がお互いに望み合う形なんだろう。
それが全く分からない。
いつか分かるときが来るのか、それとも分かるために掴み取る努力をするのか。
俺はとても恋愛に疎い。
今、少し考えただけでそう分かってしまうほど、何も分かっていない自分がいる。
「何て書いてあったの??」
隣にいる古山からそんな言葉を投げ掛けられる。
「……とてつもなくしょーもないことだな。本当に書くことがないらしい」
何故か古山には、この手紙の内容を伝える気にはならない。
それぐらい、自分が何も分かっていないことを知られたくないと感じてしまったからだ。
「まぁ、こういう形でも恥ずかしいことは恥ずかしいよね」
そう笑いながら話す古山の姿は何も変わらない。
「さて、これで本当に今日の日程は終了です。この後は自由時間になりますので、ルールとマナーを守ってここで過ごす最後の夜を楽しんでくださいね」
その担任の言葉を皮切りに、生徒達が集まっていた部屋から出て、各々の部屋に戻っていく。
自分達の部屋に戻ってきた俺たちは、すぐに制服を脱いで解放感を味わった。
「やっと終わったか……」
「この後の自由時間に、告白とかいう大チャレンジするやつら強すぎんか?」
「俺らはどうするよ?」
「大人しく、カードゲームとかしてゆっくり過ごそうぜ……」
「わり、俺ちょっと外の空気吸ってくる」
着替えをしながら、これからの話をする友人達。
俺は制服を丁寧に畳んで片付けた後、そんな友人達に外に出てくるとだけ伝えて部屋を出た。
高校では人と絡むことはあっても、家などに帰ればいつも一人になる時間がある。
しかし、この宿泊学習の間はそういった時間がない。
この時間くらいしか、一人で気を抜く時間は取れないに違いない。
自由時間は、決められた施設内と朝の集まりに使った施設前の小さな広場であれば、外に出てもいいことになっている。
中でも外でもイチャイチャしているやつらはいるとは思うが、外は暗いので静かに一人でボーッとしていれば雰囲気も壊さずに済む。
すでに施設内では、動き回る生徒が多い。
落ち着かないような動きと表情をしている生徒を見ると、自分の知らない価値観がすでに見えているのかと考えてしまう。
外に出ると、山から虫の鳴く音が響いてくる。
決して耳障りではなく、涼しい風にとても合っていて心が安らぐ。
「……星がよく見える」
天気は夜になってさらに良くなり、星がよく見える。
街灯など明るいものが少ない分、いつもよりも多く見える。
冬は綺麗に見えることがよくあるが、この時期の星が綺麗に見えることにとても感動する。
色んなことが今日の一日であった。
それでも、こうして最後は落ち着いて過ごすことが出来ている。
明日の午前をここで過ごせば、また普通の日常が帰ってくる。
平和に穏やかに今日が終わる。
何か自分の中で変わったことなんてもちろん無い。
でも、変わっていくことの必要性を手紙を通して伝えられた俺には、少しだけ何か焦りのようなものも感じた。
みんなは、このイベントを機に何か変わるためのものを掴む。
告白が成功しても、失敗しても何かを知って変わっていく。
それに比べて、俺はこのようなイベントがあっても何も変わらない。
いつも通りの自分。変わらない自分。幼馴染に相変わらずと言われる自分。
俺は変わっていくことが出来るのか。
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