VOL.5

 俺が荒川の河川敷を訪れたのは、それから三日後の事だった。


 その『小屋』は、周りをちょっとした菜園に囲まれている。


 高さはちょうど2メートルほど。

 奥行きは4メートル弱。


 骨組みは全部アルミで、外壁は合板を何重にも張り重ねて作ってある。


 屋根の上には銀色の支柱に支えられた上に、太陽光発電のパネル。

 建物のすぐ横には、何やら妙な装置がある。

 これが果たして”ホームレスの住み家”だと、誰が想像できるだろうか?


 どこかの粗大ごみ置き場から拾ってきて取り付けたと思われるスチール製のドアを、約束の回数だけノックすると、


『開いてるよ。入りな』


 中からぶっきらぼうな声が返ってきた。


 ドアを開ける。


 中は外から見たのとは違い、思ったより広く感じた。ただ、天井が低いのは如何ともしがたいが。


 一人の男がいた。ニット帽にマスク、ドテラのようなものを着た男が、背中を丸めるようにしてノートパソコンの前に座り、せわしなくキーを叩いていた。

 彼の名は馬さん、本名、年齢、何もかも不詳。

 職業はホームレスだが、俺にとっての貴重な情報屋である。

 パソコンのテクニックを駆使して、あちこちのサイトに潜り込んでは情報を漁り、そこから得たものを俺達に提供してくれるのだ。


『靴を脱いで上がる前に、手を消毒してくれ。そこにアルコールのボトルがあるだろ』


 よく見ると、上り口のところに、焼酎のジャンボ・ボトルが置かれてある。


 俺は言われた通り、蓋を開けて中のアルコールを掌に垂らして刷り込んだ。


 なるほど、確かに消毒用のアルコールだ。

『この節、良く手に入ったな』


『俺達ホームレスはな、見た目ほど不自由はしてないのさ』


 彼はそう言いながらも、パソコンから目を離さない。

 靴を脱いで、カーペットが二重に敷かれた室内に上がり込んだ。


『出来てるか?』


『そこにある』

 馬さんは頭を動かして顎をしゃくり、自分のすぐ後ろにある折り畳み式のちゃぶ台を示した。


 大ぶりの書類袋が置かれてある。


『しかし何だな。東京屈指の一匹狼ローン・ウルフなんて言われるお前さんが、ネットもやれないとはね』 


 彼の目は相変わらずディスプレイの上を行ったり来たりしながら、独り言のように声をかけた。


『誰にでも、苦手なものはあるさ』


 俺は袋の口を開けて中を改めると、コートのポケットから、ゴムバンドで留めた

一万円札の束を代わりにちゃぶ台の上に置いた。


 相変わらずディスプレイから目を離さず、探るようにしてそれを手に取ると、指で端を折って確認し、直ぐに胡坐の下にあった、アルミ製の平たいカンを引っ張り出し、中にしまい、また元に戻した。


『入管に警察庁、警視庁に大学病院だろう。プロテクトは堅かったんじゃないのか?』

 俺が訊ねると、

『コツがあるのさ。それさえ分かればなんてことはない。』

 と、相変わらずぶっきらぼうに答えた。


『助かった。有難う』


『御用命があれば何なりと、さあ、用が済んだら帰ってくれ。忙しいんだ。ああ、帰りにまた消毒を忘れんでくれよ』


 俺は苦笑し、言われた通りに手を洗い、表に出た。


 外に出ると、背を伸ばし、空気を一杯に吸い込んでからマスクを掛けた。


 川から吹いてくる風が心地いい。







 



 

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