第19話 その救済を、きっと彼女は望まない

「これでも中学の頃は、今の姿で周囲に接していたの」


「……そうなのか」


「ええ、おかげで誰一人として、友人と呼べる人はいなかったわ」


 でしょうね。俺だって契約がなかったらお前と関係持ちたくないもん。ドMじゃあるまいし。


「最初は皆が私に興味を持って寄ってきた。けれど、可愛いねと褒められたのに対して事実を肯定したら、まず女子の半数が離れていったわ」


「そこはやんわり否定するのが様式美みたいなもんだからな」


「その後テストで結果を出したことをすごいねと褒められたのに対して、勉強すれば取れて当然と至極真っ当な答えを返したら、残りの女子と男子の半分が離れていったわ」


「そこはほら、偶然だよ〜ってやんわり否定するのが様式美みたいなもんだからな」


「最後に残った下心丸出しの男子からは遊びや食事に誘われたけど、気持ち悪いと正直に断ったらすぐ離れていったわ」


「そういうのは勉強忙しいとかやんわり否定するのが様式美みたいなもんだからな」


「飛んで火に入る夏の虫とはまさにこのことね。勝手に寄ってきたくせに、自分の発言が原因で離れていくんだもの」


「お前にとっちゃクラスメイトは虫ケラかよ……」


 結果は俺が説明するまでもなく、そういうことらしい。


「めでたく私はクラスで孤立。学年が変わっても、誰も寄ってこなかったわ」


 去年同じクラスだった生徒と、少なくとも数人は同じクラスになる。彼ら彼女らが今までの悪態を陰口として広める限りは、心機一転など望むべくもなかっただろう。


「私はその自分を否定しなかったわ。全ては彼らの逆恨みで、謂れのない理不尽な怒りのせい。私は何一つとして悪いことはしていないもの」


 だったらなんで、今その姿を隠しているのか。

 訊くまでもなく、久遠は続けた。


「クラスのほぼ全員を敵に回すような形になって、さすがに空気が荒れてしまってね。その原因として、私は担任に呼び出された」


「久遠が、か……」


「ええ、まるで私が全て悪いみたいに。仲良くするように言われたわ。当然、どれだけ言葉を重ねられても認めなかった」


 だろうな。久遠は是非の判断に関しては、人一倍厳しいやつだ。

 犯していない罪を強制的に認めさせられるほど屈辱的なことはない。


「責められるのは私ばかり。無視していたらクラスの空気はさらに悪化。そしたらとうとう、親まで呼び出す事態になってね」


 無意識に歩いているうちに、駅前の通りまで来ていた。赤信号に足を止め、続きを促すよう久遠の方に横目を向ける。心なしか伏せた横顔は、陰って暗くなっていた。


「お父様に言われたわ。『お前は武器を持ちながらそれを自覚せず振り回している、馬鹿にも劣る愚か者だ』って」


 武器。言い得て妙だ。

 美貌も知識も、優れていると真に自覚せず振る舞えば、人を傷つける武器に成り下がる。

 刀を殺傷物だと知らない動物に持たせれば、周囲を傷つけてしまうように。


 過去に可能性を求めるのは無意味だとしても、もし本当に自覚し、上手くやり過ごす方法を知ってさえいれば、きっとこんな事態には陥ってなかったと思ってしまう。


「『これ以上、その無知さで西園の名を汚すな』……そう言われたきり、あの人とはほとんど口を聞いていないわね」


 教育上、それが正しかったのかは分からないけど、生まれてこの方、俺は親に本気で叱られたことがない。だから、絶縁されることがどういうことなのかを知らない。


 ただ、もしそれが人の人格さえも捻じ曲げてしまうものだとしたら。


「これでも私は、お父様を尊敬していた。堅実で、間違えた姿を見たことがなかった」


 だから、その父の言葉が正しく、自分が間違っていたとでも言いたいのか。


「別に間違っちゃいないだろ。全部程度の問題ってだけで」


「ええ、そうかもしれない。けど、私は今貴方に見せている姿を、他の皆に見せるつもりはない……いえ、見せられないのよ。どうしても、出てこないの」


 分からない。やっぱり俺には、彼女の気持ちが理解できない。


「だったらなんで俺には見せたんだよ」


「貴方が、いくら事実を突きつけても言い返せないような人だと思っていたから?」


「おい」


 そこは「自分に似た何かを感じたのよ」って実は運命的な出会いだった告白して、後々の伏線張るところだろ。


「でも、さっきも言った通り貴方が気にすることはないわ。彼らとの付き合いは私自身の問題で、貴方は関係ないのだから。ただ恋人のふりをしてくれるだけでいいの」


「いや、でもこのままじゃ、」


「偶然行き先が一緒だったからといえど、送ってくれてありがとう。相川がロータリーまで迎えにきてくれるから大丈夫よ。それじゃあ、また」


 青に変わるや否や、俺に言葉を返す暇さえ与えずに久遠は離れていった。渡り切って振り向く瞬間でさえ、目を合わせないように暗がりが落ちた前を見ていた。


 ■■■


 俺は、彼女を心配しているのだろうか?

 俺は、彼女を救いたいのだろうか?


 いや、違う。

 俺はいつだって合理性を求めて、全ては自分のためになることだけだった。

 誰かに使われるなんて御免蒙るし、利益のない救いの手を差し伸べる気もない。


 決してヒーロー気取りで救って、感謝されて自己満足に浸りたいわけじゃない。

 そんな精神的充足は、お仲間を作りあっているやつらと同類になることと同義だ。


 俺にはもっと、この意思にはもっと、確固たる意味があるのだ。


 疾うの昔に救えず置いてきて、それでもまだ救おうとする、惨めな自己満足が。

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