VOL.7

 俺は狭い倉庫の中で横になっていた。


 目を開け、腕を持ち上げて、暗闇の中で腕時計のスイッチを押す。

 LEDの灯りに液晶の『23:00』という文字が浮かび上がった。


 身体を起こし、身支度を整える。


 重い扉を開け、廊下に出た。

 

 当り前だが、真っ暗である。所々に非常灯がついているのみだ。

 

 ええ?

(お前は診察に来てからずっとここに隠れていたのか。どうして見つからなかったんだ?)

プロだぜ、俺は。


 それに馬さんから得た情報で、病院の中の見取り図については、大方頭に叩き込んであったからな。


 レンジャー訓練がこんなところで役に立つとは思わなかった。


地下二階から壁伝いに辿ってゆき、あの貼り紙のある鉄扉の前に出た。


 潜り戸のドアノブに手を掛けようとした時、別の足音が俺の耳に響いた。


 俺はすぐ近くの丸柱の陰に隠れる。


 懐中電灯が光り、一人の背の高い、薄いブルーの制服姿の男が歩いてきた。


 この病院では、制服の形や色で職種を識別できるようになっている。


 察するに彼は、看護師のようだった。


 背が高く、鷲の嘴のような高い鼻に青い目。


 髭は綺麗に剃り落としているが、間違いない。


 無神論者の俺だが、初めてこの偶然に出会わせてくれたことを神とやらに感謝をした。


 彼はポケットに手を入れ、銀色の長い鎖のついた鍵を取り出してドアノブ中央の鍵穴に差し込もうとした。


『マイヤー・ハンツマン氏ですね?日本語は分かりますか?』


 彼は振り返り、俺の顔を確認する。


 思った以上に冷静な表情をしていた。


『貴方は?』


 答える代わりに、俺は彼の懐中電灯の丸い灯りに、認可証ライセンスとバッジをかざして見せた。


『乾宗十郎、私立探偵です。滑川智子女史からの依頼を受けた・・・・』


 彼の手が鍵から離れ、再びポケットに突っ込まれた。


 懐中電灯が床に落ちた。


 小さく、鋭い音が暗闇を切り裂く。


 辛うじて俺は身を横に逸らし、避けた。


 遠くの方で、甲高い金属音が響いた。


 俺は拳銃を抜き、一発発射した。


 あっという間というのは、これを言うんだろう。


 彼は俺の弾丸で肩を射抜かれ、その場に膝をついていた。


『何故だ?何故分った?』


 俺はそれには答えず、鉄扉のくぐり戸をノックした。


 中から白衣姿の女性看護師が顔を見せる。



 数分後、真夜中の病院は忙しく人が歩き回っていた。


 正面玄関には数台のパトカー。


 そして俺は制服警官と、それからいつぞやの、あのチビとノッポの、

『公安コンビ』に取り囲まれていた。


『・・・・ハチの巣にされなくて済んだな。』


 チビが苦虫を噛みつぶしたような顔をしていう。


『どうせ所轄から言われるだろうが、報告書の提出を忘れるな』


 ノッポがマイヤーの持っていた”道具”を、手袋を嵌めた手で弄びながら、口を歪める。


 それは長さ7センチほどの、シャープペンシルかボールペンのような形状をしており、手元のスイッチが引き金代わりになっていて、そこを押すと中から小さな銀の弾丸が飛び出す仕掛けになっている。

 

 何という事はない、原始的な暗殺道具だ。


 俺に肩を撃ち抜かれたマイヤーは、担架に乗せられて運ばれてゆこうとした。

 幸い、彼の銃創は貫通しており、命に別状はないそうだ。


『待ってくれ・・・・』


 担架が俺の前を通り過ぎようとした時、マイヤーが俺に向かって声を掛けた。


『あんた・・・・トモコからの依頼を受けたと言ってたな・・・・だったらこれを、』そう言って苦しそうに半身を起こし、何かを取り出した。

『これを彼女に渡して欲しい・・・・』

 彼は『何か』を俺に握らせると、そのままERへと運ばれて行った。

 


 



 

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