Revenge by Research

Phantom Cat

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『愛してるよ、明日香あすか


『私もよ、良祐りょうすけさん』


 ……おーおー。


 歯の浮くセリフ言ってくれちゃって。しかも、いくら暗くなってきてるとは言え、こんな野外で熱烈なハグをやらかすとは、全くもって大胆なこった。


 だけどさぁ、大西おおにし 良祐センセ。


 あんた、その言葉、少なくとももう一人別な女性にも言ってるよねぇ。んで、あんたにはさらに別に奥さんがいるよね。


 陽は落ちる寸前。ファインダーの中、橋の上で抱き合う二人。


 いいねぇ。実に美しい。たとえ不倫カップルでもね。


 俺は愛機、ソニーα350のシャッターを切る。これだけ離れていれば一眼レフのクイックリターンミラー付きフォーカルプレーンシャッターのでかい音でも二人には届くまい。ちなみにレンズはミノルタAFレフレックス500mm F8。非常に珍しい、AFで使える反射望遠ミラーレンズだ。2年前にたまたま中古で安く売られていたので買ったのだが、これがなかなか活躍してくれる。


 俺のカメラの画素サイズは APS-C だから、35mmフルサイズ換算で 800mm の超望遠になる。だけどミラーレンズなので超望遠にしては異様に全長が短く目立たない。こういう隠し撮りにはおあつらえ向きだ。暗いのが難点だが、別に芸術作品撮ってるわけじゃないんで、ISO感度を最大の3200まで上げてノイズリダクションかければ問題ない。


 それから、念のために、高感度モノクロフィルムのコダックT-MAX P3200 を詰めたミノルタα-707siでもレンズを差し替えて撮影しておく。デジタルだと今の技術では映像の改ざんも容易なので、かえって銀塩アナログカメラで撮った写真の方が証拠能力が高かったりするのだ。と言ってもフルサイズになるので映像は若干小さくなるが、引き伸ばしの段階でトリミングすればいい。


 良祐センセの上着のボタンに仕込んでおいた超小型の盗聴マイクも、いい仕事をしてくれてるようだ。さて、この後はおそらくお決まりのパターン。いつものホテルだな。先回りしておくか。


---


「まさか……二人同時進行だったとはねえ」


 俺の依頼主クライアント、大西 百合子ゆりこさんが、俺の作った報告書から目を離すと、顔をしかめて大きくため息をつく。40歳というが、あまりそうは見えない。ていうか、俺としてはどう考えてもこの人の旦那の浮気相手二人よりもこの人の方が美人だと思うんだが……いったい旦那は何を考えているんだろう。ま、人の好みはそれぞれ、ってことか。確かに、その二人に比べてこの人のバストは……若干残念、という感じではある。


 ピアノ教室の応接室。最初は「川村百合子 ピアノ教室」と看板に書かれてて戸惑ったが、ピアノの先生およびピアニストとしては旧姓の「川村 百合子」の名前をそのまま使っているらしい。ピアノの先生としてもピアニストとしてもそこそこ活躍していて儲かっているようだ。でもこの人の本名は「大西 百合子」なのだ。とりあえず、今のところは。


「やはり、ショックですか?」


 俺が尋ねると、


「まさか。もうね、今さら何があっても驚きゃしないわ。ただ、呆れて物が言えないだけ」


 と、百合子さんが苦笑して応える。


「それで、こちらの『中田 和美』の方なんですけどね」俺はもう一つのファイルをめくりながら言う。「一年前に患者の立場で旦那さん……いや、良祐さんと出会って、こういう関係になったようなんです。んで、彼女、どうも、本気で良祐さんと結婚を考えているみたいで……彼が妻帯者だとは気づいてないような感じなんですよね。中学の英語教師で、真面目な人みたいですから」


「そう……だとしても、不倫は不倫だからね。一応内容証明は送っておくわ。こちらの『島田 明日香』の方は……正しい使い方じゃないけど、『確信犯』ね」


「ええ。そりゃ同じ病院に勤める看護師ですからねえ。旦那さんの個人的事情もよく知ってるでしょう。録音もお聞きになったかと思いますけど、間違いないですよ」


「そうね……『あんなババアとは早く別れてよ』って……思いっきり言ってたわね……」


 ……怖ぇ。なんつー表情だ……美人がこういう顔になると、迫力が違う……


「ありがと、松田さん」百合子さんはすぐに笑顔に戻る。「さすが、評判通りのお仕事ぶりね。写真も鮮明だし、これで証拠は十分揃ったから、あとは弁護士に任せるわ。報酬の残金は明日にでも振り込みます。ご苦労様でした」


「はい。くれぐれも、お気を落とさずに」


 俺はソファから立ち上がった。


---


 帰り道。


 俺は心の中で快哉を叫んでいた。


 やった!


 これで積年の恨みを晴らすことが出来る……


 まさか、こんな形で再会することになるとは……いや、向こうは俺に会ってると思ってないか。


 あの日、橋の上で抱き合っていた男女の、女の方。


 島田 明日香。


 俺の高校時代の同級生。そして……忘れもしない、俺の初彼女……と、俺自身が思い込んでいただけ、の女だ。


 彼女はその当時からかわいらしい顔立ちと豊満なバストで、男子の人気は高かった。だから俺が告ったときに、まさかOKされるとは思っていなかったのだ。


 だが。


 それまで全く女子と付き合った経験のなかった俺は、彼女に言われるままに色々貢いだ。プレゼントや食事、スイーツ……カメラを買おうとバイトしていてそれなりに貯金していた俺は、そこそこ金があったのだ。だが、それもあっという間に尽きてしまった。そうなったら、俺はいきなり彼女に拒絶されるようになった。まさに、金の切れ目が縁の切れ目、というヤツだった。


 そして……決定的だったのは。


 最初から彼女には俺の他に、付き合っている本命の男がいたのだ。一年先輩の。要するに、彼女にとって俺はただ単に金づるでしかなかったのだ。


 それを知った俺は、極度の女性不信に陥った。そして……もう30になろうというのに、未だに結婚どころか恋愛する気にもなれず、今に至っている。


 しかし。


 因果応報というヤツだろうか。こんな形で憎いアイツに復讐することになるとは、全く思っていなかった。ま、アイツの中身は高校時代から全く変わってなかった、ってことなんだろう。


 見てろよ、明日香。


 もうすぐお前の下に、百合子さんの弁護士から巨額の慰謝料を請求する内容証明郵便が届く。それだけじゃない。勤務時間中の不倫行為を指摘する内容証明も、同じく弁護士からお前の職場の県立病院に送られる。どうなることやら。ま、二人とも免職クビに近いことにはなるだろうな。それまでは愛しの良祐センセと、せいぜい甘い時を貪るがいいさ。


 そして、これでようやく俺も、過去から離れて一歩前に進めそうな気がする。


 いつの間にか、俺の口元は自然に綻んでいた。


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