第47話 翠、婚活相談を持ちかける

所用でやってきた永沢ナガサワ藤子フジコが戻る前に思い切って声をかけた私。

今はまだ就業中だったけれど、このタイミングでなきゃ彼女を捕まえられないと思ったのだ。



「あ、あの、…」



永沢ナガサワ藤子フジコはゆっくり振り返り、笑みを浮かべた。



「なんでしょう?」



やはり仕事中に声をかけるのは良くないかと一瞬ためらったけど、今さら「なんでもありません」というわけにはいかないので、思い切って訊くことにした。



「ご結婚おめでとうございます!」



まずは、祝いの言葉をかける。



「わざわざありがとうございます」



永沢ナガサワ藤子フジコは丁寧に礼を述べると、エレベーターのスイッチを押した。



「あのっ、実は私、婚活中なんですけど」



エレベーターはすぐに来て扉が開いたが、永沢ナガサワ藤子フジコはそれには乗らずに再び振り向いてくれた。



永沢ナガサワさんがどのように結婚相手を見つけたのかが知りたいです!」



我ながら思い切ったことを訊いたと思う。

それほど婚活に行き詰まりを感じていた。



「ああ、私ね、結婚相談所に入っていたのよ」



やっぱりそうなのか…。

結婚相談所といえば、義理の兄が昔働いていて色々聞かされ良いイメージがないんだけどな…。



「まぁ、ひとくちに結婚相談所といっても、私が利用していたとこは、少し普通と違うのよね…今は就業中だから、詳しくは話せないのだけど…今日は宮坂ミヤサカさん、早番かしら?」



「はい」



「私は仕事が順調にいけば6時には上がれるはずだから、もし今日時間あるなら、どこかでご飯でも食べながらお話でもしましょうかね?」



永沢ナガサワ藤子フジコの思わぬ提案に、



「ありがとうございます!」



思わず大きな声で礼を言ってしまう。



「ロータスやデリッツィアはうちの社員ご用達で遭遇しやすいから、隣の商業ビル4階にある菜っぱ屋というおばんざい屋さん、わかるかな?」



永沢ナガサワ藤子フジコが指定した店は一応知っていて、一度だけ女子会に使ったことがあった。



「はい」



「先に入店してもらえるかな」



こうして突然だけれど永沢ナガサワ藤子フジコから色々話が訊けることになった。



——菜っぱ屋、懐かしいな…美味しくて雰囲気も良かったけれど、店内静かな雰囲気でバカ話ができないって、女子会は一度きりだったかな?——



全席個室もしくは半個室になっているため、

社内の人に遭遇しても気まずくはない。

普通の声のトーンで話していれば会話が外に漏れる心配はなかったが、お酒が入って声が大きくなれば外には聴こえてしまうレベルで、それが2回目以降の女子会を敬遠させた理由だったのを思い出す。



——だいたいお酒入って声が大きくなるのって、三笠ミカサさんだったなぁ…小畑オバタさんはそれにつられて、って感じだったな——



自分一人で行きたくても、個室か半個室なため、躊躇して行けずにいた。

それが今日行けるのが、ちょっと嬉しかった。



——あそこのだし巻き卵絶品だったよな——



楽しみになってきたのもあり、その後の仕事がずいぶんはかどったように思う。



定時は瞬く間にやってきた、約束の時間までかなり余裕があった。

先に親に連絡し、後はブラブラすることにした。

このご時世用もないのにうろつくのは気が引けたが、今日は仕方ない、と言い聞かせる。 


待ち合わせの飲食店が入った複合商業施設は、一階から4階まで様々な商業施設が入っており、それより上の階は様々な企業が入っているオフィスとなっていた。

自分の働く商業施設のライバル的な存在に当たるのだが、客層の年齢層が被らないため、大きな問題にはなっていなかった。

働きはじめたばかりのころは、こちらのビルの客層がオシャレな若者ばかりなので気恥ずかしくてなかなか行けずにいたが、アパレル店や雑貨店だけでなく書店チェーン店も入っていたので、雑誌や本が読みたい時はたまに立ち寄ったりしていた。

そのうち慣れてきて雑貨店や和カフェにも入れるようになっていた。



——そうだ、まだ待ち合わせまで時間あるから、久々にさくら茶寮サリョウに行ってみようかな——




私はその店のほうじ茶ラテが大好きだった。

セルフサービス式なのも、なんだか自分にとって気楽だった。


さくら茶寮サリョウは、エスカレーターをのぼってすぐの所にあった。



「ええっ!?」



思わず声を出してしまったのは、閉店の貼り紙がしてあったからだ。



——そんな…——



やはりコロナ禍による閉店で、せつなくなる。



——ここもか——



と、ここで急に不安になる、これから行こうとしている店は大丈夫なんだろうか?と…。

慌ててエスカレーターをのぼる。



——良かった、こっちは大丈夫だった——



菜っぱ屋が普通に営業していたので、安堵する。

待ち合わせ時間までまだ余裕があったので、とりあえず一階まで降りることにした。



——うわ、ここも?え、ここも?——



エスカレーターをおりてフロア内を歩き回り、いくつかの店舗が閉店していて衝撃を受ける。


閉店したのがリラクゼーションルームやヘアメイクサービスといった類のもので、改めてコロナ禍の影響を思い知らされる。


とりあえず大手雑貨チェーン店へ入る。

入り口には自動噴射のアルコールスプレーと検温機が置いてあった。

オシャレでかわいらしく実用的なアイテムを数多く置いてあるため客層が若者だけでないのも、自分にとって入りやすい店のひとつだった。



——あ、これ、かわいい——



思わず手に取ったのは、淡いピンク色した保冷バッグだった、お弁当箱を入れるのにちょうど良い大きさだった。



——税込み2970円かぁ…——



思い切って買おうかどうか、迷う。

私は昔から欲しいものがあっても、お金に余裕があるなしに関わらず迷ってしまう。

何日間か散々迷った挙句に売り切れてしまったり販売終了になってしまうのは、よくあることだった。

今手持ちのランチバッグは、保冷機能がついていない。



——これは必需品よね、えいっ、思い切って買っちゃえ!——



我ながらびっくりするほど早い決断である。



「あれ?ミドリちゃん?」



聞き覚えのある声、振り返るとやはり佐和子サワコだった。



「お買い物?」



私は佐和子サワコを含む女子会メンバーに好んで買い物するタイプだとは思われていない。



「うん…実はこの後、永沢ナガサワさんと食事するの」



素直に伝える。



「へぇ、珍しいわね。仲良かったっけ?」



佐和子サワコは心底驚いたような表情を見せる。



「婚活について色々詳しく訊けることになって…」



そういや佐和子サワコも婚活中だ。



「へぇ、それは同じ婚活中の身としては、気になるなぁ」



彼女はタチアナさんの国際結婚相談所に入会している、順調なんだろうか?



「あの、佐和子サワコのほうは婚活どう?」



ここのところ彼女から近況が聞けていない。

私が重い腰を上げて婚活をスタートさせるきっかけを作ってくれ、はじめのうちは一緒に活動をしていたが、彼女がタチアナさんの国際結婚相談所に入会してからというもの、バラバラになっていた。

時たまグチを耳にすることはあったものの、具体的にどんな人を紹介され、どんなデートをしているのか、知らなかった。



「うん、まぁぼちぼち…最近は欧米のとある国の人とお見合いしたのだけどね、陰謀論信者で引いたわ」



「陰謀論?」



「そう、コロナはただのカゼとか、ワクチンは人類削減計画がどーたら、まぁマスクなしで現れて、こちらにも外すよう強要した時点でアウトだったんだけど」



本当にそんな人がいるんだ…。

ネットでそういう話を目にしたことはあるが、実際に身近にそういう人いなかったので、遠い世界のことのように感じていた。



「近々また違う国の人紹介してもらうことになっているけどね、なんか少し疲れちゃったから、しばらく休みたい気もしてるのよねー」



佐和子サワコはそう言って笑顔を見せる。



「日本人と違って、家柄や学歴気にする人に当たる確率が低くて気は楽なんだけど、国際結婚となると、なにかと大変そうなんだけどね」



佐和子サワコの母親は後妻で、彼女自身の最終学歴は高卒、いつだったかお見合いに不利だと言ってたことを思い出す。



——うちもそんな立派な家柄じゃないし、私も学歴高くない…相談所自体入れるのかなぁ?——



ここで急に不安になる。




「どこでご飯食べるの?」



この質問で、なぜだか少し不安が和らぐ。



「菜っぱ屋さん」



「あ、懐かしい!一度だけ女子会したよね!なんか真紀子マキコさんがバカ騒ぎできないとか言って、2回目からはなくなっちゃったけど」



佐和子サワコはおかしそうにククッと笑った。



「私このあとターニャと待ち合わせてんだ、菜っぱ屋さんの近くの台湾カフェで」



これまた懐かしい店だ、3年くらい前にタピオカミルクティーが流行った際に行列に並んだ記憶があった。

私自身行列に並ぶの苦手だったのだけど、佐和子サワコに連れられてくうちにハマって何回か足を運んだことがあった。

タピオカは食べる時間がないときに重宝するので、帰りが遅くなって小腹を満たしたい時や自宅まで空腹で持たないと判断したときに利用していた。



2020年以降のコロナ禍でなにもかもが変わってしまい、急に不安が強くなって…。

婚活なにがなんでもなんとかしなきゃ!と強く決心したきっかけだったんだと、改めて思い知らされた。







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