第50話 不思議なこと

 息子が「結婚したい」という女性を家に連れてきた時、聖子さんは妙な感覚を覚えた。


 紗季さんというその女性とは、その時が初対面だった。なのに聖子さんは、なぜか「以前会ったことがある」と強く感じたのだ。顔に見覚えがあるだけでなく、ちょっとした仕草や表情にも既視感がある。


 ほどなくして、息子は紗季さんと結婚した。若いふたりは他県に新居を構え、頻繁に会うわけではない。それでも顔を合わせる機会は何度かあった。


 彼女の顔を見るたびに、聖子さんは「昔、どこかでこの子に会ったことがある」という確信を深めていった。それも、かなり親しくしていたような気がする。


 だけど、どこでどう会っていたのか、肝心のところがわからなかった。




 さっぱり心当たりがないままに月日が過ぎ、そのうち紗季さんが懐妊した。


 臨月間近になった彼女は、出産のために夫婦で暮らすマンションを離れ、郷里に帰った。


 紗季さんの実家は、県境をまたいではいるけれど、聖子さんの暮らす町からはそう遠くない。元々ふたりは仲がよく、たびたび連絡をとりあう仲でもあったので、聖子さんは一度、お腹の大きな彼女に会いに行った。


「よかったぁ、お義母さんが来てくれて。家からあまり出られないし、私、暇で暇で」


 紗季さんはあくび混じりにそう言った。妊娠してからやけに眠いという。


 紗季さんの母親も交えて、女3人、しばらくおしゃべりに花を咲かせていたが、「どうしても眠い」と言って、途中で彼女は別室に引っ込んでしまった。


「しょうがないわねぇ。そうだ、ちょっとこれ見てくださいな」


 そう言って紗季さんのお母さんが持ってきたのは、古いアルバムだった。


「あの子の小さい頃の写真。ふふふ、本人がいると嫌がるから」


 いたずらっぽい笑顔を浮かべながら、アルバムを差し出してくる。


「あらあら、後で叱られないかしら……」


 などと言いつつ、聖子さんも笑いながら、アルバムの表紙を開いてみた。


 黄色い園服を着た、ショートカットの小さな女の子が、満面の笑みでピースサインをカメラに向けている。それを見た途端、聖子さんは心臓が止まりそうなほど驚いた。


 幼くして亡くなった弟にそっくりだった。


 3つ年下で、年のわりに賢い、よく笑う子だった。とても可愛がっていたけれど、川遊びの最中に溺れて、あっけなくいなくなってしまった。聖子さんは悲しくて寂しくて、しばらくは写真を見るのも辛かった。


 もう弟の記憶は古くなってしまったけれど、それでも忘れるはずがない。


 急に湧き上がってきた涙をこらえながら、聖子さんは「ちょっとトイレを借りますね」と立ち上がった。


 廊下に出ると、トイレの手前にある襖がほんの少し開いていた。


 なぜかどうしても気になって中を見てみると、畳の上に布団を敷いた上に、紗季さんがこちらを向いて眠っていた。一度気づいてみると、彼女の幼顔の残る寝顔は、記憶にある弟のものとよく似ていた。


 聖子さんの両目から、こらえていた涙がぽろぽろとこぼれた。彼女は思わず小さな声で、「康ちゃん」と弟の名前を呼んだ。


 眠っている紗季さんが、うっすらと微笑んだ。口元が動いた。


「ねえね」


 幼い弟の口ぶりそのままだった。




 この話を聞かせてくれたとき、「こういうのって、生まれ変わりっていうのかしら」と聖子さんは呟いた。


「だとしたら不思議よねぇ。だって男の人は世界中にいーっぱいいるのに、わざわざうちの息子と結婚したなんてね。紗季ちゃん自身はなんにも知らないのに。ほんと不思議」


 ちなみに紗季さんは今年の1月、無事に元気な男の子を出産した。


 聖子さんによれば、ママ似だそうである。

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なごみ怪談 尾八原ジュージ @zi-yon

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