第五章 魔王と魔王、そこらじゅうで派手にやってる 【第三節 グレンドルシャムへ】


          ☆


 雲の少ない青空の下を、おびただしい数の荷馬車が南へ向かっている。その両サイドには、荷馬車の群れを守るかのように、銀色の鎧を着込んだ騎馬兵たちがつきしたがっていた。

「……ずいぶんとまあ仰々しい隊列だね」

 馬車の窓から身を乗り出し、ハルドールは望遠鏡で隊列の前方を眺めた。

「ハルくん、これ全部、その何とかいう町に運ぶの?」

「ああ。グレンドルシャムっていったかな?」

 頭の中でこの国の地図を広げ、ハルドールはアマンドをぽりぽりとかじった。馬車に揺られての退屈な旅だが、任務である以上は仕方ない。

 馬車の小窓を閉め、ふかふかしたシートにあらためてお尻を落ち着けたシロは、隣に座るクロを一瞥し、

「……そもそも、わたしたちを輸送部隊の護衛任務に就けること自体が腑に落ちないんだけど」

「護衛役を命じられたのは俺だけだよ。別にきみたちまでついてこなくてもよかったんだけどな?」

「……あのさ」

 それまで押し黙っていたクロが、くわっと目を見開いて自分の首を指さした。

「あんたから離れすぎるとわたしらのココに雷が落ちるよな? 見えない鎖の長さがどのくらいなのか判らない以上、ついていくしかないよな、ぼうや?」

「俺のそばを離れたくないって思ってくれたわけじゃないのか。それは残念」

 アマンドの入った小瓶をクロに手渡し、ハルドールはいったん浮かべた笑みをすぐさま消し去った。

「……真面目な話、物見遊山でいられるわけじゃないよ。事実、この国の領内で何度も隊商が襲われてるらしいからね」

「隊商が襲われるって、盗賊にかい?」

「盗賊なんて可愛らしいもんじゃないよ。規模でいうなら完全に軍さ」

 グリエバルト魔王国の南方に、“盗賊の魔王”ザブームの本拠地があるらしい――という話はハルドールも聞いている。これまで繰り返し発生していた襲撃事件の大半は、ザブームや彼と足並みを揃える盗賊団によるものと考えるべきだろう。

「そのせいで、このところ南方への流通がとどこおってるらしい。特にグレンドルシャムでは、周辺に広い耕作地を確保できないせいで食糧の自給が困難だっていうし」

 この輸送隊が運んでいるのは、グレンドルシャムに住む数万の人々を餓死から救うための救援物資だった。だが、これまでのように護衛をつけずに送り出せば、またザブームに根こそぎ横取りされる恐れがある。ハルドールがじゃじゃさまから輸送隊への同行を命じられたのは、つまりはそういうわけだった。

「事情は判ったけど……その護衛の任務に、この子までついてくる意味ある?」

 シロはハルドールの隣に座っているケチャをそっと指さした。

「ケチャはゆうしゃのせわがかりだからな」

 いつもやたらと騒々しいはずのこの少女が、今はなぜか真剣な表情で本を読みふけっている。少女の目はじっと細かな字を追いかけていて、ハルドールたちのことなど一顧だにしない。おまけに、言葉遣いもどことなくふだんより賢そうだった。

 クロは小瓶の中のアマンドをひと粒残らず口に流し込み、ばりぼりとかじりながら首を傾げた。

「……おまえ、急にどうしたんだ? 何か悪いものでも拾って食ったか、それともどこかに頭でもぶつけたか?」

「おまえはもっとほんをよめってじゃじゃさまがゆってた」

 淡々とそう答えたケチャが読んでいるのは、どうやらこの国の地政学について論じたものらしい。確かに勉強には役に立つだろうが、それ以上に、人を撲殺する際に活用できそうな厚い本だった。

 クロはふと眉をひそめ、

「……まさかあのチビっ子魔王、この輸送部隊をそのジャイアントを釣るためのエサに使うつもりじゃないだろうね?」

 これだけの規模の輸送部隊である。ザブームたちがすでにその動きを察知していたとしてもおかしくはない。

「ええっ!? 何それ、こ、怖い……!」

 シロは急に不安そうな顔をして、隣のクロの二の腕を掴んだ。

「だからあんたはすぐにそうやって人の腕を掴むな! っていうかつまむな! 本気で痛いんだから!」

「ひ、ヒドい、クロちゃん! わたしの不安な気持ち、判ってくれないの!?」

「まあ、ミス・マシュローヌの怖い怖い詐欺はこの際あっちへ置いといて――」

「ハルくんまでヒドい!」

「そんなに怖いなら今夜は俺が添い寝をしてあげるよ。だから今はちょっと黙っててくれる? ――でまあ、じゃじゃさまがいうには、もしザブームが本気で大魔王を目指しているのなら、物資うんぬんより、グレンドルシャムそのものを狙うだろうってさ」

 じゃじゃさま配下のスパイたちが調べてきたところによれば、ザブームの現在のアジトは密林の奥の遺跡だという。つまり、ザブームを倒すためには、その密林へと大軍を派遣しなければならない。

 が、その緑の壁はザブームにとっても有利にばかりはたらくわけではない。密林の奥地では、数万単位の兵士たちをやしなう本拠地とするには不向きだし、逆にこちらから兵を進める際にも面倒すぎる。

「――おそらくザブームは、これまでの略奪で貯め込んだ軍資金や兵糧をここで一気に吐き出し、天下獲りの最初の足掛かりとなる拠点として、まずグレンドルシャムを狙ってくるだろうね。それも、この部隊が到着してすぐに」

 この輸送部隊が運んでいる物資は、いったんグレンドルシャムに運び込まれたあと、南部一帯の町や村へと届けられることになっていた。つまり、輸送部隊が到着した直後のグレンドルシャムを攻め落とせば、膨大な量の物資がおまけについてくるということでもある。

「さらにいうなら、たぶんじゃじゃさまは、俺もエサにするつもりなんだよ」

「え? ハルくんがエサ?」

「ああ。――ブルームレイクでの戦果を聞いたのなら、ザブームだって俺を警戒する。少なくとも、俺とじゃじゃさまを同時に相手にするような愚は犯さないだろう。要するに、俺とじゃじゃさまがいっしょにいるうちは、迂闊に仕掛けてはこない」

「でも、小娘が都に残ってあんただけがグレンドルシャムに向かったと知れば、各個撃破するチャンスと見て、ザブームも兵を動かすかもしれない、か……」

「はっきりと本人から聞いたわけじゃないけど、たぶんじゃじゃさまはそう考えてる。町と物資と俺の首をエサにしてザブームをおびき出し、ここで確実に打ち取る――それがじゃじゃさまの作戦だろうね」

「自分は危ない橋を渡るつもりはないってことか」

 別に自分がエサにされているわけでもないのに、クロはどこか不満そうにしている。が、ハルドール自身は別に腹も立てていないし不満もない。

「じゃじゃさまに何かあれば俺たちの負けだからね。俺はそれで納得しているし、いいんじゃない? 美女のために戦うのは男の本懐だよ」

「あの小娘が美女ってガラ?」

 クロがふふんと鼻を鳴らすと、静かに本を読んでいたケチャが鼻の頭にしわを寄せ、今にも噛みつきそうな視線でクロを睨みつけた。

 それをなだめるかのように、少女の顎の下をこちょこちょと撫でながら、ハルドールはいった。

「俺にとってはあの国に住むすべての女性が美女なんだよ。極論、男以外は全員ね」

「博愛主義者なんだか差別主義者なんだか……」

「女性崇拝者といってもらいたいね。そもそも俺はさ、美女たちのために自分を犠牲にすることで陶酔感を覚える、なかなかの変態なんだよ」

 窓の外を眺めながらハルドールが呟くと、いきなりケチャが脇腹のあたりをぼすっと殴りつけてきた。

「くちをつつしめ、ゆうしゃ」

「うおっ? ――ど、どうしたんだい、ケチャ?」

「まがりなりにもゆうしゃだぞ、へんたいとかゆうな!」

「いや、それは……もちろん一般市民の前ではいわないよ」

「こんごはイメージせんりゃくもたいせつだとじゃじゃさまがゆってた。きをつけろ、ゆうしゃ」

「はいはい」

 つんと澄ましている読書中のメイドと苦笑している勇者を見て、クロは怪訝そうに眉をひそめた。

「……なあ、シロ。やっぱりこいつおかしくない? きのうまで知力が五くらいしかなさそうだったのに、きょうは八〇以上ありそうなこといってるし……」

「ケチャちゃんの知力が五なら、クロちゃんの忍耐力だって五くらいじゃない?」

「あのね――」

「まあまあ、今はこの馬車の旅を楽しもうよ」

 忌々しそうに舌打ちするクロを制し、ハルドールはシートに身をうずめた。もしじゃじゃさまの見立てが正しければ、ハルドールたちがのんびりできるのもグレンドルシャムに到着するまでだろう。

 気づけば窓の外の風景が少し変わってきていた。どちらかといえば開けた土地が多かったランマドーラ周辺と違って、森を切り拓いて作られたような牧草地が目につく。どうやらこのあたりの開拓はまだ道なかばといった様子だった。

 グレンドルシャム周辺では牧畜がさかんだと聞いているが、裏を返せば、開拓が追いつかないため、林業と牧畜をするしかない土地柄ということだろう。

 ハルドールは大きく深呼吸し、腕組みをして目を閉じた。

                                ――つづく

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