そして、夏が来る。

みちる

焼けただれる夏の日に。

何かが焼けるにおいがした。

煙たくて前の見えない目を瞑って、ゆっくりとそのにおいを嗅ぐ。夏の茹だるような暑さよりも、ずっと熱かった。鼻腔も喉も焼け爛れる。

カシュッ、カシュッと、聞き慣れた足音が鼓膜を震わせる。踵を摩って歩くその音は、幼馴染のものだ。

「あんたずっとここにいたの?」

こんな非常事態なのに、幼馴染の声は酷く落ち着いていた。

「…うん」

腕が持ち上がった。

「ほら。立って」

ぶっきらぼうな声。いつもと変わらない優しい言葉。

「…もう疲れたの」

この子は本当に優しい。だから私は、いつまでもこうやって甘えてしまう。

「死ぬよ」

「死にたいんだよ」

私の言葉に、幼馴染は何も言わなかった。

彼女が持っていたであろう私の腕が落ちる。

「…それがあんたの望みなの?」

幼馴染は、どんな表情をしているのだろう。

気になって、ふと瞼を上げた。

「…え」

煙で前は見えない。けれど、傍には誰もいなかった。

「……夏来?」

名前を呼ぶ。この煙で喉は焼けている。掠れて痛々しいその音を、頼りない声だと自分で思った。

夏来。どこにいるの。

…それとももう、逃げたんだろうか。ちゃんと、私を置いて。

そう思った途端、膝から力が抜けた。

私、ほんとに死ぬんだな。

あれだけ憧れていた死が、少しだけ、怖いなと思った。そして、幼馴染が、夏来が、助かっていますようにと。いつもは信じてもいない神に願った。


あれから3年が経つ。

夏来は戻ってこなかった。遺体もなかったから、多分どこかで生きているんだろう。

枯れた喉で、なつき、と呟く。あの日、掴まれた腕をぐっと握る。

カシュッ、カシュッ。踵を摩って歩く癖。

私は、今度は振り向かない。きっと彼女も、こちらを見ない。

私たちは、そうやってすれ違って生きていく。

まもなく、夏が来る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そして、夏が来る。 みちる @mitiru_tear

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る