第五章 魔王と魔王、そこらじゅうで派手にやってる 【第六節 小さな野望の終焉、戦の始まり】

「あら? 結局クロちゃんはお手伝いするの?」

 ケチャを受け止めてベッドの上に転がしたシロが、ブーツの紐を結びながらいう。

「結局またハルくんに乗せられちゃうのね」

「そんなんじゃないって。……ただ、この前のこいつの言葉にも一理あると思っただけさ」

 それはシロに対するエクスキューズというより、何のかんのでハルドールのいう通りに動いてしまう自分自身を納得させるための、もっともらしい言い訳のようなものだった。ダンナと再会するための最短距離だと思えば、生意気な少年の策に乗るのもそこまで不愉快にならずにいられる。

 ケチャを自分たちのベッドに寝かせ、シロはいった。

「ハルくん、あの約束、本当なのよね?」

「きみたちのご主人が見つかったらきみたちを即座に自由にするっていう話?」

「うん」

「もちろんだよ。……といっても、こればっかりは信じてもらうしかないけどね。契約書を何枚書いたところで意味はないわけだし」

 たとえその約束を破ったとしても、ハルドールには何のペナルティもない。ハルドールにはクロたちを縛りつける現実的な力――ナルグレイブがあるが、クロたちにはそうしたものが何もないからである。だから、あとはもう、クロたちがハルドールの言葉をどこまで信じられるか、それだけだった。

「……ま、いいさ」

 クロは肩をすくめ、ハルドールを廊下に押し出した。

「どうせヒマだし、暴れさせてもらうよ」

「それはつまり、俺を手伝ってくれる気になったってことかな?」

「わたしはわたしの好きなようにやらせてもらうだけさ。あんたの指図は受けないし、協力する気もない」

 砦の前の広場では、馬を使った伝令兵がひっきりなしに出入りしている。戦況はかなり緊迫しているようだった。

「勇者どの!」

 砦から出てきたハルドールたちを、この町の軍事のすべてをゆだねられた老総督が出迎えた。確か近衛の団長をしているモーウィン・ガラバーニュ卿の叔父で、サルウィン・ガラバーニュとかいう名前だった気がする。顔立ちも似ているし、背格好も性格も似ていて、正直、頼り甲斐があるかといわれると即答しかねる。

「――町の南方五キロのところに敵軍です。斥候からの報告では森の中から現れたとのことで、歩兵が中心ですが、騎兵の数もそれなりにいるとのことです」

「ザブーム軍で間違いないのかな?」

「は、はい。それらしい巨人がいることも確認されており申す」

「なるほど」

「ですが、これほどの大軍がここに攻め寄せてきたのは初めてのことですので……もっと小規模な盗賊が相手であれば、完全に門を閉ざし、接近してきたところで矢を射かければすぐに退散するのですが」

「それじゃ無理じゃないの?」

 最前線の防衛拠点だけあって、ここの兵力はブルームレイクよりはるかに多く、兵の練度もずっと高いが、クロが見たところでは敵のほうがさらに数が多く、実戦経験でも向こうのほうが上だろう。

 しかも今夜は雲で月が隠れた暗夜である。その点でも、夜目の効かないニンゲン主体のグリエバルト軍より、さまざまな種族が交じり合っているザブーム軍のほうが明らかに有利だった。

 そして何より、敵軍を率いるザブームが問題だった。

 ザブームは身長五メートルを超えるジャイアントで、巨大な斧を自在に振り回すという。たぶんザブームなら、この町の城門を単独で破壊することも可能だろう。もし門が破壊されたら、敵の大軍が一挙に町の中に雪崩れ込んできて一巻の終わりだった。

「――とにかく、門を破壊されたり城壁を崩されたらこっちの負けになる。そこはセオリー通りにいこう」

 ハルドールは南のほうを指さし、ガラバーニュ総督にいった。

「まず、城壁の上にありったけの弓兵を配置してください。それと、篝火をもっと増やして」

「すでに用意させております」

「仕事が早くて助かるね。それじゃ、残りの戦力は門の外に布陣してください。ザブーム軍を分断するのに使うと思いますから」

「ぶ、分断……ですか?」

「結局のところ、この戦いはザブームを倒せば終わるんで」

 おのおのの魔王たちが天下を獲るために相争うのがこの世界の乱世である。自分たちのトップと認めた魔王がいなくなれば、その下についていた兵たちに戦う理由はもうない。もちろん、その中からあらたに魔王を称して天下獲りレースに参戦する者が現れる可能性もなくはないが、いずれにしても、今夜の戦いはザブームを倒せばひとまず終息する。

「――だから、俺がザブームに近づけるようにお膳立てしてもらえればそれでいいんですよ」

「しかしそれでは、軍を大きくふたつに分けることになると思いますが……指揮はどうなさるので?」

「外に出す騎兵の指揮は総督閣下にお願いしますよ。で、弓兵隊の指揮は……この際だから、彼女にやってもらったら?」

 そういってハルドールが指さしたのは、いつの間にかすぐそこに立っていたケチャだった。

「ケチャちゃん……寝てたんじゃないの?」

「こんなに騒がしかったら起きてくるでしょ、当然」

 ハルドールは軽く肩をすくめ、ケチャにいった。

「――今の話、聞いてたでしょ? 任せてもいいよね、指揮?」

「おぬし……とっくに気づいておったのじゃな?」

 いつもの舌足らずな口調ではなく、はっきりとそういったケチャの瞳が、妖しい銀色に輝いていた。


          ☆


 ドン・デルビルは、右手に掴んだナイフを正面のジャマリエール目がけて思い切り投げつけた。

「へっ、陛下!?」

 ガラバーニュ卿が止める間もなく、肉用のナイフがひしひしと食事を続ける少女魔王の顔面へと飛んでいく。しかし、それが命中する寸前、ジャマリエールはほとんど予備動作なしに椅子の上に立ち上がると、手にしていたフォークをひと振りした。

「たーっ!」

 かきぃん! と小気味いい音がして、ジャマリエールのフォークがデルビルのナイフを見事に捉えた。

「あぎゃっ!?」

 綺麗に打ち返されたナイフがデルビルの禿げ上がった額に見事にヒットした。といっても、結局はふつうのフォークだから、人間の頭蓋骨を貫通するほどの鋭利さはない。せいぜいよく輝くデコの肉に数ミリほどめり込んだ程度だろう。

「いだだだだだ!」

 デルビルは額を押さえてその場にうずくまり、情けない悲鳴をあげた。ユリエンネ卿はその醜態を冷ややかに見つめ、

「……ザブームと内通している証拠を捜し出すまでもなくなりましたね、ばばさま」

「うむ。陛下の暗殺未遂は重罪じゃからのう。――これ、若造」

「はっ!」

 ガラバーニュ卿とその部下たちがデルビルを押さえつけ、たちまち縛り上げる。

「ぐ……く、くそぉ……!」

 額にうっすらと血をにじませたデルビルは、悔しそうに唇を噛み締め、椅子の上で仁王立ちするジャマリエールを睨みつけている。

「くそっていうな! ケチャはまだしょくじちゅう!」

 ガラバーニュ卿の手で引きずり起こされたデルビルに、ジャマリエールがいった。

「そもそもひとがメシくってるのをじゃますんな! れいぎがなってねえな!」

「え……? な、お、おまえ――おまえ、ジャマリエールではないな!?」

「だまれ、れいぎしらず!」

 ジャマリエールはテーブルの上の空の皿を掴み、デルビルに投げつけた。

「うおっ!? いたっ、ちょ、こ、やめっ……」

「そのくらいにしておけ、ケチャ」

 高価な白磁の皿が一〇枚ほどこなごなに砕けたところで、クロシュばあさんが少女を止めた。

「……ザブームと通じておったおぬしを糾弾する場に、本物の陛下を同席させるわけがなかろう? 陛下は我々などとはくらべものにならぬほどお強いおかたじゃが、万一ということもあるでな」

 クロシュばあさんのその言葉が終わる前に、ぽふんと可愛らしい破裂音がして、ジャマリエールの全身が白い煙に包まれた。

「お、もどった」

 その煙が晴れたあとに立っていたのは、メイド服を着たワードッグの少女だった。デルビルは目を見開き、

「そ、そんな……では、ほ、本物のジャマリエールはどこだ!? せめてひと言、ひと言なりと――」

「命乞いでもしたいのか? それとも恨み言でもいうつもりか? ま、どちらにしても無理じゃがのう」

 何事もなかったかのように食事に戻ろうとするケチャに割れた皿の片づけを命じ、クロシュばあさんは小さく笑った。

「――おぬしが恃みとしたザブームも、それにその軍も、じきに消えてなくなるじゃろうて」

                                ――つづく

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