第18話 美味しいものは死亡と尊分でできている

 千葉程度の近所でお土産を買う理由は理解できないけど、自由行動できる時間を設けてくれたことに関してはありがたい。

 どうせ土産を買っていく家族が家にいるわけじゃないし、念願のアイスクリームでも売店に見に行くとしよう。


「オレらも土産屋見にいこうぜー」


「ああ、せっかく来たんだし、少し見ていこうか」


 買った物ではなく、買ったという事実そのものを彼らは求めているのだろうか。


「私は少し疲れてしまったから、近くで休んでいるわ」


「西園さん行かないの? ざんねん」


「ごめんなさいね。店混み合っているみたいだから、荷物置いていくなら見ておくわ」


「まじ? んじゃお言葉に甘えて」


 野田が遠慮なくリュックサックを地面に置くと、他の彼ら彼女らも荷物から財布だけ抜き取り、その周辺に置き去って土産屋に向かって行った。

 いや、せめてベンチの近くまで持って行ってやれよ。


 足元の光景——最早、惨状とさえ言っていい——を理解しかねているのか、ぽかんと久遠は立ち尽くしていた。


 ……俺も、売店でアイス…………


「……突っ立ってないで、さっさと運ぶぞ」


 一つくらい持て、と言おうと思ったら、久遠の両手にはリュックが一つ抱えられていた。たしかに市川のだ。あいつだけ手渡したのか知らないけど、個人的に持ちたくないから良かった。


「……なんだよ」


「あ、いえ……」


 集合場所近くのベンチは、幸い空いていた。


「なんだか今日は、貴方に迷惑かけてばかりね」


「別に。むしろいい感じにあいつらも勘違いしてくれただろ」


「そういえば、どこか行こうとしていたんじゃなかったの?」


「糖分過多は身体にも心にも悪いからな。さっきのコーヒーで十分だ」


 尊分を取りすぎるとマジで現実が嫌で嫌で戻りたくなさすぎて、一定期間は放心状態になりかねない。適切な使用量を守りましょう、だ。アニメは一種の脳内麻薬だからな。


「ごめんなさい。私のせいで反感を買うようなことをさせてしまって」


「なんだ、バスの聞いていたのかよ」


 まあ知ってたけども。

 中学の頃、どうすれば周りを騙せるか狸寝入りに関しては研究したものだ。もはや狸寝入りのプロと言ってもいい。市川は騙せても、俺はそう簡単に騙せない。


「人より優れた部分を持つ人間は往々にして、下の人間から怨恨を買うものだから。自分にしろ他人にしろ、昔から悪意ある声には敏感なのよ」


 それは美貌か、知識か、故はなんとなく想像がつく。


「でも、貴方が気にすることはないわ。今まで通り契約を守ってくれれば、彼との仲は私がどうにかするから」


「いやどうにかって、俺は別に——」


「東金くんが戻ってきたみたい。話は終わりましょう」


 イヤホンを付けた東金が、アイスクリーム片手にこっちに戻ってくるのが見えた。

 わかったと、そう頷くほか俺にはなかった。


「……やっぱ、アイス買ってくるか」


 焼肉の焦げでも挟まっていたのか、心なしか、口の中が苦かった。



 

 学校の正門前までバスで戻ってきた後、中で簡易的なホームルームを済まし解散。

 駐輪場でチャリを取って戻ると、駅の方に坂を下っていく久遠が見えた。他の生徒はほとんど去っていったというのに、ずいぶん足が遅いこった。


 俺の家は駅と反対側にある。

 紫に飲まれつつある空を見て、自転車を急がせた。


「よう。遅いのな」


「彩也くん……なぜこっちに? 貴方の家は反対でしょう」


「夕飯の買い物して帰んだよ。お前と違って、家に帰っても誰もいないから」


 駅前のスーパー、この時間帯なら安くなっているだろうし。


「……本当のところは?」


 自転車を押して久遠に合わせていると、温かくも冷たくもない、平坦な声が返ってきた。


「私、これでも言葉の真偽には鋭いほうなの。貴方と一緒でね」


「……あのまま、話終わらせられないだろ」


 市川との距離を縮められるなんて、頼まれても願い下げだ。


「なんでお前、そのキャラ隠してるんだ?」


「その方が都合がいいからよ。協調性を見せるには今の方がいいもの」


「協調性って、本気で言ってんのかよそれ」


 協調性というのはあくまで、積極性に基づいた自己の遠慮と他者の尊重だ。自分の意思主張を持った上で、善意から場の選択権を他者に譲る素質のことだ。


 だから、彼らといるときの久遠に協調性があったとはとても思えない。

 むしろその逆、久遠の彼らへの対応はどれも消極的で、どこにも自分の意思はなかった。同調して、当たり障りのない会話を続けて、波風立てないようにしていた。


 そこにあったのは善意じゃなかった。怯えだ。


 古今東西、お嬢様キャラはグループの中心格に位置する存在だ。

 その原則が久遠には当て嵌まらない。久遠が自らお嬢様としての素質を抑え殺して、必死に同調して溶け込もうとしているから。


「今日ので分かったろ。お前、都合のいいやつって思われてるぞ」


 都合のいいやつ。軽いと侮られているやつ。

 俺が、そうだと一番思われたくないこと人間だ。


「やりすぎなんだよ。程度ってもんがあるだろ」


 今日一日見てきて、どれだけ彼女が完璧ではないかを思い知った。

 容姿端麗、頭脳明晰。けど、優れていると思っていたコミュニケーション能力はただの同調で、人間関係に関しては不器用もいいところだった。


 俺の知っていた西園久遠は、そうあるべきだという願望で、虚像だった。


「貴方も、同じことを言うのね」


「あ?」


「昔から、人付き合いというものは上手くいかないものね」


 ぽつり。

 それは観念したというより、独白に近かった。


「これでも中学の頃は、今の姿で周囲に接していたのよ」

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