第五章 魔王と魔王、そこらじゅうで派手にやってる 【第五節 戦争管理委員会】

 きょうはジャマリエールと差し向かいで食事をし、それから特別な契約を結ぶという話だった。最後の最後までジャマリエールから金を搾り取ってやろうと、デルビルも内心ホクホクでここまで来たのである。

 それが、急に自分を断罪するような展開になり、デルビルは慌てた。心当たりがあるだけに、余計に慌てた。

「そ、それは……! か、勘違いです! 我が商会は、けっ、決してこの国と陛下に弓引こうなどとは」

「それだけでなく、ほかの商人どもの邪魔もしたな?」

 クロシュがデルビルの弁解の言葉をさえぎった。

「商人同士が足の引っ張り合いをするようなことは、まあ、よくあることなのじゃろうな。じゃが、それにも限度というものがあろう。……おぬし、よりによってザブームと手を組んだな?」

「……!」

 デルビルののどの奥がひくっと鳴った。

「ザブームを使ってほかの商人の隊商を襲わせたじゃろう? 無関係の多くの者どもの命が奪われ、この町の経済に打撃をあたえた……これはさすがに看過できぬぞえ? たとえ我々が許そうと、城下の商人どもがおぬしを許しはすまい」

「そ、そんな……しょっ、証拠は!? 私がザブーム某と結託してほかの商人の商売を邪魔したという、たっ、確かな証拠でもおありですか!?」

「それはおぬしの店を隈なく捜せば何か出てくるじゃろう」

「は!? しょ、証拠もなしに、私に罪があるとおっしゃるのですか!? そういうことは法にのっとって――」

「おぬしは何か勘違いをしておるな」

 ふたたびクロシュがデルビルの言葉をさえぎった。

「この国はグリエバルト魔王国……魔王ジャマリエールが治める国じゃ。陛下のご意志がすべての法に優先する独裁国家じゃぞ? 陛下がおぬしをさばくのに法など持ち出すまでもない」

「ばっ、バカな……!」

「むしろ、おぬしが飲んだワインに毒が入っておらなんだことに感謝するがよい」

 ふうふう冷ましながら紅茶をすすり、クロシュは上目遣いにデルビルを見据えた。

「本当に血も涙もない独裁者であればそうしておるところじゃ。そこを、これまでのデルビル一族の貢献をかんがみ、会長辞任と隠遁ですませてやるといっておる」

「ふっ、ふざけるな! デルビル商会はワシのものだ! 誰にもやらんぞ!」

 デルビルが思い切りテーブルを叩くと、食堂の扉が開いてガラバーニュ卿と数人の騎士たちが姿を現した。

「いかがでしたか、ガラバーニュ卿?」

「はっ。ほとんどの従業員は今回のたくらみは知らされていなかったようで、さしたる抵抗もございませんでした。ただ、ガラの悪い用心棒風の男たちが一〇人ほど手向かいいたしましたので、これらについては捕縛して牢に放り込んであり申す」

 ユリエンネ卿に問われたガラバーニュ卿が、脱いだ兜を小脇にかかえて報告する。それを聞いていたデルビルは、自分の店がジャマリエールに押さえられたと知って目を見開いた。

「まっ、まさかおまえら――ワシの店を!?」

「もしこれでおぬしとザブームのつながりをしめす証拠が何ひとつ出てこなんだら、シワだらけのあたしの首でもくれてやろうかね」

 そういって、クロシュは綺麗に残っている白い歯を見せて笑った。

「んぐぐぐぐ……!」

 デルビルは拳を握り締めて歯ぎしりした。デルビルの野望がついえようとしているこの時にいたっても、ジャマリエールは相変わらず椅子に座ったまま、ガツガツモリモリと食事を続けている。途中で食事を切り上げたクロシュやユリエンネ卿の皿まで引き寄せて、ひたすらにもぐもぐやっている。思えばここへ来てから、デルビルはまだひと言もジャマリエールの言葉を聞いていない。

「――ば、バカにしおって、この小娘が!」

 デルビルはテーブルの上のナイフを掴み、ジャマリエールに向かって投げつけた。


          ☆


「…………」

 遠くで馬がいななくのが聞こえた。

「……どうしたの、クロちゃん?」

 クロがベッドから身を起こした気配に気づいたのか、シロが眠そうな声をあげる。クロはベッドから抜け出すと、乱雑に脱ぎ捨ててあった服に手を伸ばした。

「空に白い光が走ってる」

 クロたちが輸送部隊とともにグレンドルシャムに到着したのは、じきに日が沈むかという頃のことだった。

 南部最前線の町というだけあって、グレンドルシャムは砦をそのまま大きくしたかのような、物々しい雰囲気に支配されていた。城壁はブルームレイクのものよりもさらに頑丈そうで、住人の半分は兵士だという。

 そんな町だから、日が暮れてから遊べるような店もない。簡単に食事をすませたハルドールは自分にあてがわれた部屋にさっさと引っ込み、クロたちもそれにならってさっさとベッドに入った。それがほんの数時間前のことである。

「……例の“戦管”てやつじゃないのかな、あれ?」

 素肌の上から衣服を身に着け、クロは窓を開けた。

 クロたちが部屋をあたえられたのは、町のほぼ中央に位置する砦だった。この町にこれより高い建物は存在しないため、窓からは町全体を望むことができる。

「篝火も増えてる」

 城壁の上だけでなく、町のあちこちに篝火が焚かれていた。そのほかにも、松明を手にした兵士たちがあちこちの通りを行き来しているのが見える。深夜だというのにやけに騒がしいのは、彼らも今の光を目撃したからだろう。

 ベッドの上で目をこすっていたシロは、それを聞いて首をすくめた。

「それってもしかして、もうすぐここで戦争が始まるってこと? ……怖い!」

「そう思うならいい加減に服くらい着なよ。それともいざって時に裸で逃げる?」

「ちょ、ちょっと待ってよ……」

 のたのたとベッドを出て自分の服をかき集めるシロ。肩越しにそれを見て嘆息したクロは、あらためて窓の外に視線を転じ、じっと目を凝らした。

 町を囲む城壁のさらに向こう、はるか遠くに濃紺の夜空より一段濃く見えるのは、町のすぐそばまで迫っている森のシルエットだろう。ニンゲンはおろかエルフよりもすぐれたクロの視力は、その手前に点々と連なる、おびただしい数の赤い光があることに気づいていた。

「あれが敵だとすると……かなりの数だね」

「えっ? も、もう敵が来てるの!?」

「たぶんね」

「ど、どうする、クロちゃん? やっぱりハルくんたちに手を貸して戦う? それともどこかに隠れてる?」

「――――」

 シロの問いに、クロは否定も肯定もできなかった。

 ジャマリエールに協力して戦うことで名をあげ、ダンナから見つけてもらう。そしてもしダンナの居場所が判明すれば、すぐにでも自由の身になって会いにいってかまわない――戦うことが嫌いではないクロにとって、それは悪くない提案だった。唯一引っかかっていることがあるとすれば、すべてハルドールの思惑通り、彼にいいように転がされているような気がするという点だけだった。

「……けどね」

 砦の内部も徐々に騒がしくなってきている。部屋の外の廊下を兵士たちが走り回る足音に首をすくめ、シロはいった。

「――そもそもクロちゃんは、ずっと前からハルくんのてのひらの上で踊らされてるでしょ?」

「は?」

「だからぁ、傭兵たちを追い払ったあの時から、もう完全にそうだったでしょ? ホントならクロちゃんはもう自由を手に入れてたはずなのに、ハルくんの挑発にうまく乗せられて、掴み取ったはずの自由を手放しちゃったじゃない。メンツがどうのとか、戦って勝ち取るだとか、そんな生ぬるいこといって……浅薄なのよ」

「む……!」

 シロの指摘に、クロは眉間にしわを寄せて押し黙った。いわれてみれば確かにそうかもしれない。無条件で差し出されたナルグレイブをみすみす返してしまったのは、ハルドールがクロの性格を読み切った上で、そうなるように仕向けたからだろう。その意味では、ハルドールにうまく転がされているといえる。

 クロがもごもごいっていると、隣の部屋の扉が開く音がした。

「――ねえ、ちょっといいかな?」

 控えめなノックに続いて、低く抑えたハルドールの声が聞こえてきた。

「何だい?」

 扉を細く開けると、ケチャを連れたハルドールが立っていた。

「もう気づいてるとは思うけど、ザブーム軍が近づいてきてるんでね。ちょっと行ってザブームを始末してくるから、その間、ケチャを頼みたいんだよ」

「そんなのヘッドにでも放り込んでおけばいいじゃないか」

「だって、きみたちは出陣しないだろう? だったら添い寝くらいしてあげてもいいんじゃない?」

「どうして出陣しないって思うんだい?」

 クロはケチャの後ろ襟を掴んでぽいっと後方に放り投げた。

                                ――つづく

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