クトゥルー神話の形式 7 暗示型

 今回が六つの型の最後、《暗示型》です。

 知人が暗示的な手がかりを残して失踪するという型です。

 この型の特徴は、とにかく何が起こったのかわからない、ということです。それで身近な人間が消えてしまって恐ろしいというような。

 〈知人〉というのは、友人でも家族でも知り合って間もない人でも、とりあえず誰でもいいです。

 〈暗示的な手がかり〉というのは、何か普通でないことが起こっているという雰囲気をあらわすものですね。

 〈失踪〉というのは、いつの間にか、突然、消えてしまう。生死は不明だが二度と戻ってはこないと予感させる。


 《暗示型》の基本的なラヴクラフトの作品は「ランドルフ・カーターの陳述」です。

 「ランドルフ・カーターの陳述」は、カーターが警察で取り調べを受けているところから始まる。友人のウォーラン失踪の原因が彼にあると疑われているのだ。彼は前夜の出来事を語る。神秘の研究を行うウォーランに誘われ墓地へ行った。平石の下の開口部へウォーランは降りて行く。カーターが電話をつなぎ地上で待機していると、やがて狂乱したウォーランの叫びが聞こえてくるのだった、という話。

 ラヴクラフトの「闇に囁くもの」もこの型の作品です。

 「闇に囁くもの」は、ヴァーモント州のある川で目撃された異様な生物の死体が宇宙生物であるとする風説を、ウィルマースは古い伝説に影響を受けたものとして否定した。新聞にその文章が発表されると、エイクリーという男から反論の手紙が来る。彼は宇宙生物が実在する証拠を持っているという。危険なので内密にという約束のもと写真とレコードが送られてくる。冷静な説明とそれら証拠でウィルマースは彼を信じる。だが、怯えていたエイクリーはある時、態度が変わり宇宙生物と和解したと言いウィルマースを自宅へ招いた。山奥に一人で暮らすエイクリーのもとを訪ねたウィルマースを待っていたのは――、という話。

 何が起こったかわからないのが《暗示型》の特徴と書きましたが、この作品の場合、エイクリーに何が起こったかは、だいたいわかるようになっています。しかしその書き方はあくまで暗示的で、そのため作品冒頭でも〈結局のところ、身の毛のよだつようなものを、実際には何一つ目にすることがなかったということを、よく記憶にとどめておいていただきたい。〉(大瀧啓裕訳)と、語られています。

 もう一つ、ラヴクラフトで「銀の鍵」という作品があります。これは「銀の鍵の門を越えて」や「未知なるカダスを夢に求めて」のプロローグとして位置づけられるものですが、単体で読むなら《暗示型》に近いものと言えます。

 「銀の鍵」は、ランドルフ・カーターは齢三十を過ぎて夢の世界に魅力を感じなくなる。現実生活に馴染もうとさまざまな努力をするが上手くいかず五十を過ぎた時、屋根裏部屋で銀の鍵を見つける。その鍵の力によって少年時代に戻ったカーターは、幻想の世界へと旅立つ、という話。

 一見、三人称で語られているように見えますが、結末近くで地の文に〈私〉という主語があらわれカーターの友人が語り手だったことがわかります。なので〈友人の失踪〉を語るという形式ではありますが、その原因の見せ方は《暗示型》の雰囲気とは少し違うかなという気もします。


 他の作家の作品ではスティーブン・キング「クラウチ・エンドの怪」やラムジー・キャンベル「異次元通信機」が《暗示型》の作品と言えます。

 「クラウチ・エンドの怪」。若い夫婦がタクシーでクラウチ・エンドへ行く。招待された家の住所を記したメモをなくしたので公衆電話で聞くことに。タクシーは電話中に消えてしまったが、住所はわかったので歩いて行く。途中生垣の奥から呻き声が聞こえたと、夫が見に行く。そこで夫に何かが起こりパニックになるが、妻は何があったのかわからない。奇怪な町クラウチ・エンドをさまよううちに夫は姿を消してしまう、といった話。

 二人コンビで行動し、一方だけがパニックにおちいるあたりは「ランドルフ・カーターの陳述」と似ている気もします。

「異次元通信機」。三人の大学生が古い居酒屋へ行くが閉店していた。バスもなく歩いて帰ることに。だが、道に迷い轟音が響く荒野に出る。近くに粗末な小屋がある。中は無人で奇妙な機械がある。残されていた日記で、そこは彼らの大学の教授だった人物の住居とわかる。教授は機械を使って異世界の生物と交信を試みていたらしい。機械を作動させてみるとスクリーンに異様な生物の姿が映る。その結果、学生の一人トニーの気を狂わせてしまう。という話。

 この作品では被害を受けるトニーは、失踪するわけではありませんが正気が失われました。


 《暗示型》の形式をまとめてみましょう。


〈知人と行動する〉 → 〈怪異の痕跡〉 → 〈異界の存在の暗示〉 → 〈知人が消える〉


 こんな感じでしょうか。

〈知人と行動する〉は、語り手と知人の関係を明らかにします。もとから知り合いでもいいですが「闇に囁くもの」では文通していた相手に会いに行くという展開がドラマチックでしたね。

〈怪異の痕跡〉は、音響やにおい、足跡などですね。この段階で語り手はまだ、思い違いやトリックと疑っていることもあります。

〈異界の存在の暗示〉は、人類の脅威になるようなものの存在が浮き彫りにされますが、はっきりとはわからない感じです。

〈知人が消える〉は、知人が消えてしまうことで、語り手は結局、真相がわからないまま取り残されることとなります。


 大きな怪異が暗示されながら、結局何もわからないまま終わるこの《暗示型》は、ひねくれた形容を連ねるラヴクラフトの文章が生み出す雰囲気と、よく合っているのではないかと思います。

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