第6話

「私に……迷惑? どうしてシリルは……」


 シリルが出て行った原因が分からない。

 ただ、人の感情に疎い私がシリルを傷つけてしまったのだということは分かった。

 私はシリルに見限られたのだ。

 そう思うと更に私の中の何かが壊れた。


「あ、あ、ああ、あのリクス様!?」

「なんだ?」

「大丈夫ですか!?」

「何がだ」

「あの、まさかの、まさかの出来事なのですが、その……リクス様、滅茶苦茶泣いてますけど!」

「泣く? 誰がだ」

「あなたですよ!!!!」

「私が? おかしなことを言う。私は泣いたことなどない」

「いや、今進行形で超絶泣いてますから! 自分でも顔が濡れているって言っていたでしょうが!」


 マルクがかつてないほど狼狽えている。

 騎士たる者、動揺を表に出すのは如何なものか。

 普段なら注意をするが、今は心底どうでもいい。

 立っているのも億劫だ。

 ……そうだ、座ろう。


「リクス様!?」


 自警団の廊下に座り込み、膝を抱える。

 疲れた。

 とにかく疲れた。

 全てがどうでもよくなった。


「そんなところに座り込まないでくださいよ! どうしちゃったんですか!」

「うるさいぞ、マルク。黙れ。放っておいてくれ」

「放っておけるものならそうしたいですけどね! ほら、ここにいたら迷惑を掛けますから! せめて移動しましょう!」

「迷惑……シリル、すまない……迷惑をかけたのは私の方だ……」

「どうなっているんだ……泣かないでくださいよ! そりゃあシリルの影響で感情表現が豊かになったらいいなとは思っていましたけど、いきなり過ぎません!? もうちょっと段階踏んでくれません!?」


 騒ぐマルクが鬱陶しい。

 何を言われても今は動かない。

 動きたくない。


「マルクさん、そう騒ぎ立てないの。ここは任せてくれないかい?」


 マルクを諌めつつ私の前にしゃがみ込んだのは自警団長の奥方だった。

 確かシリルが母のように慕っていた人物だ。


「騎士の団長さん。シリルが作った朝食があるんだ。食べていかないかい?」

「行く」


 奥方が言い終わるよりも早く私は立ち上がった。

 廊下に根をはるくらいの気持ちでいたのに、シリルが作ったと聞いて勝手に身体が動いた。

 そんな私に奥方は目を丸くしてしたが、すぐに笑みを浮かべ、私の背中を数回叩くと食堂に連れて行ってくれた。




「ここが食堂だよ。色々とボロいけど掃除はしていて綺麗だからね。好きなところにかけとくれ。料理を持ってくるからさ」


 自警団本部には何度も訪れているが、ここに来たのは初めてだ。

 不躾だがきょろきょろとあたりを見渡してしまう。


 シリルはよくここで手伝いをしていたという。

 飲み食いをする男達の中、いつもの元気な笑顔を浮かべて料理を運んでいる彼の姿が思い浮かぶ。

 ……おかしいな、また顔が濡れている。


「はいはい。座りましょうね」


 何故かついて来たマルクが私を席に着かせた。

 シリルの名残を感じていたのに無粋な奴だ。


 騎士団のものとは違う年季の入った生活感溢れるテーブル。

 椅子は足の長さが違うのか若干傾く。

 それがなんだか面白くて身体を揺らしていると、奥方が料理を運んできてくれた。


「はい。これだよ! どうぞおあがり」


 前に並ぶ料理は私には馴染みがないが、食べてことはある庶民料理だった。


「シリルが出て行くときに作ったみたいでね。多分、弁当に入れた残りさ。汁気がないものばかりだからねえ。残りと言っても、弁当に入れた量よりこの皿の方が多いだろうけど。あの子なりの黙って出て行くお詫びの品だったのかもしれないね」

「……私が食べてもいいのだろうか」


 そのような意味があるものなら、ここの団員達が食べるべきだろう。

 遠慮しようとしたが、奥方は黙ってフォークを渡してきた。

 いいから食べろ、ということだろう。

 この心遣いに遠慮するのは無粋か。

 有り難くシリルの料理を一口頂いた。

 それは簡素な味付けの芋煮だったが、確かにシリルが作ったと分かる味だった。


「美味しい」


 シリルのお菓子を食べたときのように暖かく幸福な気持ちで満たされる。

 ああ、何故だろう……視界が滲むな……。


「ああああ、もう! 我々でシリルを探しますから! 今まで流していなかった分の涙を一気に放出するくらい好きに泣けばいいですよ!」

「?」

「いいからリクス様はそこで芋食って泣いていてください!」


 怒っているのか心配しているのか分からないような顔をしてマルクは出ていった。

 何故上司の私を置いていくのだ。

 確かにまだ全く動く気力がないが……。


「ほら!」

「?」


 マルクを見送ったままぼーっとしていると、突如視界にハンカチが入って来た。

 ハンカチを辿って見ると、差し出したのはシリルを慕っている少女だった。


「あなた騎士団長なんでしょう! シリルの憧れなんでしょう!? メソメソ泣かない! 早く拭いて!」

「……すまない」


 差し出されたハンカチを受け取り、涙をふいた。

 ああ、私は本当に泣いているのだな。


「なんで私があんたの世話をしなきゃいけないのよ。……恋敵なのに」

「?」

「一人で食べていないで私にも頂戴!」


 少女の言葉を聞いて新たにフォークを貰おうとしたが、彼女はそのまま芋をひょいと摘まんで口に放り込んだ。

 呆気にとられている私に「ふん!」と鼻を鳴らした彼女が呟く。


「美味しくて腹立つ。馬鹿シリル」






「よし、完璧!」


 夕食の準備が完璧に出来た僕は、目の前に並ぶ皿を見て嬉しくなった。

 気分は一人前の料理人だ。

 良い食材と高級な食器の力って凄い!

 庶民料理でも高級料理店の一皿! って感じがする。


「準備はこれで良し。あとはサラさんが帰ってくるのを待つだけ」


 自警団本部とは違う座面がふかふかしている値段が高そうな椅子に腰を下ろした。

 肘掛けも艶が違うし…………わあ、おしりが全く痛くない!

 びっくりして立ち上がり、もう一度座ってみた。

 ふかふかだ……。

 世の中にこんな椅子があるなんて知らなかった。


「まるで別世界だなあ」


 昨日は綺麗にしていてもボロは隠せない自警団の賑やかな食堂にいたが、今は高級家具に囲まれ、こんなふかふかな椅子に座っている。

 身体を動かしてもカタカタしないよ!


 サラさんの家……というか『お屋敷』は思っていた以上に広かった。

 一階建てだが自警団と同じくらい敷地がある。

 離れにある実験室と温室が大きく面積を取っているが、生活する建物だって大きい。

 部屋だけでも十はあった。

 倉庫にしている部屋もあるようで全体像はまだ掴めていない。


 でも、全く散らかってはいなかったので、お手伝いさん初日から大変! ということはなかった。

 実験室と温室、あとはサラさんの自室しか使っていないので散らかりようがなかったらしい。

 その分埃が溜まっているので、明日から掃除をやっていこうと思う。

 うんうん、やることがあるっていい!


 とにかく今は夕食だ。

 僕を連れてお屋敷に戻ったサラさんは、僕にお屋敷の説明と、色々と買い物を頼んでから爆睡した。

 僕に買い物リストとお金を渡した瞬間に廊下で寝始めたから大変だったよ。

 ひ弱な僕でも運べるくらいサラさんが軽くてよかった。


 サラさんが寝ている間に買い物をして戻ったら、サラさんはいなかった。


『呼び出しがあったからちょっと行ってくる! ダーリン、夕飯楽しみにしてるね』


 玄関の扉にバン! と手紙が貼ってあったから笑った。

 敷地の中に入ってこないと玄関の扉は見えない。

 だから誰もこの手紙を見ることはないと分かっているけれど、こんなところに張るなんて。

 サラさんってやっぱり面白い。

 それにしても……。

 今日はやっと取れた休暇だと言っていたのに、研究者って大変なんだな。


「ご飯を食べて、元気になってくれたらいいな」


 ベアトリクス様のことは元気に出来なかったけれど、僕の作ったもので誰かが元気になってくれたら嬉しい。

 やっぱり僕は腕っ節で勝負して誰かを守るより、こういうことで支える方が性に合っている。

 ちゃんと料理人を目指そうかな。


 そんなことを考えていると玄関の扉が開く音がした。

 そしてバタバタと走ってくる音がする。


「あ、おかえりサラさん!」

「ああああ、最高! 美少年の笑顔と美味しい料理の匂いが出迎えてくれるおうち! ただいま! ダーリン!」


 立って出迎えると、走って登場したサラさんが飛びついてきた。


「痛っ! ダーリンはやめてください。抱きつくのもやめてください!」

「あら、冷たい。でもそういうのも好きよ、って……あ! そういえば!」


 にこにこしていたサラさんだったが、何かを思い出したようだ。

 ジーっと僕を見ながら顔を寄せてきた。

 え? な、何?


「ねえ、ダーリン。あなた、何やったの?」

「え?」

「騎士団が必死になってダーリンを探してるけど?」

「へ?」

「表向きは勇者を探しているってことだったけれど、どうも本命はあなたのようよ?」


 ええええ?

 どういうこと?

 わけが分からなくて、頭の中も身体も固まった。


「人でも殺したの?」

「ええ!? ま、まさか! し、しししてませんよっ!」

「あはは! そんなに焦らなくても! 分かってるわよお。まあ、あんな奴ら放っておこう? わああ美味しそう~! 視界が素敵~!」


 椅子に座ったサラさんが「早く食べよう?」と目で訴えてくるけれど、放っておいていいのかな?

 もやもやしながらも大人しく座るが……。


 ……僕、何かした?


 どうして騎士団に探されているんだ!?

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